十六
B国S市に建設された『権限者』による専用の闘技場『ラズベリーパーク闘技場』に、『強天使』のメンバーたちが到着した。
メンバーは、羽蕗 梨菜、三木 真樹、三木 美樹の三人。
彼女たちを引率したのは、岡産業株式会社の専務取締役を務める松川 貴代子(以後「貴代子」と呼ぶ)だった。
当初は、美園 仄香が引率する予定だったが、所用で来られなくなったため、貴代子が代行することになった。
貴代子は、営業部門の最高責任者であり、仄香の右腕的な存在である。
弱小企業だった岡産業が、世界の強豪を相手に、売上一兆円超えの巨大企業にまで成長できたのは、主要先進国の言語に精通し、超越した交渉能力を備え持つ彼女の貢献が大きかったと言える。
仄香とは、大学時代からの付き合いで、年齢は、一つ年上の四十四歳である。
既婚者で、小学生の長男と次女がいて、家事は全て配偶者が担っている。
家族に対してはもちろんだが、普段は温情の深い性格でありながら、交渉場面では鬼のような貫通力を示す。
今では年齢相応の容貌となってきているが、若い頃は仄香にひけをとらない美貌の持ち主だった。
貴代子は、三人の『権限者』たちを、まずは目的地に無事に連れてこれたことにホッとした。
「松川さん」
梨菜は、親しげに貴代子のそばに寄る。
長時間に及ぶ飛行機の中、そして、前夜のホテルレストランでの食事会に及ぶまで、二人はずっとおしゃべりに夢中になっていて、すっかり意気投合したのだった。
貴代子は、職務経験を通じて得られた社会人としての心得や、組織人としての意識と倫理観を丁寧に伝え、梨菜は、話の内容に感銘を受けながら、熱心に耳を傾けていた。
「長い道中、私たちとご一緒していただいて、ありがとうございました」
梨菜は、お礼を言って、ぺこりとお辞儀した。
「梨菜ちゃん」と、貴代子は、梨菜に向けて、ニッコリと微笑んだ。
「エラそうに、たくさんお話しちゃったわね。梨菜ちゃんも、生徒会長という、リーダーシップを発揮しなければならない立場だから、苦労が多いと思うわ。少しでも、助けになれたなら良かったんだけど」
「これからも、たくさん教えて下さい」
一同は、五メートル四方程度の部屋に案内された。
灰色がかった青色の皮革を全面に貼りつけた壁に包まれ、同色の一人掛けソファーが四脚、ガラス張りとなっている外側に向くように配置されている。
中央には、ガラス製のテーブルが置かれ、色とりどりのオードブルや飲み物が並べられていた。
「ここが最上級の観覧個室『ダイヤモンド・ルーム』よ」
と、貴代子が説明する。
「料金設定は、かなり強気で、三十万円するのよ。同クラスの個室が全部で二十あるらしいの。収容人数は一万二千人。一番安い観覧席でも一万円以上するわ」
「セレブ向けの闘技場ですね」と、梨菜は感心する。
「いもうと」と、真樹がガラスに張りついた姿勢でミキミキを呼ぶ。
「あそこに、ガラスのドームが見えることよ」
「きゃはあ。まるで、小さなカップゼリーみたいですわん」
ミキミキも、ガラスに張りついて、姉と一緒になってはしゃぐ。
巨大なケーキドームのような建築物が、正面に堂々と居座っている。
「まさに、そんな愛称がついてるわ。『プチカップゼリードーム』って言われてるの」
「これって……」
梨菜は、さっきから三木姉妹が張りついているガラス面に触れながら、言う。
「テレビの画面ですね。外の映像が写ってる。反射が全く無いんで、不思議な感じがしたんですが……」
「本当ね」と、貴代子も近寄って確かめ、感心する。
「すごくキレイな画像が写ってるんだわ」
「あのドームの中で、『GBG』が行われるんですね」
「そう……」と、貴代子は、プチカップゼリードームを指差す。
「銃器や爆弾級の武器を使用する闘技なんで、観客に被害が及ばないように、頑丈な造りになってるの。銃弾も跳ね返すドームよ。そのせいで、光の屈折によって中がはっきり見えないから、カメラ映像で観覧することになるわ」
貴代子は、今度はテーブルの隅に置いてあったタブレットを持ち、指先で何やら操作をする。
すると、大きな画面の映像が切り替わり、観覧席を映し出した。
グレード別の個室の他に、一般席にもそれぞれディスプレーが備え付けられているのが見える。
「安全第一なんですね」と、梨菜がうなずく。
そこへ、コンコンとドアをノックする音が響く。
貴代子が、ドアホンで来訪者の画像を見て、「まあ」と驚きの声を上げる。
「誰ですか?」と、梨菜が訊ねるより早く、貴代子はドアを開けて、来訪者を室内に招き入れる。
来訪者は、丁寧に日本流のお辞儀をしてから、室内に足を踏み入れる。
「ウィリアム・ゴースワンさんよ。『IMEA』の協会長で、この『プチカップゼリードーム』のオーナーでもあるわ」
「皆さん、ようこそ、わがドームへ。私どもは、皆さんのご来訪を大歓迎いたしますよ」
ゴースワンは言って、長身の梨菜と眼が合うと、「おお、これは美しい」と驚嘆の声を上げる。
「ゴースワン会長、こちらが『強天使チーム』のリーダー、羽蕗 梨菜さんです」
「噂には聴いておりましたが、これほどの美しさとは……ミス・リナ、どうぞ、よろしくお願いしますよ」
ゴースワンは、右手を出し、梨菜に握手を求める。
梨菜は、ゴースワンの右手をしっかりと握り、天使のような笑顔を見せる。
