三十二
「きゃはあ、ミキミキを楽しんで下さいね」
片足立ちで右周りにクルリと回転した後に、両足を交差させて立ち、両手を左右に広げ、上側が直線の分度器のように口を開けて、笑顔をふりまいた。
たちまち、観客たちから大歓声が沸き起こった。
彼女と対峙するのは、身長が百三十センチ程度で、小枝のように細いが筋肉質を感じさせる小柄の男子だった。
下弦の月のような両目に、上弦の月のような口の、いたずら好きなグレムリンのような顔つきで、ミキミキを値踏みするように眺めている。
そして、彼の足下には、水を満杯にした二リットルの容量の透明ペットボトルが二本置かれてあった。
《二回戦・第二ピリオド》
強天使
→ミキミキ(女16歳)
約束の地
→武・俊然(男18歳)
ジランは、ミキミキのパフォーマンスを見て、フンと鼻を鳴らした。
「何だ、それは?」
「きゃはあ、ミキミキの挨拶なのですわん。皆さんにウケていただいてるのですわん。きゃはあ」
フンと、ジランの顎が上がる。
「バカか、おまえは」
「ミキミキの定義では」と、ミキミキは右手人差し指を突き立てる。
「ウチの会長すわんと、まきねは、バカがキラいなのですわん。でも、私のことはキラわれていないのですわん。きゃはあ。なので、私は、バカでないのですわん。おわり」
フンと、ジランは笑う。
「じゃあ、そいつらもみんなバカなんだよ」
「うーん」と、ミキミキは首を傾げる。
「会長すわんも、まきねも、とてもキレいなヒトたちなのですわん。キレいなヒトに、バカはいないのですわん。きゃはあ。はなし、おわり」
そこで、長めのホイッスルが響く。
ジランは、ペットボトル二本を両手で掴み、たちまち『臨界』させた『ME』を水の中に流しこむ。
ペットボトルは、光り輝く棍棒のようになる。
ミキミキの胸の辺りまでしかない小さな体だが、合わせて四キロに及ぶ自家製の武器を、ジランは、軽々と振り回す。
対して、ミキミキは、両手に三個ずつの『回転球』を指の間に挟んで持ち、『ME』を流しこんで、攻撃態勢を取る。
ジランは、ペットボトルを手前で構えた姿勢で、ミキミキに駆け寄ってくる。
「くらえ!」
左手のペットボトルをバックハンドで振り回し、ミキミキの両足を払おうとする。
「あれをジャンプして避けようとしたなら、もう一方の武器で足を払われ、転倒して、ミキミキの負け」
と、梨菜がつぶやく。
ミキミキは、とっさに両足を発汗させ、『臨界』させた『ME』を纏って、ジランの攻撃をまともに受ける。
硬化させたペットボトルが、ガツンと激しい音を立て、大きく凹んでしまう。
「ぐわっ!」
強烈な振動により、ジランは、たまらずペットボトルを握る手を離してしまう。
「何だ? カタいぞ」
「きゃはあ。会長すわんに、自分の『意志』に自信を持てって言われてたのですわん。きゃはあ。そのとおりにしたら、うまくいったのですわん」
「『意志』の強さは、『権限者』としての『攻撃側面』の強さ……だよね」
梨菜は、満足そうな笑みを浮かべ、画面に写るミキミキを見つめる。
「でも、チビッとしびれたのですわん」
「フン」
ジランは、笑っているような表情を崩さないが、眉間にいくつもシワを寄せて、ミキミキを睨みつける。
「『意志』の強さで、オマエに負けてるって言いたいのか?」
「きゃはあ。残念ながら」
「フン」
ジランは腰をかがめると、両手に握ったペットボトルを低い位置でスイングする攻撃を繰り返す。
そして、さらにジランの『ME』がペットボトルに注入されていく。
「『蓄積型』を模倣してるね」と、梨菜。
「『硬化』を繰り返しながら、ペットボトル内のエネルギー濃度を上げてるんだ。次は、踏んばりで跳ね返すのは厳しいね」
ミキミキは、後方に跳ねながら、ジランの攻撃を紙一重に交わす。
