三十七
第二ピリオドの対戦相手を見て、まず最初に悲鳴を上げたのが、ウィルヘルム・フィッシャーだった。
そして、特定の観客たち。
主にブックメーカーに大金を投じていた連中である。
経済的な損害を被った者たちは悲鳴だが、多くは予想外の展開を目の当たりにした場合に生じるどよめきだった。
《準決勝・第二ピリオド》
強天使
→矢吹パンナ(女18歳)リーダー
青い稲妻
→アド・ブル(女19歳)リーダー
「マジかよ……」
フィッシャーのこめかみ辺りから頬を伝って顎に至るまで、二筋の汗の川が流れている。
「こちらの思惑を読まれていた、ということだな」
ウィリアム・ゴースワンは、皮肉な笑みをたたえながら言い、ビールジョッキを口に運ぶ。
テーブルには空のジョッキが、すでに四つ並んでいた。
もちろん、フィッシャーの分も含まれているが。
「『LARGE4』が打ち出した『予測』だぞ」と、フィッシャーはムキになって声を張り上げた。
「オイゲンが敗れて、ここでリーダー戦になるなんて……ありえない……」
フィッシャーのつぶやきを聞いて、ゴースワンは首を横に振る。
「言っただろう……ホノたちを甘く見てはいけない、と」
そして、『強天使』の陣営では、仄香が声を立てて笑っていた。
「今ごろ、フィズは悔しがってると思うわ」
「ル・ゼ・ジャセルさんの『予言』では」と、日向 夕子が仄香に話しかける。
「『檸檬の天使』と呼ばれる四人の人物名が登場してますが、それは『WGBG』の四リーグの優勝チームのリーダーたちだった、と推測されていたはずですよね。それが、こんなところで対戦が実現してるのは、誰かが『予言』を変えようと、干渉しているということでしょうか?」
「少なくとも、フィズは関わっているわ」と、仄香は楽しそうに答える。
「少なくとも……と言われのは、複数の干渉が加わってる、ってことですか?」
「私たちも意図的に関わってるわよ」
仄香がいたずらっぽく微笑む。
日向は、レナの方をチラリと見る。
「レナちゃんの『予測』の影響でしょうか?」
「それは、もちろん」と、仄香は即答する。
「それと、もう一つ。キヨちゃんに動いてもらってることがあるのよ」
「専務がですか……いったい何を?」
「キヨちゃんの交渉能力はスゴいわよ。いつも、私の想像を超えた結果を導いてくるの。でも、何を指示したかは、今はヒミツ。いずれ、わかるわ。ここは、『レモンティーン』同士の対決を楽しみましょう」
日向は、お預けを食らった子犬のような顔をした。
そこへ、着替えを済ませた真樹が戻ってきた。
お決まりの淡いグリーンと白のボーダーのニットシャツに、水色のフワッと膨らんだ膝上丈のスカート姿だった。
ちなみに、ミキミキは、反対の配色の服を持っている。
すかさず、ミキミキがそばに駆け寄り、涙を流しながら、真樹に抱きついた。
「きゃはあ、まきね、お疲れ様なのですわん」
「せっかく……」と、真樹は沈んだ声で言った。
「天使様に祝福のハグを受けたのに、余韻が半減したことよ」
「は……」と、ミキミキは声を裏返させ、すばやく真樹から離れた。
「とほほう。ごめんなさいなのですわん」
ミキミキが謝る姿を見て、今度は真樹の方からミキミキを抱き締めた。
「いもうと……心配してくれて、ありがとう」
たちまちミキミキの両目が逆Uの字になり、真樹の豊満な胸に、顔を押し付けながら、首を左右に振った。
ミキミキ流、喜びの仕草だった。
いつもの真樹だったら、「調子に乗らないことよ」と突き放すのだが、今はそうしなかった。
「よろしくお願いします」
梨菜の快活な挨拶が響き、大歓声が沸き起こる。
三木姉妹も、闘技場内が写し出された画面に注目する。
長身の梨菜と対峙しているのは、深いブルーのキャミワンピースを着た百四十センチ程度の小さな女子で、同じ系統のブルーにコーディネートした小さな雨傘を右手に持っている。
彼女がアド・ブル。
ル・ゼ・ジャセルが『予言』に記したとされる四人の名前の一人である。
アドは、緩くカーリーヘアにしたショートの金髪に、青い瞳をキラキラ輝かせた子供のような容貌をしている。
「ねえ」と、アドがまるで幼い妹が年の離れた姉を相手にするような調子で、梨菜に話しかける。
実は、梨菜の方が年下なのだが。
「あなたのことは知ってるわよ。あなたね、私の国で人気急上昇なの。私もね、あなたのカードをたくさん持ってるの。私も、あなたの大ファンなの。よろしくね」
「アドさん」と、梨菜が真面目な顔で話しかける。
「ここで、あなたと対戦しなくてはならない流れは、当初の『予言』と異なってます。そのことについて、何かご存知ですか?」
「ル・ゼ・ジャセルの『予言』のことよね」
アドは、冷めた感じの口調で答えた。
「『予言』と違う結果にすることで、大人たちは都合の良いように未来が変わると信じてるの。ねえ、今、マロニエ・リーグでは、アンナ・リリーホワイトと段 深緑が対戦してるのよ。どちらが勝つにしても、『予言』とは違ってくるわ。ねえ、私たちも、そうじゃなくて」
(段 深緑……)
梨菜は、ゴクリと唾を飲む。
『予言』に出てきた最後の一人。
これで、『レモンティーン』と呼ばれる四人全員が出揃った。
長めのホイッスル。
戦闘開始に合わせて、アドは青い小さな傘の尖った先端を天井に向け、手元のボタンを押して、傘を広げる。
「ねえ、『強天使』は、あなたをイメージしたチーム名なんでしょ。『青い稲妻』も同じよ。私をイメージしてるの」
瞬く間に、傘の先に球状の『光弾』が集まってくる。
(『蓄積型』……小さな体でも、扱える『ME』の量がハンパじゃない……)
「私の稲妻に『速度』は無いわ。落とせば、間違いなく標的に当たる。それに、あなたが耐えられるかどうかだけ。ねえ、あなたのことは好きになれそうよ。戦闘から離れたら、お友だちになってほしい。でも、今は戦闘中。目の前にいるあなたは、私の敵。私は、勝つことだけにこだわるわ」
アドの傘の先からサッカーボールくらいに集成した『光弾』が真上に発射された。
ドームの天井ギリギリまで打ち上がった『光弾』は、少しの間、動きが制止したかと思うと、ドーンと激しい雷鳴を伴って、一直線の落雷となり、梨菜の頭の先から足の先までを貫いた。
梨菜は、かろうじて二本足で立っていたが、全身から煙が燻り、灰色の煤がこびりついていた。
AI審査が、梨菜に対して、ダメージレベルCを認定した。
『強天使』の控室にいたメンバーはもちろん、場内にいる観衆全員が彫像のように硬直し、静まり返っていた。




