四十九
「柴田部長」
と、日向 夕子は、プラチナルームに併設されているカフェバーのカウンターにて、てんこ盛りのチョコがけフラッペと向き合っていた柴田の背中に声をかけた。
柴田は、ムチを打たれたようにピクリと全身で反応し、その拍子で、フラッペの山頂を形成していたホイップクリームの先端が鼻の頭に接触した。
「やあ……ヒナちゃん……何の用かな?」
「……」
日向は、鼻の頭に着いた白いトッピングが、何となく柴田のキャラに欠かせない要素のように見えたので、そのままそっとしておくことにした。
「部長に聞きたいことがあります」
「もうすぐパンナさんの試合が始まりますよ。ヒナちゃんは、指導員だから控室にいないと……」
「まだ時間があります。どうしても部長に確かめたいんです」
「珍しく荒ぶってるね……いったい何だろうか?」
真面目な顔でにらみつけてくる日向に対して、柴田はボケが利かない空気を感じ、すまし顔で耳を傾けた。
日向は、せっかく作り上げたシリアスな雰囲気を崩さないよう、鼻白トッピングの柴田を前に、拳を握りしめて、笑いを堪えていた。
「当社の機密情報が漏れているおそれがあります。その事で、部長にご意見を窺いたくて……」
「ご意見ね」
柴田はつぶやくと、フラッペの方をチラリと見た。
「これを食べながらでも良いかな。溶けちゃうんで……」
「どうぞ」
と、日向が承諾すると同時に、柴田はゲートが開いた競走馬のように、フラッペに襲いかかった。
「WGBG、ご覧になってますよね」
「もちろん」
柴田は、視線をフラッペに向けたままで答えた。
「特にパンナさんの場面に釘づけかな」
「残念ながら、私がお聞きしたいのは梨菜さんではなく、真樹さんの闘技場面にあります」
「真樹ちゃんもいいね。基本的に、パンナさんを模してるからね」
「残念ながら、私がお聞きしたいのは真樹さんではなく、敵側のサーヴァント・マスターこと岡 大にあります」
「野郎に興味ない」
柴田は、フラッペとの格闘にわずかな淀みも見せずに、そう言い切った。
「岡の戦闘場面を見ましたよね」
「うん」
「あの時、地面に撒いて滑りやすくするために使用した『権限者』による『意志』を無効にできる素材は、当社が開発中のものと同じに見えます」
「そだね」
「さらには、岡が脱獄時に封印されていた『権限』を取り戻す方法として、これもまた当社で開発中の『炭素触媒』を含む材質が使われていたとか」
「ふむふむ」
「当然に情報漏洩が疑われる状況ですが、当社の機密情報とする技術文書を入手するにはセキュリティシステムを破らなければなりません。設計開発部の小室井部長に確認するまでもなく、私も当社のセキュリティシステムの強固さについては理解しています。セキュリティ破りに必要な演算処理をスーパーコンピューター級のハイスペックマシンで行っても、二百年以上はかかると見こまれます。つまり、結論を言えば、当社のセキュリティを破るのは不可能です」
「まあ……そだろな……」
そこまで、柴田はフラッペから目を離すこと無く答えた。
「文書の漏洩ではないとして、あと残された可能性と言えば、知識提供という手段が考えられます。ただ、対象となっている技術プロセスは非常に複雑で、技術文書を読み解くだけでも困難です。当社の技術を模擬するには、高度な知識を備えた人材と設備が必要になります。一朝一夕で真似できるモノじゃないんです。ましてや、技術文書を使わずに情報を盗んで、成果物を具現するなんて……やはり、行き着く結論は不可能としか言いようがありません」
「……」
ここで、ようやく柴田の動きが止まった。
「柴田部長、私が言いたいことはわかりますよね。当社技術の情報漏洩には、ハイレベルな技術者でしか行えないんです」
「つまり……」と、柴田が静かに口を開いた。
「ヒナちゃんは……ボクを疑っているというわけだ……」