「小国の田舎ムスメです。遠く離れた大国で、無名の私のことが噂になってるなんて、不思議な感じがしますね」
「謙遜を」と、ゴースワンは笑う。
「あなたは、すでに業界では、かなりの有名人です。今回の訪問は、『GBG』の視察ですかな?」
「それもありますが、明日は『WGBG』への選手登録のため、協会本部にうかがいます」
「そうでしたか……おお、こちらの方々も美女揃いですな」
ゴースワンの動きが三木姉妹の方に向く。
二人は、照れくさそうに、ゴースワンと握手を交わす。
「キヨコ、『GBG』のルールについて、美女たちへの説明は、お済みですかな?」
「まだです」と、貴代子は答える。
「ゴースワン会長から説明していただけると、ありがたいのですが」
「引き受けましょう」と、ゴースワンは快諾する。
「まもなく、本日の第一回戦目が始まります。これを見学しながら、説明いたしましょう」
ゴースワンは、貴代子からタブレットを受け取り、大型ディスプレーの左右に茶色の枠を表示させる。
枠内は、茶色に塗りつぶされているだけのもので、左右にそれぞれ四区画ずつ表示されている。
「バトルは四人チームで、対戦は一人ずつ行われます。まだ表示されてませんが、対戦の順番は、事前に申告することになっていまして、第一ピリオド開始の二分前まで、変更することができます。ただし、対戦相手が誰なのか、直前までわからないようになっています」
ゴースワンは、そこで話を止めて、梨菜の方を見る。
「ミス・リナ、あなたが今、何を考えたか、当ててみましょうか?」
梨菜は、両肩をあげて、ニッコリと笑う。
「協会長さんは、お見通しなんですね」
「梨菜ちゃん、何のこと?」と、貴代子が訊ねる。
「協会長さんが、私の考えたことを当てるとおっしゃってますので、お話をうかがいましょう」
ゴースワンも、梨菜に向けて、微笑み返す。
「つまり、試合開始二分前までは変更が可能なので」と、ゴースワンの話が続く。
「『予測』が可能ならば、有利な対戦順にできるということです。その行為については、『GBG』では妨げておりません」
「二分を超える『予測』なんて可能なのかしら?」
と、貴代子は言って、肩をすくめる。
梨菜は、有利香のことを思い浮かべる。
「ドームの両サイドに選手たちの控え室があって、それぞれ七人まで収容できます。つまり、戦闘員の四人以外に指導員と、あと二人が入れるのです」
「『予測』メンバーを入れることもできるんですね」と、梨菜が繋げる。
「そのとおり」
ゴースワンは、満足げに首を縦に振る。
「キヨコが言いかけましたが、二分を超える『予測』を行うのは、困難と思われます。ですが、二人の『予測』を組み合わせることで、正確さを補うことは可能です。実際に、ランキング上位チームのほとんどが『予測』メンバーを二人入れています」
「控え室は、どのくらいの広さなんですか?」と、梨菜が訊ねる。
「この『ダイヤモンド・ルーム』より広めですよ。ゆったりとくつろげます」と、ゴースワンは答える。
梨菜は、部屋の対角線距離がどの程度になるか、頭の中で計算する。
「本日の第一回戦目のメンバーが発表されたそうです。『GBG』は、土日開催となっており、土曜日に予選、日曜日が決勝という日程で、毎週構成されます。各チームは、プラタナス、ウルムス、テルミナリア、マロニエの何れかの『団体』に所属し、本日の開催は、ウルムス・リーグとなります」
「私たちは、どこに所属されるんですか?」と、梨菜が訊ねる。
「地域で振り分けるわけではなく、パワー・バランスを考慮して協会が決定するのですが……まあ、興行的な効果についても考慮しますがね……『強天使チーム』がどこに所属されるかは、まだわかりませんね」
ゴースワンは、申し訳なさそうに答える。
「各リーグのパワー・バランスについて言えば、まだそんなに差はありません。どこに所属されても、『強天使チーム』の活躍の場はあると思いますよ。次は、バトル・ルールについて説明します」
ゴースワンのタブレット操作で、これから対戦する八人の戦闘員の顔が拡大表示される。
「この順番は、対戦の順番ではありません。第一ピリオドの開始まで、まだ五分ほどありますから、あと三分間は変更可能です。勝ったチームに勝ち点が加算され、逆転不能になった時点で勝ち点が高いチームが勝ちです。四人チームですから、最終は第四ピリオドまで進行する可能性がありますが、勝利が確定した時点で、その対戦は終了します」
「先に三人倒したチームが勝ちなんですね」
「いいえ」と、ゴースワンは首を横に振る。
「チーム・リーダーに勝った場合の勝ち点は二点です。つまり、最短で第二ピリオド終了で決着する場合があります」
「リーダーを第一か、第二ピリオドに設定した場合ですね」
「そのとおり。さすが、飲み込みが早いですね。でも、これまでの傾向を見ると、リーダーは第三ピリオドに設定されることが多いですね。前衛二人が連敗しても、リーダーの勝利で五分にできますからね。そうなると第四ピリオドまで進行するわけですが、割と第四まで進行するケースは少ないです」
画面が、一瞬、暗くなり、先ほど表示されていたメンバーの内、二人の顔が拡大表示された。
「第一ピリオドの対戦が決まったようです。まもなく、始まりますよ」
梨菜は、熱心にディスプレーを見つめ、ゴクリと唾を飲みこんだ。




