三十四
ウィルヘルム・フィッシャーのスマホに通知が届き、その内容を確認した途端に、彼の表情が険しくなった。
それが悪い知らせであることは、一目瞭然だった。
「どうした?」と、ゴースワンが訊ねた。
「ゴス……」と、フィッシャーは言葉を詰まらせた。
「『The LARGE』の様子が……キミの言ったとおりだ。妙な状況になった」
「何が起きたんだ?」
「『下剋上』が発動したらしい」
「ふむ……」と、ゴースワンはうなずき、動揺を見せなかった。
「初めてだな」
「そう、初めてだ」
対して、フィッシャーは、かなり動揺していた。
「『LARGE4』による『Small LARGE』の信頼比率は、どうなってたんだ?」と、ゴースワンは訊ねた。
「メインシステムの『LARGE1』が6.5、サブシステムは『LARGE2』が2.5、『LARGE3』が1.0だ」
「なるほど……メインが弾いた予測と異なる予測を二つのサブが弾いたら『下剋上』が成立するな」
ここで彼らが話題にしている『予測システム』について説明しておく。
『ME』が持つ現在時間が到達していない時系列の情報、すなわち未来情報から精度の高い予測を打ち出すシステムを、彼らは『The LARGE』と呼んでいる。
ちなみに『LARGE』は、
Lemon
Angel
Road
Go to
Eden
の頭文字から成っている。
未来情報は、断片的なモノが多く、経過と結果を繋げた未来予測を完成させるためには、集積された未来情報を読み取った上で、足りない情報を補いながら『シナリオ』を作成することから始める。
その『シナリオ』を作成するのが『Small LARGE』と呼ばれる三つのコンピューターである。
三つのコンピューターの性能は同等であるが、使用できる未来情報の優先権が異なっている。
まず全ての未来情報を自由に使用することができる『LARGE1』がシナリオを作成する。
この『LARGE1』はメインシステムと呼ばれ、最も信頼度の高い予測シナリオを生み出すとされている。
『LARGE1』は全ての未来情報を使用できる権限を与えられているが、必ずしも全ての情報を使用するとは限らず、仮定した予測シナリオと矛盾する情報は使用されないことがある。
また、全ての情報を使用したとしても、その解釈によって、結果の異なる予測シナリオが生み出されることもある。
『LARGE2』は、優先権はその次だが、『LARGE1』で使用されなかった情報も採用した上でのシナリオを作成する。
『LARGE3』は、さらにその次の優先順位。
『LARGE2』と『LARGE3』はサブシステムまたはマイノリティと呼ばれ、予測精度はメインに劣る扱いをされるが、メインの予測精度そのものが低いケースでは、サブのシナリオが参考にされることもある。
これら三つのシナリオを検分し、信頼比率を設定して、最も適した予測シナリオを決定するのが『LARGE4』、別名『Big LARGE』と呼ばれている統括コンピューターである。
『LARGE4』に採用されているコンピューターは、世界最高レベルのスーパーコンピューターと同等であると言われている。
『LARGE4』は、これまで自らが予測したシナリオとその結果について記憶しており、その数は数百万件にも及ぶ。
膨大な貯蓄情報から得た類似案件はもちろんのこと、予測結果を知った関係者による行動規準についても決定根拠に盛り込まれることがある。
原則として、『LARGE4』が算出した信頼比率をポイントとして、最高値を打ち出したシナリオが最終的に選ばれるのだが、そこにはもう一つルールが設定してある。
それは、同じ結果を予測したシナリオ(あくまでも結果であり、そこへたどり着く経過は問わない)が二本以上作成された場合は、その合計値を2倍するというモノである。
『LARGE1』と同じ結果を、他の『Small LARGE』も打ち出していれば、このルールが最終決定に影響することは無いが、影響があるのは、『LARGE1』と異なる結果を『LARGE2』と『LARGE3』が打ち出し、なおかつ、それらが同じ結果であった場合である。
先の例を当てはめると、
『LARGE1』=6.5
『LARGE2』+『LARGE3』=(2.5+1.0)×2=7.0
となり、逆転現象が起きる。
すなわち、彼らが『下剋上』と表現している状況である。
「差は0.5ポイントか……予測精度はイマイチだが、ルールは尊重すべきだ」
と、ゴースワンは抑揚ない調子で言った。
「で、『The LARGE』が決定した予測は何だったんだ?」
「『強天使』とウチのチームの対戦が、次に来るというモノだ」
「ほう……」と、ゴースワンはうなずいた。
「決勝戦で当たるという予測が、『干渉』されたということか……」
「有り得ない事態だ!」と、フィッシャーは声を張り上げた。
「対戦チームの決定は、表向きは公正な方法と確率設定によって実施されるとしているが、ある程度は主催者側の意図が盛りこめる仕組みになっていたはずだ。そして、その主催者とは我々だ。なのに、『干渉』によりシナリオを変えられた。これは、いったいどういうことなんだ?」
「我々以外の歴史の干渉者……それは、『The LARGE』を上回る予測システムの存在を意味することになる」
すでにゴースワンから笑みは消え去り、険しい顔つきに変わっていた。
「我々のエースチーム『青い稲妻』を本来のテルミナリアからウルムスに持ってきて、『檸檬の天使』の一人を置き換えることが当初目的だったが……」
フィッシャーは言って、両手で頭を抱えた。
「キミのところのアド・ブルが、矢吹パンナを倒すって算段だったな」
「勝ち負けにはこだわっていない。たとえ負けても、新たな『レモンティーン』が設定されれば……歴史は動かせる」
「そう願いたいが、今の問題は、もう一つの可能性も否定できない状況になったと言えるぞ」
ゴースワンは、脅すように言う。
「……何の話だ?」
フィッシャーは、首をかしげる。
「今は、まだ準決勝だ。ここで勝ち抜いた『レモンティーン』が、決勝で破れることだって考えられるだろう」
「それは、つまり……」と、フィッシャーは息を飲む。
「『レモンティーン』が二人置き換わる可能性だよ。そうなると、この歴史への干渉は、我々がまったく意図しない方向へ流れていくかもしれないぞ」
ゴースワンは容赦なく言い放つが、彼自身も肩を震わせていた。




