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レモンティーン  作者: 守山みかん
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「十五年……」

仄香(ほのか)は、何度か息を飲み、ようやく声を出した。

聴覚が働かないルは、そんな仄香の様子を『情報』によって知った。


《ボク、何か変なこと言ったかな?》


ルが、メッセージを送ってきた。

仄香は、ルに視線を戻した。


《あなた、超人だわ》

《何のこと?》

《十五年も先が『予測(プレディク)』できるなんて》

《主に下階の書斎にある本から得た情報に基づいてるんだけど、人々の思想の変化と、技術の実現可能性を考察して、組み立てたんだ》

《それを変更するとなると、大変なんじゃ……》

《そろそろ、ボクの番にならないかな?》


仄香はキョトンとしたが、すぐに笑顔を取り戻した。


《ごめんなさい。良いわよ》


ルから、『歓喜の歌』のフレーズが届いた。


《仄香さんも、生まれつき『権限者(ギフター)』だったの?》

《私は違うわ。私が『権限者』として『覚醒』したのは、四年前よ》

《覚醒?》

《私自身、四年前まで、『権限者』であることを知らなかったの。眠っていた『権限』を発動させるプロセスが、『覚醒』よ》

《ボクは、そのプロセスを知らない。ボクは、いつ『覚醒』したのかな》

《ごく(まれ)に、生まれつき『覚醒』している『権限者』がいるみたいね。私の国でも、そういう子供が見つかって、『マジック・アイ』の発見に(つな)がったのよ》

《ボクも、その子供と一緒なのかな?》

《あなたも、生まれついての『天然の権限者(ナチュラル・ギフター)』よ》

《神様に感謝だね。ボクは、ヒトと交流することは無いと思ってた》

《私の番ね》


仄香は、深呼吸して、ルの顔をじっと見る。


《あなたの『予測』した内容について教えて》

《変更が必要なんだ。今の状態は、もう『予測』とは言えないよ》

《変更には、時間がかかるんじゃ……》

《ボクには、想像する時間しかない。そんなでもないと思うよ》

《私が、ここに滞在している間に、あなたが想像した『未来』を教えてもらえるかしら》

《三日だよね。少しでも時間をかけた方が精度が上がるんで、できるだけ考えておくよ》

《楽しみにしておくわ》


仄香は、一旦、ルの部屋から退室した。

その後は、予定していた市内観光を足早に済ませ、メイドのアイリスがいないタイミングを見計らって、ルの部屋に出入りし、会話を楽しんだ。

滞在予定の三日間は、あっという間に、通り過ぎようとしていた。

今は、最後の夜。

翌朝の食事が済んだら、仄香は、屋敷を()つことになっていた。


《今夜で最後だわ》

《明日になったら、日本に帰るんだね》

《主人に頼んで、またここへ連れてきてもらうわ》

《また、お話ができるね》

《あなたと過ごした三日間は、ずっと忘れないわ》

《ボクも楽しかった。ボクの生涯において、最も(とうと)い時間だったよ》

大袈裟(おおげさ)ね。また、会えるわよ》

《また会えると良いな》


ルは、『歓喜の歌』を仄香に送った。


《最後に、仄香さんに渡したいモノがあるんだ》

《何かしら?》

《忘れたの? ボクの『未来』だよ。ずっと考えて、想像して、作り上げた『未来』》

《変更は、終わったの?》

《終わった》

《ルが考えた『未来』って、どんなかな。楽しみだわ》

《ちょっと見てみる?》


仄香は、ルの思考に、ほんの少しだけ触れてみて、首を横に振った。


《すごい情報量だわ》

《ボクが子供の頃から考え続けてきた内容だよ》

《あなた、とても語彙(ごい)が豊かなのね》

《ボクが思い違いをしていて、単に、世界の本質を理解していないだけかも知れないけどね》

《表現が、私には難しくて……内容を咀嚼(そしゃく)するのに、時間がかかりそうだわ》

《持ち帰ってもらっても良いけど、何か方法ある?》

《アレを使ってみるかな……ちょっと待ってて》


仄香は立ち上がり、部屋から出ていった。

そして、五分くらいして、急ぎ足で戻ってきた。

何やら、小さな機械装置を大事そうに抱え、腰掛けに着席すると、膝の上にそれを置いた。


《これは、『プラチナディスク』と呼ばれてる記憶装置。あなたの『未来』の情報を、これに保存できるわ》

《えっと……》

《あなたは、心を開いてくれるだけで良いの。私が、『未来』の情報を取りに行くから》

《よくわからないけど、ボクは、じっとしているだけなんだね》


仄香は、右手でルの左手を握り、もう一方の手で記憶装置の側面を覆う電極部分に触れ、両眼をつぶり、集中を始めた。

ルは、元より体を動かせないので、二人が彫像のように固まった時間が、しばらくの間、続いた。

やがて、仄香の両眼が開き、情報転写は終了した。

仄香は、ルの作り上げた『未来』の書き出しの部分を確認した。


(少女は、高架橋の真ん中を大股で歩き、レモンを(しぼ)る)