「ききき、もう後が無いぜ、ネエちゃん」
ジランの断続的な攻撃により、ミキミキはバトル・サークルの際まで下がっていた。
ジランは、だめ押しで『ME』を注入し、ペットボトルは輝きを増して、金塊のようになった。
「もうすぐ決着するかな」と、梨菜。
「いもうとの反撃は、もう済んでることよ」と、真樹が言う。
梨菜は、真樹と目を合わせ、お互い笑顔を見せる。
ジランは、上唇をペロリと舐め、とどめの攻撃のために右足を踏み出そうとした時に、ハッとする。
ミキミキの左手で握っていた『回転球』が無くなっている。
ジランは、慎重に自分の足元を見る。
踏み出そうとしていた右足の下を、『回転球』が三つ転がっているのに気づく。
「ききき」と、ジランは笑う。
「オレを転ばそうとしたのか? つまらん仕掛けだ」
ビシッ
ジランが笑っている隙に、右手のペットボトルにミキミキが『回転球』を投げつけた。
『回転球』は、ペットボトルを破り、中に入りこんで、『臨界』させていた液体と一体化を始めた。
「しまった! 『横取』された!」
ジランが悲鳴を上げている内に、もう一方のペットボトルにも『回転球』を打ちこまれた。
「こりゃダメだ……」
ジランは、ペットボトルを放り投げて、ミキミキに背中を向けた。
その瞬間、足元に転がっていた『回転球』が爆発し、小さなジランの体を浮き上がらせて、強い力で前方に吹き飛ばそうとした。
ジランは、前方宙返りで転倒を避けようとするが、さらに後方から大きな爆発が起こり、より強い力で前方に吹き飛ばされた。
彼から奪ったペットボトル内の『ME』をミキミキが大爆発させたのだった。
高濃度エネルギーの爆発は、たちまちドーム内を激しい炎と衝撃で包み、中の様子が全く見えなくなった。
観客たちがどよめいた。
やがて、ドーム内の換気システムが効果を発揮し、白い煙の中に十字型のシルエットを浮かび上がらせた。
「じゃーん」
両手を左右に伸ばし、両足を交差させて、登場のポーズを決めるミキミキが現れると、場内のどよめきは大歓声に変わった。
対するジランは、ミキミキの足元で、両手両足を大の字に広げて仰向けにノビていた。
「あの爆発力は、ミキミキの『意志』の力によるところが大きい。攻撃力は、真樹さんを上回ってますね」
と、梨菜が率直な感想を言う。
「残念ながら、そこは、いもうとに譲ることよ」
と、真樹は言って、苦笑する。
「さて、リーダー戦か……」
梨菜は、ゆっくりと首を左右に動かす運動をする。
「通算連勝記録が更新されていくんで、リーダーの立場としてプレッシャーだよね」
「梨菜ちゃん」と、背後から声を掛けられる。
振り向けば、にっこりと微笑む仄香がいた。
「私のことは気にしなくていいのよ。私も選手の一人なんだから」
梨菜は、仄香の顔を見つめている内に、両目が潤み始めた。
「天使様……」と、真樹はつぶやき、息を飲みこんだ。
「そうはいきません……」
梨菜は言って、流れ落ちそうになっていた涙を右手の甲で拭った。
「私は、勝って帰ってきますから、心配はいりませんよ」
梨菜は仄香に背中を向け、『接続室』に向かった。
「真樹さん」
茫然としている真樹に向かって、日向 夕子が話しかけた。
「どうしたの?」
「いえ……」と、真樹は声を詰まらせた。
「何か……天使様の様子が……」
そして、仄香の方に視線を向けた。
仄香は、部屋の隅の椅子に腰掛け、両目を閉じて、祈るように両手を合わせていた。
「……気にすることではないのかもしれませんが……」
「梨菜さんのことなら大丈夫よ」
と、日向が励ました。
「梨菜さんは強い。きっと、次も圧勝です」
「……そうですね」
真樹は、うなずきながらも、両手を合わせて、梨菜の無事を祈った。




