四十
「さて、どう読むかだな、この局面」
ウィリアム・ゴースワンはオーナー用の観覧席ロイヤルルームの一室に陣取り、決勝戦プログラムを眺めていた。
広めのテーブル上には、ボリュームたっぷりのフィッシュ・アンド・チップスが運ばれ、ゴースワンの頬は酔いで鮮やかな朱色に染まっていた。
つまり、ご満悦な状況である。
ゴースワンの向かいに座っているのは、今日はウィルヘルム・フィッシャーではなく、マギーレインことR国のマグダラ・マグワイアだった。
マギーレインは、肩まで伸びた銀色の髪を煩わしそうに右手で後ろへ払い、銀色の瞳をゴースワンに向ける。
「わざとらしいわね」と、マギーレインが言うと、ゴースワンの眉がピクリと動いた。
「あなたたちが作り出した局面でしょう。あたかも、他人事のように話してるけど」
「あいにくだが」と、ゴースワンは喉を詰まらせ気味にしながら、反論する。
「私は、こう見えて保守派だよ。宗やフィズのように、示された『予言』を変えようなんて思わないからね」
「それは意外」
マギーレインは、辺りに漂う空気を吹き払うくらいの大きなため息をもらす。
「『予言』が示した結末を変えようと、あの新谷とかいう小人を動かしていたのではなくて?」
「ゴブリンか……まったく言い得て妙だな……」と、ゴースワンはほくそ笑む。
「確かに、私は『予言』に関わることで新谷を動かしていたが、あくまでも私が指示したのは結末の維持だ。貪欲な連中の干渉によって、結末を変えられないように指示していたのだが、いつからかヤツの行動が不穏になった。おそらく、誰かに買収されたか、自分にさらに有利な『予測』を引き出したかのどちらかが起きたタイミングからだろう」
「それでも、GBG設立の貢献者なんでしょう?」
マギーレインは、皮肉っぽく尋ねる。
「まあな……」
ゴースワンはうなずき、ウイスキー残量が指一本分にも満たないロックグラスを口に運ぶ。
「ヤツの貢献もあって、ME事業が順調に運んだ。財布のヒモを閉じる暇も無いほどな。だが、それは『予言』の後ろ楯があってこそだ」
「『予言』を入手したのも、そのゴブリン……」
「ヤツが、ホノから奪ってきた。今の我々がいるのは、本来ならホノだけに行く幸運を分かち合えたからだ」
「ホノは、我々と一緒にいるわ」と、マギーレインはつぶやき、全身を一瞬だけ震わせる。
「ホノだけが『予言』の内容を知らない。なのに、我々と共にできているのはなぜ?」
「さあな」
ゴースワンは、豪快にフライをかじる。
「今のホノが幸福感に満ちているのか、ほぞを噛んでいるのかは知らないが、彼女には感謝している。ミス・リナとも知り合えたしな」
「ミス・リナ……あなたがそういう呼び方をするのは、二人目ね」
マギーレインの瞳が輝く。
「どれだけ年を取っても、美しいモノに目がないのは変わらない」
ゴースワンの目尻が下がる。
「ミス・リナに幸福が導けているのなら、この先の『予言』の行く末がどうなろうと、それが最良の結末だと、私は思っているよ」
ゴースワンの無邪気な話に耳を傾け、マギーレインは肩をすくめる。
四つの対戦が予定されている決勝戦プログラム。
それらは、四つのリーグの優勝決定戦が一日で決着する内容だった。
その第一回戦目のプログラムがウルムス・リーグ。
つまり、『強天使』と『紅 魔』の対戦である。
《決勝・第一ピリオド》
強天使
→ミキミキ(女16歳)
紅魔
→ジャッキー・ロワイヤル(女36歳)
ジャッキーは、髪を真っ赤に染めた、細身の中年女子で、肌には葉緑素が混じっているかのような緑がかった色合いが見える。
目はつり上がった涙型で、瞳には赤や黄、緑といったクレイジーな組み合わせの色の輪が的のように重なったコンタクトを入れている。
肉の付いてない細い体に、辛うじて引っ掛かっている程度の黒いビキニを着用しているが、武器らしきモノは持っていない。
「残念だけど」と、ジャッキーはミキミキに向かって言う。