(大人たちは、汗だくになりながら、橋脚(きょうきゃく)を建設し、少女の行く道筋を延伸する)

(少女は、構わず大股で歩き、レモンを絞る)

(大人たちは、その果汁を奪い合い、さらに橋脚を組み立てる)


そこで、仄香は、ため息をもらした。


《意味の解析に時間がかかりそうだわ》

《仄香さんに、楽しんでもらえたらいいな》


仄香は、ルから、もらった『未来』が保存された『プラチナディスク』を大事に持ち帰り、帰国した。


翌年、ルは、呼吸障害により、窒息した状態で発見され、まもなくして息を引き取り、その静かな生涯に幕を閉じた。

彼の存在は、家族の間だけで秘密とされていたため、その訃報(ふほう)が仄香に届けられることは無かった。


* * *


仄香が持ち帰った『ル・ゼ・ジャセルの未来』は、即座にアカデミーの研究員による解析が行われた。

だが、その膨大な量と、抽象的な表現に手こずり、全文を解析するのに、数ヵ月間を要した。

そして、ルの『予言書』として、まもなく完成しようとしたところで、解析チームの一員だった新谷(しんたに) (こう)が、仄香が持ち帰ったルの原文と、解析済みの情報が保存された両方の『プラチナディスク』を持ち去る事件が起きた。

解析チームの他のメンバーは、全員が『光弾(バレット)』によって射殺され、彼らの記憶に残ったルの『未来』に関する情報については、『封印』が(ほどこ)されていた。

新谷のアジトは、翌日、警察によって押さえられるが、(さき)の爆発事件を起こされ、刑事一名の命を奪い、証拠品の隠滅が図られた。

その後の、新谷の行方は不明。

ルの『予言書』に関する情報は、ほとんどが失われた状態で、現在に至っている。


* * *


浦崎(うらさき) 芳隆(よしたか)は、警察本部の研修室にある椅子に腰かけた水野(みずの) 佳人(よしと)の左肩の上に、垂直に手の平を置き、しばらくの間、両眼を閉じる。

水野も、浦崎の様子を窺いながら、動きを止めている。

浦崎が鼻をフンと鳴らすのを確認すると、水野の硬直状態も、指を鳴らして催眠から解放されたように、だらしなく形がくずれる。

因果(いんが)といえば」と、水野は語り始める。

浦崎は、何も反応を見せず、耳だけを水野の方に傾けている。

「かつての私の上司の姿をした博士によって、『封印』された情報を『覚醒』してもらったことですね」

「ああ」と、浦崎は、うなずく。

「キミの上司の話は、前に聴いたな。もっとも、私が、この姿に落ち着いているのは、他ならぬ、キミの(はか)らいだがね」

「博士が『覚醒』したのは、かつて、一人の刑事の犠牲によって手に入れた情報なんです」

「それを、今頃になって、掘り起こしたのには、何か理由があるのかね?」

浦崎は(たず)ねるが、その趣旨に、さほど興味を抱いているようには、見えなかった。

「十四年前に、ホノちゃんが持ち帰った『ル・ゼ・ジャセルの予言』が、その期日を迎えようとして」

水野は、浦崎に伝える意識を持つわけでもなく、独り言のようにつぶやく。

「『マジック・アイ』に関わる市場や研究部会が、にわかに騒々しくなってきたようだ。アカデミーの研究員三名と浦崎さんを殺害した新谷は、未だ行方が掴めず、目立つ動きも伝わってこない。

「ただ、あの時、浦崎さんが死守した、この短い情報には、あの時は理解できなかったが、今では、はっきりと認識できる要素が一つだけある」

「予言には、何が書いてあったのかね?」と、浦崎が訊ねる。

その目つきには、少しばかりの興味が芽生え、熱を帯びてきているのがわかる。

「浦崎さんが目にしたのは、『少女はレモンを絞る』と表現された詩と、四人の名前だった。三人は面識のない外国人の名前らしいが、もう一人は、ボクたちも、よく知っている人物だ」

「ほう」と、浦崎は、うなずく。

「だが、ル・ゼ・ジャセルは、どうして、この名前を知り得たのだろうか。限られた空間でしか生きられず、情報源も限られていたはずだ。どうやって、これを導いたのか……

当時、彼女は、無名の、それも幼少だった。なのに、どうして、彼女の名前を、異国の閉ざされた空間にしか生きられなかった青年が知り得たのか……謎だ……」

「ふむ……もしかして、そこに出てきた名前は……」

浦崎の瞳は、(りん)と輝いている。

「お察しのとおり」

水野は、ニヤリと微笑みを浮かべる。

羽蕗(はぶき) 梨菜(りな)ですよ」


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