「疑う?」
日向は、不本意を示す意図で、眉間にシワを寄せた。
「私を見くびらないで下さい。私が、柴田部長を疑ってるですって? とんでもない。私は事実確認を求めてるんです。情報漏洩の主犯は柴田部長だと」
日向がはっきりと言い切ると、柴田は大きなため息を漏らし、食べかけのフラッペを前に押して引き離した。
「その自信満々なしゃべり方……アネさんにそっくりだな」
「認めるんですね」
日向が詰め寄ると、柴田は「ああ」と答えた。
「なぜそんなことを……」
途端に、日向は悲しそうな顔をした。
「私、部長のこと尊敬してるんですよ。見かけと身なりはブサイクでも、超人的な頭脳と技術を持ってるヒトだって……」
「何だか複雑な言われ方だな。喜んで良いのか、悲しむべきか……」
「私は、部長が好きなんです!」
日向が悲鳴のように、そう叫んだ。
柴田は、両目を大きく開いて、日向の方を向いた。
「嵐のように私の職場に現れて、おもちゃ箱をひっくり返したように掻き回して、そして数々の研究成果を導いて……最初は私も驚きましたが、今では、それが部長の仕事のやり方だと認めています。部長との仕事が、とても楽しくて……部長のいない職場なんて、もう考えられなくなってるんです……」
日向の両目から、大粒の涙があふれ出る。
柴田はキョトンとして、ただ日向を見つめていた。
「この事が会長に知れたら、部長は解任になってしまいますよ。どんな事情があったか知りませんが、裏切り行為は許されません……ああ……私、どうすれば……」
「その事なら……」と、柴田が頭の後ろを掻きながら、腫れ物を刺激しないような穏やかな口調で語りかける。
「ヒナちゃんは心配しなくて良いよ……」
「どういう意味です?」と、日向は鼻をすすりながら尋ねる。
「訳は……話せない……でも、心配はいらない……」
日向の涙まみれの視線が、柴田を貫こうとする。
柴田の口は、それ以上、開かなかった。
「日向さん、どうしたんですか?」
レナが、日向の顔を覗きこむように見つめていた。
日向の意識が現在に戻る。
梨菜と香子の対戦が始まる前にあった柴田との会話を思い浮かべていたのだった。
「大丈夫です、レナさん」
「後半戦が始まります。会長への指示はありますか?」
「特にありません。いつも梨菜さんに頼りっぱなしで……ダメな指導員でゴメンなさいね」
「そんな事なくってよ」
着替えを済ませた真樹が日向の席に近づき、床に膝をついて、視線を合わせてくる。
「日向さんが優れた武器と防具を作ってくれたから、ここまで勝ち進んでこれたことよ」
「真樹さん……」
「『強天使』は、日向さんやレナちゃんも合わせて、一つのチームなんです」
「ありがとう……真樹さん」
日向に笑顔が戻った。
不意に、仄香の視線を感じたので、そちらに目を向けた。
仄香は、わずかな焦点をも狂わさずに、じっと日向を見つめていた。
「……」
刺さるような視線に、日向はまともに目を合わせられなかった。
(会長に悟られる……)
(心を読まれたら、部長のことが知られてしまう)
(考えちゃダメ……)
(考えちゃダメ……)
日向は、心ごと、どこかへ隠れてしまいたかった。
知らず知らずの内に、再び涙が目の回りにたまり始めた。
レナと真樹が心配そうに話しかけてくるが、もう何も聞こえなかった。
何も想像しないように……
何も想像しないように……
『権限者』の触手が日向の心を包み、隙間をこじ開けて中に入りこもうとするのを阻止するために、とにかく心を石のように固く閉ざした。
仄香の視線には、容赦がなかった。
どんなに固く閉ざした心でも、力ずくで開けられるような威圧を満たし、それはとても長い時間の経過を感じた。
《決勝・第三ピリオド後半戦》
強天使
→矢吹パンナ(女18歳)リーダー
紅魔
→キュア凶子(女30歳)
長めのホイッスル。
後半戦が始まった。




