四十四
「真樹ちゃん……胸ポロを放置しちゃってるけど……」と、仄香は心配そうに中継画面を見ながら言う。
「マキねなら心配いらないのですわん」と、ミキミキが応じる。
「マキねのおっぱいは、会長すわんのと同じ大きさと形にしてて、恥ずかしいモノを見せてるわけじゃない。むしろ、誇らしいモノを見せてるんだって、いつも自慢してるのですわん」
「梨菜ちゃん、ミキちゃんがあんなこと言ってるんだけど……」
仄香は、オカショーと並んで座っている梨菜の方に視線を向ける。
「真樹さんのおっぱいは、私のとそっくりにしてあっても、私のじゃありませんから」
梨菜は、平然と前を向いて答える。
「私のは、まさしさんだけに見てほしい……」と、さらに平然と言い切った。
「……羽蕗さんがそう言うなら……」
オカショーも平然とそう言った。
仄香は、身体中の空気が抜けるくらいの大きなため息をもらした。
さて、戦闘中の真樹の場面に戻るが、足元を滑りやすくされて、少しでも油断するとバランスを崩しかねない状況で、身動きが取れなくなっていた。
それでも真樹は冷静に頭を働かせ、状況を打破するための知恵を練り出そうとしていた。
油とかの性質を単に利用して作り上げただけの滑りやすさなら、対処は難しくない。
真樹はそう考え、足元に撥油効果が起きるよう風を送り、オカダイが撒き散らした液体を吹き飛ばそうとしたが、液体は吹き飛ぶどころか、表面に波紋すら起きなかった。
もし液体内に『権限者』による『意志』が流しこまれているとしたら、それを上回る『意志』を持って、撥油効果を産み出せるはずである。
それができない理由は、考えるに二つある。
一つは、オカダイの『意志』が真樹を上回っているから。
おそらく、それは違うと真樹は首を横に振る。
先ほどのオカダイのスケートブレードによる攻撃を受けた時に、真樹のククリナイフはブレードと瞬間的に接触し、わずかだがオカダイを押し戻しているのだ。
不覚にも『戦闘服』のビキニトップのヒモを切られはしたが、明らかにオカダイの『意志』が働いた攻撃を、自らの『意志』で跳ね返したのだから、『意志』の差でオカダイにヒケを取ってはいないはずだ。
そうなると、考えられるもう一つの理由である、『権限者』の『意志』ではない効果によるもので、真樹の『意志』が通用しない状況にされているということになる。
「あの茶色い素材は……」と、日向 夕子が口を開く。
「当社が開発中の反発素材と性質が似ています」
「反発素材?」と、レナが興味を示す。
「何ですか、それは?」
「『権限者』による『意志』に干渉されない素材です。羽蕗さんのような強い『意志』を持った『権限者』が仕掛けた攻撃行為でも、物質構造を維持できる性質があります」
「開発中の素材で、完全機密にしていたはずなんだけど」と、仄香が続く。
「漏洩してると見て良いわね。炭素触媒の件といい、ダイちゃんの周りは怪しさ満載ね。でも、今は……」と、真樹が写る大画面に視線を戻す。
「調査は後回しにして、真樹ちゃんの活躍に期待しましょう」
真樹は、両手のククリナイフを正面に揃えて構えたまま、わずかな身動きも見せずに、オカダイの攻撃に備えている。
「賢明な判断ね」と、オカダイは真樹を褒める。
「そして、同情するわ。今のアナタは、わずかに重心を変える行為で、すってんころりんとなるからね」
そして、今にも猛ダッシュを繰り出さんばかりのスタートポーズを取る。
「今度のは、ちょっとキツいわよ。アナタに耐えられるかしらね」
カツンと床を蹴り、予想どおりの猛ダッシュで、真樹に向かっていく。
真樹は、ククリナイフを身構えてはいるものの、体勢は全く変えられないでいた。
オカダイは器用に右足を上げ、真樹を押しこめるような蹴りを入れる。
真樹の両手のナイフが、オカダイのブレードを垂直に受け止める。
耳をつんざくような金属音。
肉を切られる攻撃を正面から吸収し、押しこまれる力で、真樹の体が後方に移動を始める。
真樹は、オカダイを険しい目つきで睨みながらも、後方への加速はどんどん増していく。
その先は、水が満たされた幅三メートルの堀、つまり土俵外への押し出しを決められることになる。
すかさず真樹は、背中からドームの壁に向けて爆発を起こす。
まるで真樹が大きなオナラをしたようにも見え、レナとミキミキは揃ってプッと吹き出した。
爆風が壁で跳ね返り、包みこむように真樹の体を受け止め、一旦は停止したが、今度は逆に前進を始めた。
この間、真樹の視線はオカダイに向けられたままであった。
真樹は、体勢を変えずにオカダイに一撃を与えようと身構えをした。
「機転を働かせたと褒めてあげたいけど、わざわざ肉を切られに来るなんて愚か、と言っておくわ」
オカダイは、右足を腰の高さまで上げ、ブレードが水平になるようにまっすぐ伸ばすと、左足を軸にして、高速回転を始めた。
真樹は、落ち着いてオカダイの動きを見切り、ブレードが通り過ぎた直後をねらって、オカダイの懐に入りこもうとした。
「甘い甘い」
オカダイの右手には、いつの間にか『筆』が握られていた。
背中側から手を回して銃口が向けられ、臨界させた『光弾』が今にも発射寸前の状態だった。
「ハイブロー!」
『光弾』が容赦なく真樹の眉間を襲う。
『意志』ではオカダイに負けないが、先ほどの爆発で、真樹には これを吹き飛ばせるだけの『ME』が残っておらず、とっさに弾道の延長上から避ける行為を取るしか無かった。
不安定な動きをしたため、両足ともあらぬ方向へと滑り、転倒しそうになる。
すかさず右手側のククリナイフを地面に突き刺し、柄を両手で握って倒立し、転倒だけは免れた。
「まだまだ」
オカダイの回転攻撃は続いたままだった。
鋭さを帯びたブレードが、倒立で体を支えている両手を切りつけようする。
真樹は、両手に力をこめて宙に飛び上がり、器用に上下反転させて、オカダイの上に肩車になるように乗っかった。
オカダイは回転を止め、一瞬にして降りかかってきた窮地を冷静に受け入れようとした。
そして、真樹が執念深く離さなかった左手のナイフの刃先が、下顎に当てられた時に、ピンチを招いたのではないかという疑念が確信となった。
オカダイは、両肩に乗った真樹の左右の大腿と顎に突きつけられたククリナイフで構成された首かせを嵌められていた。
「クソやろう」
オカダイの頭の上から声が届く。
「こちらを向くことよ」
オカダイは、両手で真樹の大腿を掴み、ぎこちない動きで全身を百八十度回転させた。
真樹の引き締まった腰とヘソが目前に現れ、その次はおそるおそる顔を上げてみた。
むき出しになったままの形の良い乳房の上には、真樹の不敵な笑みが視界に入った。
目が合った途端に、今度はうなじ側に当てられたナイフの刃先が食いこんできた。
「このままキサマの首を落としてやることよ」
オカダイは、メドゥーサに見つめられたように全身をこわばらせた。