その声は、意外に響く低音で、テーブルの上に載せたグラスが踊りそうな感じである。
ミキミキは、「きゃはあ……」と小声で反応を示す。
「あなた死ぬわよ。残念だけど……」
ジャッキーは、割と凄んでみせたが、滑稽な容姿から得られる多くは笑いであり、恐怖心を植えつける効果は薄かった。
「きゃはあ。よく言われるのですわん」と、ミキミキはハート型の『のどちんこ』を見せながら笑顔で言い返す。
「きゃはあ。でも、たいてい、相手の方が死んでるのでし。ウケるぅ。おわり」
「慈悲」と、ジャッキーは言ったように聞こえたが、実は彼女特有の笑い声だった。
「ジヒジヒヒジヒジヒ」
「何だかキタナイ女子ね」と、仄香はまっすぐな感想を投げる。
「気遣いが微塵も感じられない身なりに、ハジも外聞も無い体格をさらけ出して、醜さの極みと言えるわね。自己主張してると言うか……まさか、あれを個性だと思ってるんじゃ……」
容赦の無い批評に、梨菜と真樹は腹を抱えながらケラケラと笑い転げている。
《ジヒヒ……ちょっと……アンタさ》
ジャッキーが、画面越しに仄香に話しかける。
仄香じゃない他の視聴者は、何事かとあちこちから驚きの声を上げていた。
これは、明らかに仄香たちの会話に関する情報を『ME』から得ていたことを示している。
《アラフォーが美貌について語るなっての……ジヒ……アラフォーなんてさ、アラサーには絶対に勝てないっつーの。残念だけど……ジヒヒ……》
「何、今の?」と、仄香が反論する。
「どブスが何か語ってるわね、美貌がどうとか」
「仄香さん、相手にしてはダメです」と、梨菜がなだめる。
「どブスが感染します」
梨菜のおどけを聞いて、真樹が大爆笑する。
「あの女子……武器も持たずに、何がしたいのかしらね?」
仄香が首をかしげていると、オカショーが「決勝戦まで全勝で来ているチームですから」と、話しかける。
彼は、梨菜の応援のためにベンチ入りしているのだった。
「自分から『情報側面』が使えることを教えてくれてますが……今までに無いタイプの戦闘員です。注意が必要かと」
「密着してくる戦闘スタイルだったりしたら鳥肌が立つけど……相手するのはミキちゃん」
仄香は、胸の前で両腕を組んで、大画面に映っているミキミキを優しげに見つめる。
「あの子は、そういうのに強そうね」
長めのホイッスル。
「きゃはあ」
ミキミキは、両手の全ての指の間に『回転球』を用意し、『臨界』させる。
対して、ジャッキーは戦闘の構えを取ろうともせず、両目を閉じたまま、立っているだけだった。
身じろぎ一つしなくなったジャッキーをミキミキは注意深く見つめている。
試合が開始されてから、すでに三十秒が経過した。
ジャッキーは、相変わらず両目を閉じたままである。
会場からブーイングが出始める。
ミキミキは、試しに『回転球』をジャッキーに投げつける。
この時、『回転球』がジャッキーにぶつかったところで体をすり抜け、完全に中に入りこんでから『回転球』が爆発したのを見逃さなかった。
今まで見えていたのは、視覚情報を操作された幻像。
ミキミキは、注意深く辺りを見回した。
ジャッキーは、いつの間にかミキミキの背後に回っていた。
「残念だけど……私の仕掛けたカラクリをあっという間に見抜かれたみたいね……ジヒジヒ……でも、私が力を見せるのは、これからよ……残念だけど……ジヒヒ……」
ジャッキーが両目を大きく開き、クレイジーなコンタクトを見せつける。
赤と黄色と緑の輪のうち、黄色の輪だけが段々と大きく写り、目の大きさを超え、顔の大きさを超え、全身よりも大きく広がり、やがてドーム内全体を黄色く包む。
「『魔界』……たっぷりと楽しみな……ジヒジヒ……まあ、あなたは死ぬわね……残念だけど……ジヒヒ……」
たちまちドーム内の床に十文字のヒビが入り、真ん中から陥没していくように崩れ始めた。
あまりに突然の事態に、ミキミキは何かに掴まることもできず、いきなり現れた奈落の底に落下していった。




