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レモンティーン  作者: 守山みかん


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二十四

イタリア系レストランの一角にあるテーブルにて。

五品目程度の一品料理を並べたテーブルを挟んで、(おか) (まさし)(愛称『オカショー』)と梨菜が向き合って座っている。

かつて、梨菜が重病の危篤状態に陥って、救急車にて病院に搬送された経緯のあるレストランである。

このチョイスは、梨菜の希望によるものだった。

二人が出会って五年が過ぎ、頓挫を余儀なくされる事件に巻き込まれたり、敵対関係になったり、紆余曲折(うよきょくせつ)を交えながらも、ようやく良好な交際を続けることができる状況にまで漕ぎ着けた。

なかなかお互いの時間が噛み合わない中で、何とかスケジュールを合わせることができた時間が、今の時間である。

オカショーは、遠隔地にある自社工場視察の帰りの足で直行した関係で、紺色のスーツと淡い青色のネクタイという出で立ち、梨菜は、最近気に入っているオレンジ色のストライプのブロードシャツに細めのジーンズを履いていた。

「プロモーション?」と、オカショーは訊き返す。梨菜は、グラス入りのアイスミルクティーをストローで吸い上げながら、首を縦に振る。

「バトルが始まる前に、チーム員を紹介するプロモーション映像が流れるんだけど、使用するイメージ曲を何にするか、まさしさんに相談したいな、と」

梨菜は、右手に握るフォークで、皿に盛ってあるカルボナーラをクルクルと巻き取りながら説明し、「、と」を言い終わったらパクっとそれを口の中に入れる。

巻き取ったパスタの量は割と多く、梨菜の頬は大きく膨らんだ。

『Lemon』と、オカショーは即答する。

梨菜のモグモグ動かしていた口がピタリと止まる。

「『U2』ってロックバンドが1993年に発表した曲。前から思ってたんだけど、『予言』に出てきた詩がね、この曲の歌詞に何となく似てる気がするんだ」

梨菜は、口の中のモノをゴクリと飲みこんだ。

「古い曲だね。まさしさん、そういうのよく知ってるね」

「『U2』のファンだから」と、オカショーは、はにかみ気味の笑みを見せる。

「アルバムは、全作持ってるんだ」

「『コールドプレイ(Cold Play)』も?」

梨菜は背を丸め、上目使いをして訊ねる。

「あれは、ボクにとってラッキーソング。おかげで、羽蕗さんと出会えたんだから」

オカショーの答えを聞いて、梨菜の頬が桃色に染まる。

「『Lemon』は、美園会長がル・ゼ・ジャセルに出会った頃には、すでにあったと思うからね。つまり、ルは、そこからヒントを得たんだと思う」

「元の歌詞は、どんな内容だったの?」

「とある女性の姿を第三者目線で歌ったような内容。女性のモデルが作者の母親だって説もあるけどね。掴み所がなくて、解釈が難しい内容だけど、メロディーはキレイで、ボクはすごく好きな曲だよ」

オカショーはスマホから音楽再生アプリを呼び出し、『Lemon』を再生させて、ワイヤレスイヤホンと一緒に、梨菜に渡した。

梨菜は、イヤホンを耳にはめ、しばらく曲を聴いた後に、ニッコリと微笑んだ。

「私、この曲、好きだよ」

「じゃあ、これで決まりかな」

「これに決めたよ」

梨菜は、イヤホンをオカショーに返すと、再びフォークを取って、食欲に任せて料理の消化活動に挑むと思いきや、フォークを皿の縁に置き、両手をテーブルからしまい、両肩を萎ませた。

「……あのね……まさしさん……」

「ん?」

「ちょっと……話しても良いかな?」

「悩み事?」

「……」

梨菜は、両肩を左右に揺らしながら、しばらく沈黙したが、決心したように語り始めた。

「……仄香さんと静香さんのおかげで、今、こうしていられるわけだけど……まさしさん、このレストランでの出来事って知ってる?」

「もちろん」と、オカショーは力を込めて、返事する。

「ここで起きたことは忘れがたい事実だけど、その後に起きた奇跡も忘れがたい事実だ。つまり、ボクは、羽蕗さんが生き返ってくれて、本当に良かったと思うよ」

「……生き返って……か。確かに、私は生き返らせてもらったんだけど……何だかね、時々、思うんだ……今の私って、本当に自分なのかなって……ヒトの存在を示すモノって、何なんだろうか。心? 体?」

