二十二
貴代子は、梨菜たちの『WGBG』参加手続きのため、B国のO市内にあるホテルに滞在していた。
Tシャツにデニムパンツという軽装で、近所のコンビニで買い物を済ませた帰り道、彼女のスマホに着信が入る。
スマホ画面の発信元を確認し、思わず下顎に力をこめる。
「珍しいわね、ヨッちゃん」
水野警視監からの発信だった。
「連絡先を間違えたんじゃないの?」
貴代子は着信を切断しようとすると、水野から慌てふためく声が聴こえる。
《松川さん、あなたに用事があるから電話したんです》
「私の方には無いわよ」
《どうしても伝えておきたいことがあるんです》
「ホノちゃんの話なら聴いてるわよ。ウチの大切なリーダーに、よくもあんなヒドい仕打ちをしてくれたわね。加害者は、ウチの社長のバカ息子だけど、アナタがホノちゃんに妙なことを頼んだせいで、こうなったのよ。責任は、全部、アナタにあるわ」
《わかってます、それは……》
「ホノちゃんはね、今や世界を動かす力を持つ要人なのよ。アナタごときが自分勝手な判断で軽々しく動かしていいようなヒトじゃないの。いつまでも、友だち感覚でいてもらっては困るわ」
《松川さんの怒りはもっともです……》
「わかったふりして、アナタは全然わかってない!」
《……》
人通りの多い歩道で怒鳴り声を上げて、注目を集めている。
貴代子は、長めのため息を吐き、歩道の真ん中からヒトの流れの妨げにならない縁側に移動して立ち止まる。
「で、伝えたいことって何なの?」
《……オカダイの弁護士が遺体で発見されました》
「……」
貴代子は、言葉を発せず、ただ息を飲む音を立てて、水野の話に耳を傾ける。
《場所は、I城から二キロほど離れたK川の下流で、死因は溺死。外傷はありませんでした。遺体に残留した情報から、殺害時の状況を調べました。『火花』で身動きが取れないようにして、川に投げ棄てられたらしい》
「……犯人は『権限者』……」
《そうです。おそらく組織的な犯行です。不意をつかれたようで、弁護士は犯人の顔を見ていません》
「殺害された動機はわかってるの?」
《弁護士は、ただ利用されただけの存在です。情報漏洩のリスクを抱えたまま野放しにできなかったのでしょう》
「つまりは、口封じと」
《そうです》
「その組織というのに心当たりはあるの?」
《背後にいるのは新谷 紅である可能性を探っています……》
「『予言』を盗んだヤツね」
《新谷は神出鬼没です。おそらく秘密の入出国ルートがあるのでしょう》
「元研究員レベルの人間が、そんな設定できるの?」
《背景に大物がいるのでしょう。それも捜査中です》
「バカ息子の行方は?」
《脱走から三日が経ちましたが、未だ不明です。おそらく国内には、もういないと思われます》
「そう……」
《……父親の岡社長は、責任を感じているようで、岡産業の役員を辞任すると表明しています》
「まあ、そこはホノちゃんが判断するわね」
《……これは、ボクの推理ですが、新谷が属する組織のねらいは、岡産業を弱体化……できれば壊滅させることにあるのではないかと思います》
「確かにリーダーが負傷し、岡社長が揺れ動いてるこの状況は、ネガティブな雰囲気を生み出していると思えるわね」
《……松川さん……あなたは、岡産業の事実上のナンバー2です。次にねらわれる可能性があります……》
「ヨッちゃん、それを私に伝えたかったのね」
《新谷は、ウィリアム・ゴースワンとつながっています。あなたがいるO市は、彼の本拠地です……危険な状況です》
「私のそばには、梨菜ちゃんがいるわ。私は大丈夫よ」
《……どうか、お気を付けて……》
「さっきは怒鳴ったりしてゴメンね。ありがとう」
貴代子はスマホをしまい、歩道の流れに戻ろうとするが、違和感を感じる。
熱気を含んだ強い風が、貴代子の首もとに吹きつけてくる。
あれほど多かったヒトの流れが、いつの間にか疎らになっている。
そして、左から横に並んだ男が三人、貴代子を挟むように右からも三人、ゆっくりした足取りで近づいてくる。
「……なるほど。もう、始まってるわけね」
貴代子は左右交互に視線を動かし、警戒する。
男たちは、三メートルくらいの間を置いて、貴代子を囲むように立ち止まる。
男たちは上着やらズボンやらのポケットから『筆』を取り出し、貴代子に銃口を向けて、構える。
「六人か……」と、貴代子はつぶやく。
「屈強な兵士ならまだしも、チンピラ男子をよこしてきて……私も見くびられたものね」
男たちの『筆』から『光弾』が一斉に発射されたのと、貴代子のむき出しの両腕から練りだされた『臨海状態』の『ME』が『爆発』したのは、ほぼ同時だった。
貴代子が起こした爆風は、男たちの『光弾』を跳ね返し、さらには六人を数メートル後ろに吹き飛ばした。
防御が成功したことを確認した貴代子は、ニンマリと笑顔を浮かべ、ホテル方向へ歩もうとした時に膝から不本意に力が抜け、バランスを崩しかけた。
そこへ、梨菜が両手を差し伸べて、貴代子の体を支えた。
「梨菜ちゃん!」
「大丈夫ですか、松川さん」
「来てくれたのね……ありがとう」
「水野警視監から指示があって、急いで来ました。少し遅れたみたいですが……松川さんも『権限者』だったんですね」
「『疑似権限者』だけど、私のは営業目的よ。実践的なデモンストレーションが購買意欲を呼ぶのよ」
「男たちが、あっという間に吹き飛びました。スゴイ『意志』です」
「最近、太りぎみの運動不足で、足元がふらついちゃったわ。若い頃は、もっとやれたのよ。私も、ホノちゃんに頼んで、体を若返らせてもらおうかしらね」
貴代子は、快活に笑う。
梨菜は、貴代子と共に、ホテルに戻った。




