四十七
WGBG選手控室の定員枠をオカショーに譲った貴代子は、警視監の水野と二人部屋のプラチナルームに収まっていた。
室内に設置された大画面テレビには、梨菜が対戦相手から先制のバトルポイントを奪った場面が写し出されている。
「梨菜ちゃん、容赦ないわね」
と、貴代子がポツリと言った。
「初めて会った時と、だいぶイメージが変わりましたね」
と、水野がポツリと続いた。
「それって……いつのこと?」
「まだ中学生だったかな」
「その頃の梨菜ちゃんって、どんなだったの?」
「かわいい子でしたよ」
「今でもかわいい子よ」
「当初は、どちらかと言うと控えめな感じでしたね。高校入学あたりから、たぶん意図的でしょうけど、過剰にポジティブなイメージが出てました。でも……」
「でも?」と、貴代子はすかさず逆接に興味を示した。
「まさしクンと一緒にいる時の羽蕗さんは、昔のイメージのように感じますね。言葉遣いもそうですけど、気遣いも。それに全般的にまさしクンに甘えている感じがします」
「まあ、好きなヒトの前だから、気取る必要がないと思ってるんじゃないのかな。梨菜ちゃんも女の子なのよ」
と言って、貴代子は少女のように目を輝かせた。
「まさしクン以外に見せているのは、作り上げた姿ということですか……」
「そう……梨菜ちゃんはみんなのリーダーだから」
「羽蕗さんをそんな風に変えたのは、やはり、岡 大から女性としての最悪の仕打ちを受けたことが起因してるんでしょうね……」
オカダイの名前が出た途端に、貴代子の眉間に数本の深い溝が表れた。
「……あの社長のバカ息子は……梨菜ちゃんだけじゃなく、ホノちゃんもキズつけてるのよ! ヨッちゃん、そういえば逮捕はどうなったの?」
「今は船の中」と、水野はシレッと答える。
「え!?」
貴代子はキョトンとした顔になった。
「……逮捕できたの?」
「負傷してたんで、こちらで引き取ると言ったら、あっさりと承諾してくれました。まあ……勝ち抜き戦で敗北した選手なんか利益を生める見込などありませんからね。守る理由が無いです。他国の敗退チームで、指名手配を受けていた犯罪者たちは、軒並み強制送還されてるようです」
「バカ息子も逃げ場だと思って駆け込んたんだろうね。守られているのは、闘技場の中だけ。自分から檻の中に飛びこんだような感じ。エサにつられて罠にかかったゴキブリと同じね」
「帰国ルート上の中継港に到着するのが四日後なんで、そこからボクも乗船するつもりです。岡大は、ベッドに縛りつけて眠らせてるんだけど、たぶん、目を覚ますことは無いと思います。帰国まで時間はたっぷりあるから、尋問して、できるだけたくさんの情報を手に入れたいですね。そして、次は新谷」と、水野は力強くその名を言う。
「ヨッちゃんは、新谷に恨みがあるのよね」と、貴代子は火に油を注ぐように言う。
「ずっと追い続けてたんです。今度こそ、浦崎さんのカタキを取りますよ。でも、それだけでは無いんです」
「その続きがあるのね」
水野は、大きくうなずいた。
「新谷が誰と通じていたのか、それ次第で、この捕り物は大きな展開を迎えますよ」
「今は梨菜ちゃんたちの活躍に期待しましょう」
二人の注意がバトルに戻った。
左手の甲から手首に向かって流れる血を、香子は茫然と眺めていたが、数秒程度で意識は目前の梨菜に向けられた。
ダメージレベルAが認定され、相手にバトルポイントを与えてしまった。
不本意なスタートを切ったこの局面から、逆転方法を探らなくてはならない。
「『治癒』しなよ」と、梨菜に声をかけられ、ハッとする。
彼女の足元に転がっている武器の部品を何とか拾いたい。
隙をうかがっているのだが、梨菜はなかなか油断を見せなかった。
「手のケガがひどくならないうちに、『治癒』した方が良いよ。その間は、待っていてあげる。でも」
と言って、梨菜は足元にある香子の棍を踏みつける。
「これを拾わせるわけにはいかない。これは私に与えられたチャンスだからね。この有利な局面を私は活かしたい」
梨菜にそう言われて、香子は落とした武器を拾うのをあきらめ、握っていた棍を下向きに構えて、臨界させた汗を流しこんだ。
手首のケガは放置したままだった。
『ME』を少しでも温存して、強靭な敵に一矢むくいたい。
香子の必死の姿勢を汲み取り、梨菜は口元をキュッと引き締めた。
「手強いね」と、梨菜は漏らす。
その言葉は香子の耳にも届き、彼女もまた口元を引き締めた。
「アドさんを相手にした時ほどの恐怖心は無いけど、あなたの『意志』が手強いのは伝わってくる」
「……」
予想外の謙遜。
香子は、少しだけ拍子抜けした。
この子も必死なんだ、と。
不意に梨菜が前進して、臨界して光る長剣を水平に振り、攻撃を仕掛けてくる。
香子は、ためらいも見せず、その攻撃を棍の中心で受け止めた。
場内が唖然と静まり返った。
香子には、観衆たちの反応の意味が理解できていなかった。
梨菜が力をこめて長剣を振り抜こうとするが、香子の垂直に構えた棍は、その進行をまともに遮っていた。
「……あの女子……梨菜ちゃんの『意志』を正面から阻止してるわ……」
仄香は両目を大きく広げ、何度も息を飲んでいた。
「梨菜ちゃん……決して手を抜いてないはず……それを簡単に止めてしまうなんて……あの女子の『意志』の力……侮れないわ……」
香子は、さらに棍を梨菜に押しこもうと力をこめる。
前に進出しようとしていた梨菜の右足が、逆に後方に下げられた。
会場からどよめきが起きる。
香子は長剣に当てていた棍から力を抜き、梨菜の押してくる力を利用して、前に引き落とそうとしたが、再び戻した右足を前に踏み出し、転倒は防いだ。
さらに、今度は香子が棍を低く水平に振り、梨菜の両足を払おうと試みる。
梨菜は、危険を察知し、後方に飛んで、足払いを回避した。
「梨菜ちゃんが飛んで避けたわ。『意志』の力では、絶対的な自信があった梨菜ちゃんが押されてる……」
「まるで岩の壁だね」
梨菜は、全身からびっしょりと発汗していた。
「……相手は不完全な武器の状態なのに……この押されようは、屈辱しかないよね」
(これが羽蕗さんの『意志』なの?)
香子は、またもや拍子抜けしたような顔をしていた。
(なんだ……大したことないかも……もしかして……私って……かなり自信を持っても良いような力の持ち主なのかも……)
今度は、香子に不敵な笑みが浮かび上がった。
梨菜は、まだ肩で息をしていた。




