十九
ドーム内を満たしていた白い煙が晴れ、ワルタとアンナの二人の姿が露になると、会場から大歓声が沸き起こった。
ワルタが、すかさず次の『光弾』を練り始める。
アンナが、右手を前に伸ばし、小さな『爆発』による衝撃波をワルタに向けて飛ばす。
ワルタは、何なく、それを避ける。
「今、アンナ・リリーホワイトは、何をしたの?」
真樹が首をかしげている。
「明らかに避けられるのがわかってたし、たとえ命中しても、あれだけ小さければダメージを与えられないことよ」
「時間稼ぎ禁止ルールへの対策だよ」
梨菜は、冷静に言う。
「ワルタの激しい攻撃を受けるばかりじゃ、その反則を取られるおそれがあるからね。特に、相手の『光弾』を『横取』したカウンター攻撃は、自主的な攻撃と認められないかもしれない」
「さすがミス・リナ、理解してますね」
ゴースワンが感心する。
「戦闘開始一分が経過した後に発動する時間稼ぎ禁止ルールですが、わずかな攻撃行為でも、AI審査は認定します。『ME』を温存する目的で行っているようですが、関係者の間では、このような行為を『おべっか』と呼んでいます」
「あの子……準備してるね……前半戦終了まで、あと三十秒。これで決まるよ」
梨菜は、両手の拳を握りしめる。
ワルタが一発目の『光弾』を放つ。
アンナは、先ほどと同じように右手で受け止めようとする。
その『光弾』が届く直前、つまり、アンナに『横取』される前に、ワルタは『爆発』を起こす。
激しい衝撃波がアンナを襲い、細目の体がフワッと宙に浮き上がる。
二発目の『光弾』が、ワルタから放たれる。
これも、アンナに届く前に『爆発』し、衝撃波となる。
アンナの体が、さらに舞い上がる。
風の動きに身を任せて落下と上昇を繰り返し、一定の高さを行ったり来たり、まるで木の葉のように宙を漂っている。
この掴み所のない動きに、ワルタは動きを止め、ただその様を眺めるばかりだった。
彼の体内の『ME』は、すでに枯渇していた。
ミサイル級の『光弾』を五発。
これが彼の予定していた攻撃の全てで、これで勝利できる算段だった。
だが、この娘は、まだ残っている……
相手の実力を読み間違えていた。
戦法の建て直しが必要である。
前半戦終了まで、あと十秒……
二十秒の時間稼ぎルール違反を取られる時間は残っていない。
この娘が、どんな攻撃を仕掛けてくるか知らないが……
それさえ回避できれば、このまま逃げ切れる。
一分あれば『ME』は回復する。
後半戦で勝負だ。
ワルタの口元が緩む。
「前半戦が終わることよ」と、真樹が言う。
「休憩は訪れない」と、梨菜が反論する。
「あの子の『臨界状態』の『ME』が放たれるよ。開始から、ほとんど『ME』を消費せず、ずっとため続けていたんだ。すごい力……」
梨菜が言い終わるより早く、アンナは宙に浮いた状態で、全身から『爆発』による衝撃波を解放した。
その威力は、ドーム全体をも揺れ動かすほどに見えた。
ワルタの巨体は、まったく抵抗する間もなく、それも大きく吹き飛ばされた。
梨菜は、大きく両眼を見開いたまま、息を飲みこんだ。
ワルタは、ドームの縁まで吹き飛ばされ、内側に背中を打ちつけて、気を失っていた。
やがて、背中が放れ、そのまま土俵外の水槽に落下した。
長めのホイッスルが鳴り響く。
前半戦終了の合図ではなく、審判システムが勝敗を決したと判断した合図であることは、一目瞭然である。
残り時間が三秒であったことを、掲示板が示している。
「『永久凍土』の勝ち点が四点となりましたので、勝ちが決定しました。第四ピリオドは開戦されず、彼らが準決勝に進みます」
「これ、食べても良いですか?」
梨菜が、いつの間にかソファーに落ち着き、テーブル上のオードブルを指差す。
「ああ……」と、ゴースワンは、声を詰まらせる。
「……もちろんですとも。そのために用意したのですから」
「もう、お腹すいちゃって」
いくつか並んでいる中から、大きめにカットしたクリームチーズとキャビアがのった直径五センチのカナッペを取り、梨菜は、それをまるごと口の中に入れる。
「ミス・リナ……」
ゴースワンは、梨菜の決して上品とは言えない振る舞いに、目を丸くする。
貴代子は、ゴースワンが驚いている様を見て、クスッと笑う。
(天使様、かわいい……)
真樹は、梨菜が口の中をいっぱいにしてモグモグと咀嚼しているのを、うっとりと眺めている。
「きゃはぁ」と、ミキミキがディスプレーに映るアンナを指差し、はしゃいでいる。
「あの子、こちらを見ているのですわん」
「ただのカメラ目線でなくて」
真樹は言うと、フンと鼻で笑う。
「見てると思うよ」
口の中が空いた梨菜が、今度は生ハムとトマト、バジルがたっぷりとのったカナッペを手に取りながら言う。
「たぶん、私のことをね」
梨菜は、またもや大きめのカナッペをまるごと口に入れた。




