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レモンティーン  作者: 守山みかん


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四十二

「ミキちゃん……かわいい子なのに……」と、レナが今にも泣きそうな声で言う。

「……不穏(ふおん)のミキミキ……」

梨菜は、そうつぶやいた。

「…………」

真樹は、沈黙していた。

「何だ!何があった?」

ミキミキの視界に写っていた無数のジャッキーが、同じ顔で驚き、じたばたと同じ行動を取り始めた。

幻像はオリジナルの本体を鏡写ししただけのモノという本質がまる分かりの状況である。

よく見れば、無数のジャッキーのそれぞれの動きには時間差が発生している様子が見え、一番早くに行動しているのがオリジナルであることが容易に察知できることに気づく。

「……どろ……どろーん……」

ミキミキの目は、上側が直線の分度器のような形を維持したまま、ジャッキーの本体の位置に捕らわれず、ジャンボタニシのピンク色の卵の幻像を次々と割っていった。

ジャッキーは、思惑通りの行動を取らないミキミキに対して、脅威を抱いていた。

今まで対戦してきた相手は、キモい映像を見せれば、誰もがすくみ上がって、行動不能になっていったのに……

この娘は、すくみ上がるどころか、ブチキレたようになって、行動がより積極的になっている。

「どろろーん」

不穏のミキミキは、半径一メートルくらいの空地を確保すると、両手を左右にまっすぐ伸ばし、4の字に片足立ちした。

ジャッキーの幻像たちは、動きを静止させて、ミキミキに注目した。

いつの間にか、ミキミキの全ての指の間に『回転球(スピンボール)』が現れ、臨界状態になっていた。

軸にしている爪先がゆっくりと時計回りに動き始める。

ジャッキーは警戒はするものの、身動きは取れなかった。

広範囲に及ぶミキミキの攻撃に、逃避行動は無駄であることを感覚的に察していたが、為す術が無かった。

ジャッキーに『攻撃側面(アグレッシブ)』の『才能(アプリ)』は備わっていない。

つまり、攻撃を受ければ、いとも簡単に倒されてしまうことは自覚していたのだ。

相手に攻撃を仕掛ける機会を与えず、バランスを崩して転んでもらう、というのがジャッキーの戦法だった。

ミキミキは、指の間に挟まっていた八球の『回転球』を全て放射状に投げた。

ジャッキーは、逆にミキミキのすぐそばまで駆け寄った。

爆風の影響を最も受けない場所としての思いつきは、好判断と言えた。

『回転球』が周囲で一斉に爆発し、取り残された幻像たちは、霧のように消え失せた。

ドーム内一杯に爆発は広がり、草の一本も残らないほど、激しく炎上した。

ジャッキーは、その様を息を飲みながら、ただ眺めていた。

作り上げた同士たちは一瞬にして消滅し、鎧を剥がされて、裸同然になっているジャッキーは、ただ呆気にとられているだけだった。

「どろろーん……」

ミキミキの視線が、自分に寄り添って立っているジャッキーに向けられた。

ジャッキーは背筋をピクリと跳ねさせ、情けなく膨らませたままにしていたピンクの風船ガムを口の中に回収しようとした。

すかさずミキミキの右手が伸び、唾液でベタつくガムを取り上げた。

「わ……私のだよ……」

味が既に終わって、ゴミのようなガムに対して、ジャッキーは未だ所有権を主張した。

ミキミキは、ジャッキーの主張を無視して、取り上げたガムを口の中に入れた。

やはり、製品として設定されていたウメ味は、ほとんど消えており、ジャッキーの口の中の味と思しき風味に置き換えられていた。

それでもミキミキはガムを構わず噛み続け、先ほどジャッキーが作り上げたモノより大きな風船を膨らました。

「何をする気だい?」と、ジャッキーは尋ねた。

すると、すぐ目の前にいるはずのミキミキがぼやけ始め、ジャッキーが両目をこすって見直すと、ミキミキが二人になっていた。

もう一度、両目をこすって見直すと、今度は四人に増えていた。

(ヤバい……残念だけど……)

