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レモンティーン  作者: 守山みかん


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四十五

真樹は肩車の状態で、オカダイのうなじに刃を当てると同時に、両足を交差させて、固めを強くした。

この強固な首かせに、オカダイはもがくことすらできなかった。

真樹のナイフを持つ手に力がこめられる。

鋭い刃先は、オカダイのうなじに赤い直線を描き、さらに内部に食いこもうとしていた。

「……アナタ……本気なのね……」

その時の真樹の目は、上弦の月のように反り返り、口元は右耳側につり上がり、顔色は牛肉の赤身のような臙脂(えんじ)色をしていた。

瞬発的に危機感が全身を走ったオカダイは、真樹のむき出しになっている乳房を鷲づかみにして、相手が(ひる)んでくれることを期待したが、ナイフによる攻めは、わずかな引きも生じなかった。

(このままじゃ、本当に首を落とされる……冗談じゃないわ)

オカダイは、またもや両手で真樹の大腿をつかみ、今度は背筋を反らせて、真樹を頭から地面に撃ちつけてやろうと、スープレックスのような技を仕掛ける。

滑りやすい床を勢いよく蹴り上げ、二人の体は共に宙を舞う。

オカダイは、さらに背中を反らしたブリッジを決めようとする。

肩に乗っかっていた真樹の天地が逆転し、今度は頭の方から落下を始める。

真樹は、オカダイにあてがっていたナイフを緩め、(つか)を両手で握って、頭の上で構える。

オカダイの首に回していた両足は、そのまま外さず、締めつけをきつくする。

オカダイのグエッという声が響き、大腿をつかんでいた両手が緩む。

真樹は構わずにオカダイのブリッジの延長になる角度で、自身の背中を反らせる。

放物線が頂点に達したところで、真樹は構えていたナイフを地面に垂直になるように突き立てると同時に、オカダイに向けて『火花(スパーク)』を流しこむ。

オカダイの首を締め付けていた両足は、真樹のしなるような動きで垂直に倒立が完成する直前に緩められ、オカダイの体は地面に叩きつけられるように落下を始める。

「真樹ちゃんの身体能力は超人的ね。(かみ)レベルと言っても良いかも」

と、仄香が感心する。

オカダイは、顎、首、胸、腹、大腿、膝、脛、足の甲と、身体の前側は、縁までジャムを塗りつけたトーストのように、満遍なく自分が()いた油にまみれた。

長めのホイッスル。

勝敗が決した後、真樹はナイフの柄に逆立ちした状態から着地しようと、両足を地面に降ろした途端にツルリと滑り、ドシンと尻餅をついた。

そんなおどけた光景に対しても、場内からは大歓声と賞賛の拍手が起こった。

真樹は、観衆に対して両手を上げて(こた)える。

オカダイは、薄らいでいく意識の中で、真樹が右胸をむき出しになっていることを気にもかけずに、笑顔で歓声に応えている姿を恨めしげに見つめていた。

「そろそろ目を覚まさないかな?」

不意に、耳に吹きかけるように聞こえてきた声により、再び意識が戻った。

大歓声も、油まみれの床も消え去り、細い昼白色の蛍光灯が正面に現れた。

そして、視界を覆うように現れた男の顔。

オカダイは、悲鳴を上げようとしたが、口の中にボールを噛ませて後頭部に向かってベルトで縛りつけられていたので、「おむ……んが……」というようなもがき声しか発せられなかった。

しかも、額、上腕部、腹回り、大腿部、足首の五ヶ所を寝そべるベッドと共に縛られ、身動きがほとんど取れないくらいに拘束されていた。

男は苦笑し、真上を向いているオカダイの視界から外に出ていった。

そして、左手を握られる感触が伝わった。

「キミとは、これで会話できるから、猿轡(ギャグ)を外す必要はないよね」

《アナタ、わたしにこんなことして、タダじゃ済まないわよ》

オカダイは、不満たっぷりに『遠隔感応(テレパス)』を返した。

「確かにキミを無料(フリー)自由(フリー)にできないな」

はははと笑う声。

手を握っている男以外にも、数名があたりにいるらしい。

《アナタたちは何者なの?》

「ほう……複数形で問いかけてきてるね。頭は悪くなさそうだ。まあ、行動は愚かだったけどね」

またしても、複数名の笑い声。

《……》

「そうそう。そういう風に静かにしていれば、ギャグまで着けることはしなかったんだよ。キミは、とにかく……やかましい男だからね」

《……》

「さて、キミの質問に答えようか。我々が何者か? まず、ここは我が国の警察署内の取調室。そう、キミはね、強制送還されたんだよ。あの闘技場施設内では、キミも知ってのとおり、我々の逮捕権は及ばなかった。でも、キミは闘技中に負傷して、治療する必要があったんで、我々がキミを引き取った。施設から外に出れば、キミを保護するモノは何も無い。そして、キミは指名手配犯。その後の展開は、もう想像できるよね。そして、私は警視監の水野だ。水野 佳人(よしと)。ホノちゃんには、ヨッちゃんと呼ばれてる」

『ホノちゃん』の名を耳にして、オカダイの両眉が高く上がる。

「キミのことはね、昔から知ってるよ。まあ……ホノちゃんとの付き合いが、それだけ長いってことだけどね。キミから見れば、きっとボクのことなんかわからないだろうな。これが初対面だからね」

水野は、そこで言葉を切り、そばにいる白衣の男に向けて人差し指を立てて、第二関節だけを二度曲げる仕草をした。

即座に、白衣の男が透明な液体が入った注射器をオカダイの右腕に打った。

オカダイは悲鳴も上げられないまま、注射器による薬物注入を受け入れた。

「単なる鎮静剤。毒物じゃないよ。でも、これでキミからの詮索行為を不能にできた。キミにできるのは、私の話を聞くことだけだ。『権限者(ギフター)』というのは、用心深く対処しないと、不意をつかれて、こちらの重要情報を持っていかれるなんてことも起きかねないから、油断できない。ましてや、キミはボクの目をだまして脱獄した張本人。手加減なんて有り得ないよ」

水野は、オカダイの左手首を掴み、思い切り『火花』を送りこんだ。

オカダイは、まぶたに力を注ぐこともできず、ただ大人しく全身麻痺状態を受け入れるしかなかった。

《……私……日本に……連れ戻されてるって……どんだけ……日にちが……》

「そろそろ限界量です」

と、白衣の男。

「もう少しだ……もう少しで、この男の意識の奥底に届く。この男が新谷に渡した情報が、その後に誰に渡ったのか……それさえわかれば……」

水野の額から、汗が滴り落ちる。

強く握りしめた左手は、熱気に満ちて真っ赤に染まっていた。

バキバキッと、指の骨が何本も折れる音が響いた。

水野は、なおも構わず、握りしめる手に力をこめる。

《……何よ……こいつの『意志』……どんどん私の深みに(もぐ)りこんでくる……》

再びオカダイの意識が飛び、それとほぼ同時に、水野に笑顔が浮かび上がった。


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