二十九
「宋 鵬め……」と、ウィリアム・ゴースワンはつぶやき、下顎を左右に何度か動かした。
二杯のジョッキ入りビールの載ったテーブルを挟んだ向かい側に座るウィルヘルム・フィッシャーは、難しい顔をしているゴースワンと、順調に嵩が減っているビールを交互に見つつ、相方が繰り出す話に耳を傾けていた。
「彼の国からの参加チームは、ほとんどが犯罪組織がらみの連中によって結成されてる。下品な言動、ルール無視の戦闘内容、運営側への根拠なきクレーム、まったくアスリートとしての品格に欠けている連中ばかりだよ」
「そういう連中の注目を集め、治安維持を図る、というのが、この『WGBG』の目的だろ?」
「まあな……」と、ゴースワンは頷き、どこか煮え切らない気分を盛り込んだ笑顔をフイッシャーに向ける。
「ブラックマネー投資家たちの興味を引く効果としては、上々だと思うよ」と、フイッシャー。
「参加チームの関連組織、スポンサーの顔ぶれを見た限りでは、注目度はかなり高いね」
「準備は大変だったが、倫理的効果、投資効果は、予想を上回りそうだ。この点は、まず良かったと思う。だが、荒くれどもを抱えて、そのお守りをさせられるのはかなわん。あいつらが繰り出す笑い声は、宗とおなじだ。実に癇に触るヤツらだ」
「まあまあ」と、フイッシャーはゴースワンを宥める。
「全ては『檸檬の天使』たちが解決する算段だろ。計画通りに事は進んでるはずだ」
「The LARGE……」と、ゴースワンは微かに聞こえる程度の小声で言う。
「そう。それだよ」と、フイッシャーは頷く。
「最強の戦士たちが世界を守る。『予言』どおりにことが進むことで、全員の利益が生まれるんだ」
「『The LARGE』は順調だ……だが、何かおかしい……」
「へ?」と、フイッシャーの声が裏返る。
「何の話だ?」
「『強天使』が全勝した。キミはこれを、どう思う?」
ゴースワンの唐突な問いに戸惑いを見せながらも、フイッシャーは「予想外だったな」と答えた。
「矢吹パンナは『レモンティーン』の一人。ホノのチームが勝利すると思っていたが、まさか全勝するとは思わなかった」
「ミス・リナ……矢吹パンナの噂は事前に広がっていたが、それでもブックメーカーの最終オッズは、ワルタ・ウルフが優勢だった。ところが重連式の配当は39.5倍」
「なかなかの高配当だ。キミは買ってたんだろ?」
フイッシャーはいたずらっぽく微笑み、ジョッキに手を伸ばす。
「『強天使』が二勝以上する組み合わせは、全て50倍超。なのに、全勝の組み合わせが、それを下回っていた。矛盾した状況だった」
「最高値オッズを見て、『宝くじ』として押さえた連中が多かったんだろ。よくあることだ」
「そういうのは、流動的な行動だ。配当の下がりが目立てば、他の買い目に気が移る。極端な配当の下がりは、多額を投下したヤツがいたからだ」
「キミだろ?」と、フイッシャーは笑い飛ばし、ジョッキに口を付けた。
「いや……私の投下額だけでは、ここまで下がらない。考えてもみろ。あのバトルの重連式の売上は6億2000万。私が投下したのは500万で、私への支払いは1億8000万。私以上に稼いでいるヤツがいる」
「ホノ自身じゃないのか? 自分たちの応援の意味で」
「倫理規程では、選手がブックメーカーに投下するのを禁止している。彼女自身が選手である以上、それは違うと思う」
「そんな巨額を投下できるヤツって……言っておくが、オレじゃないぞ」
「フィズ、キミでないなら、マギーレインか宗のどちらかだろう。だが、問題はそこじゃない。なぜ、『強天使』の全勝を予測できたか、そこが問題だ」
「下馬評とは異なる投下か……」
「それも数百万レベルの判断だ。確信が無ければ、できる判断じゃない」
「キミの場合は、確信があったのか?」
フイッシャーが目を細めて、ゴースワンを見る。
「キミの巨額投下も、根拠無くしてあり得ないと思うが」
「私は、事前に彼女たちに会ってた。少々、仲良くなれたよしみで肩入れしただけだ。私のことよりも、他で儲けたヤツの方だろう。何を根拠にして、巨額投下の判断をしたのか」
「ゴス、キミは、どう考えてるんだ?」
フイッシャーはジョッキを持つ手の人差し指をゴースワンに向ける。
「マギーレインか、宗か……どちらかが『The LARGE』に類したシステムを開発した可能性を考えている。二人のどちらかということだが……私は、宗だと思う……ただの勘だけどね……根拠は無い」
「『The LARGE』で賭けの結果を正確に予測可能なのか?」
「『Small LARGE』による『ミクロ予測』なら可能だが、それだと『The LARGE4』が察知するはずだ」
「じゃあ、『The LARGE』に頼らずに、『強天使』の全勝を『予測』したということになるな」
「……」
ゴースワンは黙りこんだ。
「宗を問い詰めてみるか?」
フイッシャーの提案に、ゴースワンは首を横に振る。
「あの男は、すぐにキレる。追いこみすぎると、暴力沙汰での解決も選択肢に入ってくる」
「じゃあ、野放しか?」
「調査員を送る」
ゴースワンの目がキラリと光る。
フイッシャーは、やれやれと首を何度か横に振り、ジョッキに残っていたビールを飲み干した。
ゴースワンもジョッキを取り、
「『WGBG』の成功と、ミス・リナの活躍に」
と言って、多めに残っていたビールを一気に飲み干した。