ジャッキーは、両目をこするのをやめた。

だが、ミキミキが増殖する様が視界に入ってくるというだけで、ミキミキが増殖していく状況に、何ら干渉できるはずはなかった。

事態は、ジャッキーの視覚だけではなく、知覚にまで及んでいた。

「あなた……私と同じワザを……」

それ以上は、言葉を続けられなかった。

ジャッキーの足元にジャンボタニシの卵が集まり、やがて彼女の枯れ枝のような体を持ち上げた。

「うお……うおお」

ジャッキーは悲鳴を上げるが、何ら対抗手段を打つことなく、盛り上がっていくピンクの卵によって、天へと押し上げられた。

そして、ドームの天井ギリギリまで上がったところでピタリと止まり、今度は一瞬にして、全ての卵が消え去った。

「ジヒ?」

ジャッキーの足元に巨大な大穴が空き、吸い込まれるように落下を始めた。

「うおお……」

落下速度はどんどん上がり、穴の壁がどうなっているかなど、まるで確認できなかった。

やがて、穴の底の地面が現れ、ジャッキーはそのまま地面に叩きつけられた。

激しい衝撃が全身を覆うが、痛みは感じなかった。

ジャッキーは、一つだけ頑張った点があった。

それは、足から地面に落ち、ペチャンコになるくらいの衝撃を受けても、形だけは一応両足で着地したことになっていたことだ。

ミキミキが見せていた幻像が終わり、ジャッキーはニヤリと微笑んだ。

「ジヒジヒヒジヒジヒ……残念だけど……」

ジャッキーがミキミキに向かって言おうとしたところで、背中から激しく突き飛ばされるような衝撃を受ける。

ジャッキーの軽い体は、衝撃に耐えられず、ミキミキの方に向かって吹き飛んでいく。

ミキミキは身を交わして、ジャッキーを避ける。

「うおお!」

土俵外となる水槽の手前で、ジャッキーは止まった。

「セーフセーフ」

ジャッキーは、反撃を仕掛けようとミキミキの方へ向き直った際に、細いピンのような両足が絡んで、呆気なく転んで、顔面を地面にぶつけた。

長めのホイッスル。

軍配はミキミキに挙がった。

「何が起きた?」

ジャッキーは訳がわからないまま、地面に座りこんでいた。

《フードに入っていた『回転球』が爆発したんだよ》

遠隔感応(テレパス)』で答えたのは、梨菜だった。

《ミキミキに背後を取られたタイミングがあったよね。つまり、私がミキミキを無視しない方が良いよって忠告した時ね》

ジャッキーの頭の右斜め上に、電球がパッと点灯した。

《あの時に、勝敗は決してたってことだね》

「小娘が、生意気を言うんじゃないよ……ジヒヒ……」

ジャッキーはギリギリと音を立てて歯ぎしりをした。

「どろろーん」

ハッとして、背後を振り返った。

勝敗は決したが、ミキミキは不穏のままだった。

両手の指の間には、更なる攻撃に備えた『回転球』が収まっていた。

「あなた……まだやる気なの?」

ジャッキーは尋ね、後ずさりを始めた。

「試合は、もう終わったよ……ジヒヒ……これ以上の私への攻撃には、何の利益も無いよ……残念だけど……」

八つの『回転球』が全て臨界状態になる。

ミキミキが本気であることを察し、ジャッキーは身構えるが、彼女には回避能力は無かった。

《警告します。勝敗は決しました。これ以上の攻撃行為は大会倫理規程に定める違反行為とみなします》

「まったくだよ」と、ジャッキーは繋げる。

「逮捕されちゃうよ、あなた……残念だけど……」

「どろんどろん」

ミキミキが片足立ちになり、回転を始める。

そこへ、いつの間にか梨菜が現れ、固めワザをしかけるように全身を使って、ミキミキの肩と両足を固定させ、動けないようにした。

「どろん……」

動きを封じられたミキミキは、両手に持っていた『回転球』を全て床上に撒き散らす。

臨界しているので、今にも爆発しかねない状況であるが、梨菜は冷静に風を起こし、『回転球』を遠ざける。

『回転球』の一つが鋭く光り、他の『回転球』を巻きこんで大爆発が起きるが、これも梨菜が冷静に反発の爆風を起こし、被害から逃れた。

これは、もちろん、ミキミキの『意志』を上回る『意志』の持ち主だからできることである。

梨菜は、ミキミキに抱きつくような姿勢のまま、『火花(スパーク)』と唱え、全身に電気ショックを与える。

「……きゃはあ……」

「気がついたね」

梨菜は、ミキミキに笑顔を向ける。

「会長すわん……私……またバカをやったのでし……テヘペロですわん」

「戦闘は終わったよ。キミも正気に戻った。キミは、もうバカじゃないよ」

梨菜は、ミキミキを固めワザから開放し、両腕でしっかりと抱きしめた。

「キミが勝ったんだよ」

「きゃはあ」

ミキミキの両目が真ん丸に開いた。

そして、観客に向かって、両手を振った。

観客たちは、ミキミキに大きな拍手を送った。

「ジヒヒ……私の目はごまかせないよ……」と、ジャッキーは魔女メイクしたオジー・オズボーンのような笑顔を浮かべている。

「『回転球』を臨界させた時点で、私への攻撃行為は明白だったんだ……ジヒジヒヒ……大会倫理違反で、その勝ちは無効になるよ……残念だけど……」

ジャッキーがそう言い終わるのと同時に、彼女の背後で大きな爆発が起きた。

一個だけ不発だった『回転球』が、時間差で爆発したのだった。

それが、意図的だったのかどうかはわからない。

爆発の勢いでジャッキーの背中が強く押され、梨菜の方に向けて、突進していく。

「ジヒヒ……」

ジャッキーは必死で停止しようとしたが、梨菜の大腿の辺りに、肩からぶつかっていった。

梨菜はバランスを崩し、抱えていたミキミキと共に転倒した。

《ただ今の行為は、ジャッキー・ロワイヤルの大会倫理違反に該当します。当選手は負けが確定しているため、処分はありませんが、紅魔チームに対して厳重注意いたします》

「あわわ……そりゃ逆だよ……」

ジャッキーが慌てふためく。

梨菜は、腰を痛そうにしながら立ち上がり、同じく転倒に巻きこまれてしゃがんでいるミキミキに手を貸す。

「……わざとらしい仕草で……」と、ジャッキーは下唇を噛む。

「あなた……(はか)ったね……」

「そう思うのなら」と、梨菜は冷たく言い返す。

「立証が必要ですよ。私が意図的に仕込んでいた、という立証がね」

「うぐぐ……」

ジャッキーは悔しさのあまり、泣きそうな顔になっていた。

「あなた……見た目は美人なのは認めるけど……性格は、最悪のどブスだね……残念だけど……」

「残念だけど、そうみたいです。でも、前もって忠告してますよ……私はずる賢いんです……見た目のどブスさん」

《ジャッキー!早く戻るんだ》

紅魔陣営から、新谷 紅の怒鳴り声が飛んできた。

ジャッキーは、泣きべそをかきながら、接続室へ戻っていった。


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