四十六
ゴースワンの元に、4杯目の黒ビールが並々と注がれたタンブラーが置かれた。
7パーセント程度のアルコール量でも、400CC超のタンブラー3杯を飲み干せば、顔色を朱に染めずにはいられない。
向かいに座るマギーレインは、そんなゴースワンの姿に視線を向けるたびに、細いため息をもらしていた。
「ウルムス・リーグも、いよいよ大詰めだな」
と、ゴースワンは、舌を上顎に打ちつけるように語り始めた。
「『強天使』は、ここまで全ピリオドにおいても負け知らずの全勝。次のピリオドに勝利すればリーグ優勝」
「そして、次に登場するのが、あなたが大好きなミス・リナ」
と、マギーレインが続く。
「ウチのアンナも言ってたわ。『あのコが最強』だって」
「アド・ブルを一撃で破ったことで、次元の違う強さを見せるレモンティーンの中でも、頭一つ抜けた存在と言える」
ゴースワンは、四杯目の黒ビールでも、たっぷりと口に含み、タンブラーを半分まで減らした。
「だが、新谷もみすみすミス・リナに負けに来たわけではあるまい。何らかの対策は打ってきてるのだろう。おそらく、第三ピリオドにキュア凶子を持ってくるだろうが……今、対戦が決まったかな……やはり、思ったとおりだ」
「リーダーは、『悪魔の所有物』を名乗る新谷自身。もし、この第三ピリオドでキュア凶子が敗れたら、彼は自分の力を見せないままチーム敗退になるわ。あの小人がそんなことを許すと思う?」
「絶対的な自信があるのだろう」
ゴースワンは上唇にペロリとなめた。
この仕草で、ずっと着いていたビールの泡が拭き取られた。
「あのミス・リナを破るために、入念な準備を進めていたようだ。今、その成果を見せてくれるのかもしれない」
「それでも、努力むなしく、あっさりと敗退するかも」
マギーレインは、意地悪く微笑む。
「矢吹パンナは、優秀な『予測』をすると聞いてるわ。暗闇で後ろから足を引っ張ろうとしたって、きっと気づかれてしまうのよ」
「何だかんだ言って」
と、ゴースワンはニヤリと笑う。
「キミも試合を楽しんでいるな」
「ブックメイカーだけど」
マギーレインは、長く放置されていたシャンパングラスに、初めて唇を付けた。
「宗は別として、私も、フィズも、割と冷静にWGBGを観てるのよ。今まで、『強天使』に投じてきて、財布も重くなってきたわ」
「私以外の投資家はキミたちだったのか……」
「下衆な賭博に億単位を投じるなんて大人げないけど、確実に儲かる話を見逃すバカは、もっと大人げないわ」
「ははは!こりゃ傑作だ!」
ゴースワンは、膝を叩いて笑う。
「全員がミス・リナに投じては、賭けにならないな。確かに、初戦の『春夏秋冬』の時は、知名度の低さ故に高配当となったが、今では……」
ゴースワンの目が自身のタブレットに移り、少しの操作をした後にマギーレインに戻る。
「チーム勝利の配当比は、『強天使』が1.2、『紅 魔』が3.4だ。多くが『強天使』を指示している……」
そこで、ゴースワンは声を詰まらせる。
その理由がわかっているマギーレインは、にんまりと笑顔を見せている。
「何だ……これは……」
ゴースワンは、タブレットに何度も指を擦りつける。
「矢吹パンナの勝利1.9に対して、キュア凶子が2.3だと……差が無さすぎる。どういうことだ?」
「それは、たぶん私のせい」
マギーレインは言うと、シャンパンを一気に飲み干した。
「大人げない楽しみよ、ゴス」
ゴースワンは、酔いで赤く腫れたまぶたを目一杯開いて、マギーレインを見つめた。
「羽蕗さん、いよいよ出番だね」
と、オカショーが言うと、隣に座っていた梨菜が、ビックリ箱の仕掛けが作動したように、勢いよく立ち上がった。
「まさしさんが見てくれてる……がんばる……」
「無事に戻ってきてね……ボクが望んでるのは、それだけだよ」
「まさしさんが見てくれてる……私、がんばるんだ」
梨菜は力をこめて言うと、大きな闊歩で『接続室』に向かった。
《決勝・第三ピリオド》
強天使
→矢吹パンナ(女18歳)リーダー
紅魔
→キュア凶子(女30歳)
「よろしくお願いします!」
梨菜が声高らかに入場時の挨拶をすると、会場は観衆たちの大歓声に包まれた。
闘技場の中央には、すでに対戦相手が待っていた。
梨菜は、視線をまっすぐに相手に向け、わずかなぶれも見せずに、まっすぐに歩み寄った。
相手は、肩に着く程度の黒髪の女子で、丸っこい小顔、ややつり上がり気味の細い菱形のキリリとした目、とがった鼻、フワッと突き出た唇……当然に、梨菜には見覚えのある容貌だった。
「久しぶりですね、葉島 香子さん」
梨菜は立ち止まり、その名を呼んだ。
香子は、小刻みに体を震わせ、梨菜と目を合わせようとしなかった。
「私は……新谷社長に指示されて行動しただけ……アナタや、美園会長に危害を加えるつもりはありません……」
「それは、どうだか」
と、梨菜は冷たく言い放つ。
「私と有利香さんで新谷社長との関係を引き裂いたはずが、結局は、あなたは自分の意志で新谷社長の元に行ったんですよね。初めての海外旅行で、確かなアテもないのに、割と難易度の高い旅行を申し込んで、はるばるB国まで……ね」
「……うう……」
香子は、まだ組み立てをしていない十字棍を力強く握りしめた。
「新谷社長の指示に逆らえなかったと言うなら、どんなことでも行動したんじゃないですか? 役割がオカダイとは違っていたというだけで……」
ここで長めのホイッスル。
梨菜は長剣を正面に構え、全身から発汗させて臨海状態にした。
いつでも戦闘可能な梨菜に対して、武器の組み立てもしていない香子は明らかにスタートで出遅れた。
慌てて香子が棍を十字に組み合わせようとしたが、梨菜は容赦なく香子の左手の甲を剣先で突いた。
鋭い痛み。
香子は悲鳴を上げ、持っていた棍を床に落とした。
「初めて、剣らしい使い方ができた」
と、梨菜は無邪気に笑う。
香子は、流血で真っ赤に染まった左手と床に落ちた棍をぼう然と見つめ、
「……もう……家に帰りたい……」
と、思わず声に出した。




