三十八
ラズベリーパーク闘技場の入場者に関する情報は、非公開とされている。
入場者には、経済界の重要人物や政府高官などが含まれているため、当然に防衛目的を意識した措置である。
ミサイル一発が落とされれば、そんな防衛など意味が無い、と安易に思われがちだが、あいにく当闘技場は、ミサイル一発で落ちるような軟弱な造りではない。
また全ての外装材や壁材に、『権限者』たちによる情報流通を阻止する素材が使用されており、『走査』などの行為で、誰が入場しているかを知ることができない構造になっている。
所有者のウィリアム・ゴースワンは、「世界で一番安全な場所」と豪語している。
岡産業株式会社の専務取締役である松川 貴代子と警視監の水野 佳人は、二人部屋のプラチナルームで並んで着席し、矢吹パンナとアド・ブルの対戦を観戦していた。
「まあ、派手にやってるわね」
と、貴代子が率直な感想を言う。
「けっこうピンチな局面だと思いますが」
水野は、落ち着き払っているような素振りだが、両拳は試合開始から強く握りっぱなしである。
「梨菜ちゃんなら大丈夫。あの程度の落雷なら跳ね返せるわ。梨菜ちゃんね、昏睡状態の時に、落雷で目覚めた子なのよ」
「まあ、羽蕗さんの『意志』の強さは、ボクなりにわかってますが、今の場面で、失神した観客は多いと思いますよ」
「だから人気なんでしょ、WGBG。全席VIPなんて闘技は、他に無いわ」
「五芒星と呼ばれる『IMEA』の幹部たちの経済規模が大きすぎるんです」
「ウチも、その一社よ。忘れないでほしいわ、ヨッちゃん」
貴代子は、得意気に鼻をツンと上に向ける。
「協会最弱の会社から、梨菜ちゃん率いる『強天使』が大活躍してるのよ」
梨菜は、とっさに『治癒』を発動させ、高電圧と大電流によるダメージを完全とまではいかないが、回復させた。
「ねえ、無理しちゃダメよ」と、アドは小さな青い傘をくるくる回しながら、梨菜に話しかける。
「私の落雷を受けて、ギブアップしなかったヒトに初めて会ったけど……でもね、私ね、今みたいなの五秒ごとに撃てるのよ。あなた、『ME』を温存するために、完全に『治癒』させなかったみたいだけど、同じのをまた受けたら、今度は枯渇するわよ。そして、次にまた落雷を受けたら、あなたは『治癒』できなくて即死。ねえ、私とお友だちになってよ。そしたら、攻撃をやめてあげる」
「つまり、それは……」と、梨菜は息切れしながらも、顔を上げて、アドを見つめる。
「私に負けを認めろ……ということですね……」
「戦闘中はお友だちになれないわ。けじめをつけましょ、と言ってるの」
「あいにく……私は負けずギラいなんです……私のことを応援してくれるヒトもいます……」
「ねえ、あなた、とてもキレイだわ。長身でスタイルが良くて、私が今までに出会った中でも、一番の美人よ。そんなあなたを、私はボロ雑巾のように殺したくない」
「確かに……あなたの落雷には『速度』が無い……」
梨菜は言って、長剣を正面に構える。
「でも、それは……落雷になってからのこと……」
梨菜の剣先に『光弾』が集まり始める。
「やめなさい。私への攻撃行為は、お友だちへの道のりを遠ざけるだけよ。ねえ、あなたは頭も良いと思ってるわ」
アドは、傘を回転させるのを止め、彼女もまた『光弾』を練り始める。
「あなたが攻撃をやめなければ、私もやめない。これで、チェックメイトよ」
アドは、サッカーボールくらいに練り出した『光弾』を、さっきと同じように、真上に発射させた。
梨菜も、それにタイミングを合わせて、『光弾』を発射させた。
アドの『光弾』がドームの天井ギリギリまで上がったところで、梨菜の『光弾』がぶつかっていく。