「羽蕗さんは、羽蕗さん。ボクの目の前にいるヒトがそう」と、オカショーは笑顔で言った。

「私の体は、生まれついたモノではなく、作られたモノだよ。心だって、『情報』の形で(かたど)られたモノ。それらが組み合わさったのが、今の私……」

「羽蕗さんは、羽蕗さんだよ」と、オカショーは繰り返す。

「……あの時……私の命は……ここで終わったんだ……」

梨菜の前にガラスが張られ、ビシッと縦にヒビが入ったように見えた。

「羽蕗さんは、羽蕗さん……」

オカショーは辛抱強く繰り返すが、その声は少しずつ小さくなっていく。

「私は、羽蕗 梨菜の意志を引き継いだ幻影……終わったはずの羽蕗 梨菜の命を……何かの目的を達成するために、生かされただけの存在……羽蕗 梨菜の形をしてるけど、決して羽蕗 梨菜ではない……」

「羽蕗 梨菜は、羽蕗 梨菜だよ!」

オカショーは、ノドの奥から張り裂けんばかりの大きな声で叫んだ。

店内の客や従業員たちの注目を集める。

「目の前にいるヒトがそうなんだ」

オカショーは、周りの注目など気にせずに、そう続けた。

「……まさしさん……」

梨菜の両目から涙が流れていた。

「そして、ボクが心から愛してるヒトだ!」

隣の席の客たちから、拍手が沸き起こったが、オカショーは、まるで気にする様子は無かった。

梨菜は、しばらくの時間、何度も鼻をすすりながら泣いた。

「……うう……」

オカショーは、その間、何も声を掛けずに、梨菜が泣き止むのを、ただじっと待っていた。

「……ありがとう……」

梨菜から、その言葉が漏れる。オカショーの口元が緩む。

「……最近、いろいろ考えちゃって……まさしさんには、正直に伝えておこうと思って……」

梨菜に笑顔が戻った。

「ボクの方こそ、ありがとう」と、オカショーは微笑み返した。

「隠し事をせずに、何でも話してくれるって約束、ずっと守ってくれて」

「少し泣いたら、またお腹空いちゃった」

梨菜は、フォークを持ち直し、再びカルボナーラに挑んだ。


* * *


二人は食事の後、国宝のI城を背にして、旧城下町の商店街を歩いた。

丸い形の月がピカピカに光る静かな夜だった。

「出発は来週だね」と、オカショーが話しかけた。梨菜は、首を縦に振った。

「仄香さんも、一緒に行くんだ」

「会長の容態が回復して良かった」

「でも、無理してるんじゃないかって、心配なんだ」

「言い出したら聞かないヒトだからね」と、オカショーは苦笑した。

「四人目のメンバーとして参加してもらうよ。でも、三人目までで勝負を終わらせるつもりだよ」

「世界の強豪が相手だからね。羽蕗さんも無理しないで」

「ありがとう」と、梨菜は言って、オカショーの手を握った。

「また、しばらく会えないね。でも、きっと応援に行くからね」

オカショーも、梨菜の手を握り締めた。

ふいに、梨菜は、オカショーの手を引いて、付近のコンクリート建物まで誘導した。

そして、壁に背中を着けたオカショーの顔を挟むように両手を付き、まっすぐに視線を合わせた。

二人の身長差は二十センチほどで、見下ろすような姿勢の梨菜の瞳は、月明かりを受けて、キラキラと輝いていた。

梨菜は、ゆっくりとオカショーに顔を近づけ、唇を合わせた。

フワッとした感触が唇を包みこみ、二人は同時に目を閉じた。

じっとしたまま、しばらく時間が過ぎ、やがて梨菜は唇を引き離すと、今度はオカショーの背中に両手を回し、ギュッと抱き締めた。

オカショーは、梨菜にされるままに身を任せていた。

やがて、梨菜が満足したところで、両手を緩め、オカショーを解放した。

「これで、明日から頑張れるよ」

梨菜は、すっきりしたような笑顔を見せた。

「きっと応援に行くから」と、オカショーは言った。

「来れそうだったら、来て」と、梨菜は言った。

「でも、大事な仕事と重なった時は、仕事を優先しなきゃダメだよ。私は、いつもまさしさんのそばにいるんだからね」

「羽蕗さん……」

オカショーは、淋しそうな顔をする。

「さっきは、羽蕗梨菜は羽蕗梨菜だよ、って言ってくれたの、うれしかったよ」

梨菜は、笑顔を崩さなかった。

「ありがとう」

「羽蕗さん、きっと会いに行くから」

「うん……来て……」

二人は、もう一度、キスをした。


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