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レモンティーン  作者: 守山みかん


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20/136

二十

『N市拘置所』にて。

仄香は、アイボリーのタイプライターブラウス、グレーのオフィススーツの上に、医師の立場を主張するかのような白衣をまとっている。

係官に案内された部屋は、医務室ではなく、検察官が取り調べを行うための取調室で、机と椅子、わずかな事務用具が置かれてあるだけの質素な部屋だった。

ただ、仄香は客人扱いでもあるため、室内はエアコンにより快適温度に調整されていたことと、ペットボトル入りのお茶が一本、置かれている配慮があった。

着席して、しばらく待っていると、ボサボサに長く伸ばした黒髪、細長い面持ち、紫帯びた薄い唇、直角三角形のとがった鼻を持つ、キツネのような眼をした男が係官同伴で入室してきた。

(おか) (まさる)。愛称は『オカダイ』

岡産業株式会社の社長である岡 政夫(まさお)の長男であり、梨菜の婚約者である岡 (まさし)の兄でもある。

「久しぶりね、ダイちゃん」

「……」

仄香が話しかけるが、相手からは何の返答も無い。

「私は失礼します」と、係官が仄香に告げた。

「三十分後にお願いします」

仄香が伝えると、係官は承知と頭を下げ、退室した。

仄香は、まっすぐにオカダイの眼を見つめた。

斜視気味の眼で見つめ返されるが、前にいる自分をすり抜けて、何か別のモノに焦点を合わせているようにも見える。

前の面会時は、胸の谷間が見えるようにブラウスを広げたら、ちゃっかりとそこに視線が行った。

今は、全裸になっても、注意を引けない気がした。

「ダイちゃん、いったいどうしちゃったの?」

仄香は、何か返答があることを期待するでもなく、オカダイに話しかける。

「……」

やはり、オカダイからは、何の返答も無い。

これがダイちゃんそっくりの『幻影(フィギュア)』であるかどうかを知るには……

仄香は、『基礎細胞(モデルマン)』を専門で扱っている研究所長との会話を思い返す。

「製造法は、コスト削減追求の末、今や千差万別ですが、完成品は全て同じです。そうすると、どこの会社または研究所が製造したのかを明確にするマーキング、いわゆる『メタ情報』が識別子となるわけです」

「どの『基礎細胞』にも、それはあるのですか?」

仄香が、その問いを投げかけると、研究所長はニッコリと笑みを浮かべた。

「廉価品も、今やブランド化している現状で、ノーブランドが生き残れる余地はありません。それに、鮮度の証明も必要です。御社の原材料や用度品の購買基準だって、得たいの知れない供給者が選択肢に入ることは、有り得ないのでは?」

仄香は、こっくりとうなずいた。

「そして、『基礎細胞』ですが、細胞の入れ替えによって排除されていきます。新陳代謝というヤツですね。ヒトの情報が入り、本細胞としての運用が始まってから、徐々に交換が進行し、やがて情報が刻印された全ての細胞が入れ替わります。ま、いわば、そこまでがアフターサービスの保証期間というわけですな」

「それは、だいたいどれくらいの期間ですか?」

「部位によって異なりますが、二ヶ月から三年くらいですかね。脳とか心臓は、割と長期間に渡って残るようです」

……それは、つまり……

仄香は、改めて、オカダイの顔をじっと見る。

このダイちゃんが『幻影』であるなら、細胞から『メタ情報』が見つかる……

「さて、始めようか」

仄香は立ち上がり、オカダイのそばに寄る。

オカダイは、相変わらず無反応。

仄香の手がオカダイの左肩甲骨(けんこうこつ)のあたりに伸びる。

なるべく心臓に近い位置に……

走査(Scan)

細胞の状態を知るための情報収集を始める。

個々の細胞に刻まれた『メタ情報』など、とても小さなモノだ。

どこかに手がかりが無いか……

仄香は、辛抱強く『走査』を続けるが、どこにも、それは見当たらなかった。

つまり……

この状況が示すことは……

ここにいるオカダイは『幻影』ではなく、本物であるということになる。

そうすると……

今の私の状況は……

不意にオカダイの右手が動きだし、仄香の胸を(わし)づかみにする。

仄香が悲鳴をあげる前に、今度は左手が口をふさぐ。

「引っかかったわね」

下卑た笑顔を浮かべたオカダイの首が、ゆっくりと仄香の方へ回る。

「この時を、ずっと待ってたのよ、オバサン」

「……」

仄香が抵抗しようと『火花(スパーク)』を発動するより早く、オカダイの『火花』が仄香の全身を包み込む。

仄香の両眼が大きく開き、そのまま動きが静止する。

「本当はね、出ようと思ったら、いつでも出られたのよ。でも、待ってたの。オバサンと二人っきりになれるタイミングをね。ようやく実現したわ」

『おネエ言葉』で話しながら、オカダイは仄香を床の上に寝かせる。

「私、いろいろ考えたのよ。アイデアをいっぱい出して、何とかオバサンを呼び出してやろうとね。で、『幻影』に化けるって、アイデアが出たのよ」

「あ……なた……権……限……が……」

仄香の唇がわずかに動き、言葉を形成しようとする。

オカダイは、仄香の頭付近にしゃがみこみ、ニヤリと笑う。

「今まで、私のことをさんざんバカにしてくれたわよね。ここで、たっぷりと仕返ししてやるわ」

オカダイは吐き捨てるように言うと、仄香の頬を思い切りひっぱたいた。

「や……や……め…………て……」

平手で打たれた仄香の頬は赤く腫れ、開いた両眼からは涙がこぼれ落ちた。

「あら、オバサン、泣くの? 大会社の経営者のくせに、ビンタ一発で泣いちゃうの?」

オカダイは言うと、上唇をペロリとなめる。

「まだ時間はあるわ。それまで楽しませてもらうわね」

「……ううっ…………」

仄香は、ポロポロと涙を流す。

オカダイは、仄香の胸のふくらみをゆっくりした動きで撫で回しながら、ブラウスのボタンを一つずつ外し始める。


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