「え……何をしたの?」
アドが声を詰まらせ、キラキラと輝く青い目が真ん丸になるくらいに大きく開く。
「『ME』をエネルギー化させてしまった後では『横取り』できないけど、選択する前なら可能ですよね」
「うそ……私の『意志』がかなわないの?」
ゴロゴロと雷鳴がドーム内に轟く。
「……チェックメイト……」
梨菜は、歯を食いしばって、そう言った。
球状の『光弾』が膨張を繰り返し、ドーンという激しい音と共に落雷した。
ただし、今度は青い衣装の小さな女子に向けて。
梨菜の落雷はアドを貫くだけでなく、地面に到達したところで、大きく爆発した。
アドの小さな体は、脚の不安定なテーブルを叩いて跳ね上がったコップのように弾かれ、背中から地面に落ちた。
長めのホイッスル。
軍配は、梨菜に上がった。
大きな歓声と拍手に、場内は包まれた。
梨菜は、尻餅をついてキョトンとしているアドのそばに歩み寄った。
「ケガは無いですか?」
梨菜の問いかけに、アドは「無いわよ」と素っ気なく答えた。
「あなた、私の『意志』を読み取って、手加減したわね。あなたが起こした『爆発』で、私は転ばされただけ。ねえ、わかってるわよ。それなのに、ケガが無いか訊くなんて、性格が悪い子ね」
アドは傘を閉じ、先を地面に突き刺し、杖のように頼って立ち上がった。
「あなたとは、お友だちになれないわね」
「なぜ? 戦闘は終わりましたよ」
「私が上でなきゃ、お友だちになる意味がないじゃない」
アドは唇を悔しそうに尖らせた。
「私を転ばしたヒトとなんか仲良しになれるわけがないわ。あなたは美人で頭が良いけど、私の次。強さだって、私の次でなきゃダメなの」
「それは残念ですね」と言って、梨菜は肩をすくめ、アドに背を向けた。
「この次の対戦では」と、アドは梨菜の背中に向かって言った。
「私が勝つわよ。ねえ、その時はお友だちになってあげてもいいわよ」
梨菜は立ち止まらず、まっすぐに『接続室』に戻っていった。
「フィズ、残念だったな」
ゴースワンは、落ちこんでいると思しき友人に向かって、慰めの言葉を投げ入れた。
「仕方がないさ。勝負事は、いつだって時の運に左右される」
フィッシャーは、割とさばさばした様子で答えた。
「あのアド・ブルでは勝てなかった。次の勝負に期待するよ」
「あの?」
ゴースワンの眉が上がるが、フィッシャーは何も答えずに席を立ち、別れを告げて、去っていった。
「前から気になっていたんですが」と、水野がつぶやくような小声で言う。
「『ル・ゼ・ジャセルの予言』に出てきた『レモンティーン』と呼ばれる四人の名前は、羽蕗さんだけ、なぜ本名なんでしょうか?」
「え?」と、貴代子は意表をつかれたように驚いた顔をした。
「ヨッちゃん、それどういう意味?」
「素朴な疑問ですよ。大した意味は無いのかもしれないけど」
水野は、鼻の頭を人差し指の先で掻き、はにかむように微笑んだ。
「アンナ・リリーホワイト、アド・ブル、段・深緑、羽蕗さん以外の三人はバトルネーム……WGBGで使用している愛称が出てきているのに、羽蕗さんだけ『矢吹パンナ』ではなく、本名で出ています。これに、どんな意味があるんでしょうか?」
「確かに疑問ね」
貴代子はうなずくが、さほど不思議がる様子は見せなかった。
「何か知ってますね?」
水野が鋭く揺さぶりをかける。
貴代子は、にんまりと笑って、水野の攻撃を跳ね返す。
「何でも疑問に思う習慣があって、ヨッちゃんは警察官の鏡だと思うわ。でも、考えすぎよ」
水野は、なおも食い下がろうと、慎重に貴代子の様子を窺うが、そこから見抜けるものは何も無かった。




