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レモンティーン  作者: 守山みかん
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仄香(ほのか)は、部屋の隅にあった小さな腰掛けを取り、ルの頭のそばに置いて、腰を下ろし、改めて、彼の右手を握りしめた。

ルの状況については、仄香は、すでに『情報』の確認によって、理解していた。

仄香が、これまで生きてきた期間と、ほぼ同じ間、ルは、寝たきりで過ごしてきたのだ。

そこに同情心が働くのは、ごく自然な流れだが、ルが送ってくるメッセージには、躍動感が感じられた。

その感覚は、悲惨な人生を()てきた者が持つものではなく、むしろ、充実した人生を経てきた者のようだった。

仄香は、そんなルに、とても興味を惹いた。


《楽しそうだわ》


まずは、ルに、思ったとおりのことを伝えた。


《あなたのことを、いろいろ知りたいのだけど》

《ボクは、あなたに、いろいろ()きたい》


お互いの想いがぶつかり合った。

仄香は、ニッコリと微笑んだ。

ルは、その魅力的な微笑みを『情報』によって、受け取った。


《仄香さん》


ルは、そう呼んだ。


《ボクは、見てのとおり、生まれてからずっと、ここから動けない生活を送ってるんだ》

《ボクが知ってることなんて、仄香さんから見れば、小さなことだと思う》


仄香は、握りしめているルの右手に、ギュッと力をこめた。


《あなたの心の中は、とても豊かだわ》

《狭いところで、小さな世界しか見ていなかったヒトには見えない》

《さっき「ようこそ、ボクの世界へ」と、あなたは言ったじゃない》

《だから、あなたの世界のことを教えてちょうだい》


ルは、視覚的に自分の感情を伝えられない代わりに、ベートーヴェンの『歓喜の歌』の一部分を、仄香に発信した。


《ボクは、これまでに、身近なモノから『情報』を得ることと、想像することしか、したことがないんだ》

《ボクに与えられた全ての時間を、その二つだけに費やしてきた》


ルのメッセージは、実にリズミカルで、受け取っている仄香も楽しい気分になった。


《とても素敵だわ》


仄香は、ルに伝えた。


《今までに、何を想像したの?》

《未来》

《あなたの未来?》

《違う。世界の未来だ》


仄香の眼が丸くなった。

ルは、その様を確認できないが、仄香が驚いている状況は理解できた。


《世界の未来って……》

《今度は、ボクが仄香さんに質問する番だよ》


ルは、穏やかに、仄香の話を(さえぎ)った。


《メイドのアイリスは、いつもボクのそばにいて、いつもボクのことを一生懸命に世話をしてくれる》

《でも、彼女とは、一度も会話を交わしたことがない》

《会話が交わせないんだ》

《今日、初めて会った仄香さんとは、こうして会話ができるのに》

《あなたと、アイリスの違いは何?》


仄香は、その質問に対し、少し思案してから、こう答えた。


《『権限』が有るか、無いかの違い》

《権限? そういえば、さっき、あなたは、ボクのことを『権限者(ギフター)』って言ってたね》

《あなたは『権限者』よ》

《仄香さんと会話ができる『権限者』ってこと?》

《違うわ。『魔法の眼(マジック・アイ)』を利用できる『権限』よ》

《マジック・アイ?》

《今度は、私の番》


仄香は、勝ち誇ったように笑った。


《あなたには、未来がわかるの?》

《世界が、これからどうなるかを知ってる》

《そういうのを『予測(プレディク)』っていうのよ。でも、世界レベルで『予測』できるって話は聴いたことがないわ》

《これまで、ずっと考え続けて、導いた未来だ。でも、変更する必要が出てきた》

《変更って、どういうこと?》

《ボクの番だ》


ルは、『歓喜の歌』のフレーズを送った。


《『マジック・アイ』って何?》

《様々な『情報』を持った粒子。どんな『情報』でも、手に入るわ》

《それは、どこにあるものなの?》

《私たちの身の回りに、たくさん存在しているわ》

《ボクが仄香さんのことを知れたのも、それのおかげだね》

《あなたは『権限者』よ》

《仄香さんの他にも『権限者』はいるの?》

《一万人に一人ぐらいの割合でいると言われてるわ。でも、そのほとんどは、自分でも気付いていないの》

《じゃあ、ボクと仄香さんが出会えたのは、奇跡に近い確率なんだね》

《そうでもないと思うわよ。『権限者』は、『権限者』の存在を察し、引き合うモノだと言われてるわ》

《確かに、そうだね。ボクと仄香さんは、お互いの存在を感じ合えたから、出会えたんだ》

《私の番よ》


仄香の手の平が、じんわりと湿り気を帯びてきた。


《あなたの想像した未来を変更するって、意味を教えて》

《仄香さんが、ボクに教えてくれたんだよ》

《どういう意味?》

《仄香さんのようなヒトの存在。『権限者』の存在だよ》

《『権限者』が、どうかしたの?》

《ボクには、その想定が無かった。だから、大きく変えなきゃいけない》

《大きくって、どのくらい?》

《かなり大きいね》

《どのくらい先までを『予測』してたの?》

《十五年くらい》

《……》


仄香は、沈黙した。


《ボクの番……いいかな?》


ルの問いかけに対して、仄香は、しばらく返答することができなかった。


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