二十一
水野警視監が急ぎ足で向かったのは、県警察本部の会議室である。
ドアを乱暴に開けるのは、平常心である時も、興奮している時も変わりはない。
ただ今回は興奮している方で、その区別は、入室後の態度に表れている。
ろくに前も見ずに大股で闊歩した水野の爪先が、大きな背もたれのある本革製の肘掛け椅子に当たり、ロの字に設置されていた長テーブルがガツンと音を立てて、台形にもなれない部様な歪みを描いた。
「落ち着いて入室しなさい」
室内の隅の方から、浦崎の声が聞こえる。
長テーブルの乱流を予測していたかのように、肘掛け椅子を隅に移動させ、ちゃっかりと腰を落ち着けている。
もっとも、その体内に宿っているのは、かつて水野の上司だった人物とは異なり、長年『ME』の研究を続けて、名誉博士の称号を得た篠原博士である。
「キミが若い部下たちに、そう言ってるじゃないか。言った本人が実践していないんじゃ、キミの求心力も低下の一途をたどるばかりではないかな」
水野は、浦崎の言葉に耳を貸さず、椅子の一つを引いて、乱暴に腰を下ろす。
「まったく腹が立つ」
水野の怒鳴り声が室内に響く。ドアは、開け放たれたままなので、廊下にも響き渡っている。
「自分にか?」
浦崎が冷たく問う。
「そうですとも」
水野は、がなり声で返す。
「こうなることを想定するべきだった。ホノちゃん一人に任せてしまったボクの落ち度だ」
「まあ、落ち着け」と、浦崎はなだめるように言う。
「ほのか姫の容態は?」
「面会謝絶」と、水野は吐き捨てる。
「警視監を名乗っても、会わせてもらえない状況でした。でも、命に別状は無いそうです」
「それは、まず良かった」
浦崎は、鼻をフンと鳴らす。
「浦崎さん」と、水野は、まっすぐに目を見て言う。
「事件現場を捜査されたのですよね。報告をお願いして良いですか」
「ふむ」と言って、浦崎は胸の前で両手を合わせる。
「最初に現場に駆けつけた係官によると、大きな爆発音があったそうだ。それで、すぐに『取調室』に向かったら、オカダイの姿は無く、姫君が半分裸の状態で気を失っていた。現場は、『権限者』と思しき『爆発』の影響で、激しく破壊されていた。その直後に、拘置所の玄関口で騒動があって、オカダイは、頑強な守衛たちを蹴散らして、堂々と外に出ていったらしい」
「そこが謎なんです」
水野は言うと、受け口気味に下顎を突き出し、左右に動かしてみせる。
「全ての『才能』を羽蕗さんに『封印』されていたはずなんです。それが、いつの間にか解除されていた」
「その点は、私も疑問に思って、誰があの男を解除したのか、その可能性を探ったのだよ」
浦崎は、そう言うと、羽織っているジャケットの内ポケットから、厚さ一センチ程度の束になった封筒を、テーブルの上に出す。
「ここ数ヶ月の面会者は、岡夫妻と弁護士のみ。あの男に『差し入れ』として渡されたモノは無かったが、郵送により届いた封筒がこれだ。差出人は、全て弁護士からだ」
「……弁護士か……」
水野のつぶやきに、浦崎は首を縦に振る。
「弁護士は、二日か三日の頻度で面会に来ていたが、四日前の面会を最後に行方不明になっている」
「ちょっと拝見」と、水野は封筒の束を手に取る。
封筒は、全部で五つ。
それぞれに、三つに折り畳まれたA4サイズの用紙が二枚か三枚収まっていた。
用紙に印刷された内容は、見出しが『打ち合わせ記録』とか『同意書』などとされており、重要な情報のやり取りが為されたようなモノではない。
「特に問題はなさそうですね……」
水野は、粘り強く文書を眺めた上で、元の通りに封筒に戻す。
「封筒を見てほしい」と、浦崎が一番左に位置する封筒の表面を指差す。
長形三号の茶色い封筒。
宛先は拘置所の住所。
宛名はオカダイ。
消印がされた九十四円切手。
裏面には、差出人である弁護士の名と、事務所の住所。
水野には、別段おかしな点は見いだせなかった。
「九十四円切手を使っている」と、浦崎が言い放つ。
「定形郵便の送料は八十四円だ。紙が二、三枚くらいなら、それで届くはず。なのに、なぜ九十四円を使っているのか」
「切手が無かったんじゃ……」
水野のつぶやきに、浦崎はゆっくりと首を横に振る。
「五通全てだ。郵送の手続きくらいのことは、おそらく弁護士本人ではなく、事務員にやらせるだろう。私だったら、そんなずさんな対応をする事務員など、クビにする」
浦崎は、あらかじめ用意していた小型の秤をテーブルに載せ、五通の封筒の中から、用紙が二枚収まっていたものを手に取り、重さを量る。
秤のデジタル表示画面には『26.2』と表示される。
「八十四円で届けられる二十五グラムを超えている。つまり、九十四円切手を貼らざるを得ない重さということだ」
水野は、三枚入りの封筒を持ち、同じように重さを量ってみる。
『36.7』
「通常のA4用紙の重さは、四グラムくらいだ」
「これだと、用紙は十グラム超。明らかに紙が重い」
水野は、もう一度、封筒から用紙を取り出す。
意識してみれば、確かに微妙な重量感を感じ取ることができる。
「何ですかね、これは?」
「オカセイに訊ねてみたら」と、浦崎。
ちなみに、オカセイとは岡産業の社長を務める岡 政夫のことであり、オカダイの父親でもある。
「『ME』を吸着する性質のある『炭素触媒』を含んだ特殊な用紙で、岡産業が開発し、特許を取得しているという代物らしいが、市場にはまだ出ていないはずだと言っていたよ」
「『ME』の吸着だって?」
水野が珍しく動揺を見せる。
「つまり、情報の記録が可能な紙だと言うことですか?」
「そういうことになるな」
「どれくらいの容量ですか?」
「オカセイの話では、A4サイズ一枚で、ビデオレコーダで使用している記録ディスク一枚分くらいだということだ」
「ここに、用紙が全部で十二枚……」
「まあ、封印解除の『才能』を収納することくらいは可能だろうな。用紙の分析は、すでに指示してある。詳しいことがわかるまでには、時間がかかりそうだよ」
「……そんな方法で、オカダイの脱獄を支援したのか……」
「その弁護士は、何者かね?」
浦崎の質問に、水野は首を横に振る。
「……いや……違う……弁護士が誰であろうと、それは重要ではありませんよ。弁護士を操って、オカダイを脱獄させる指示を出した人物が背景にいるんです。それが誰かを探らなくては」
「目的も知る必要があるな」と、浦崎は言い、鼻をフンと鳴らす。
「もちろん、そのとおりです。そして今回の事件で、もう一つ重大なことがわかりましたよ」
「それは何かね?」と、浦崎が訊ねる。
「社外に出ていない特殊な用紙を提供した人物の存在……それは、岡産業の社内に、敵対する存在が入りこんでいる、ということです」
「ふむ……なるほど」と、浦崎はうなずく。
「要するに、スパイか、裏切者ということだな」




