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レモンティーン  作者: 守山みかん


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十四

「ひさしぶり」と、水野警視監は、テーブル越しに向き合って着席している美園(みその) 仄香(ほのか)を見つめる。

「ヨっちゃんも」

ショートのふんわりとさせたソバージュヘアの分け目から見えるアーモンド型の眼を輝かせながら、仄香も言葉を返す。

「もう、声を掛けてくれないのかって思ってたわ」

「ホノちゃんは、相変わらずだね。キレイなのが、全然変わってない」

「私、見た目ほど若くないのよ」

仄香は、淡い桃色のルージュを塗った唇を、ツンと(とが)らせる。

「いくつになったんだっけ?」

水野が無邪気に(たず)ねる。

「まあ」と、仄香は、両眉を上げる。

「ハイティ女子に対して、配慮が働かないアナタも相変わらずね」

「ハイティ……って、高齢って意味で使ってるんだよね」

「私だから許されるものの、他の同世代女子相手に、そういう質問は、トラブルの元になるわよ」

「ボク……今、何を質問したっけ?」

「その天然色も変わってないわ」

仄香はクスッと笑う。

二人がいるのは、個室になっているレストランの一室。

他の客と眼を合わせる心配の無い、密談に適した場所である。

店のチョイスは仄香だが、呼び出したのは、水野の方だった。

テーブルには、来店に合わせて出てきたウェルカムドリンクのシャンパングラスが二つあるだけで、コースメニューの開始指示は、まだ出していない。

羽蕗(はぶき)さんは、元気にしてる?」

梨菜(りな)ちゃんは、いつも元気よ。それに、どんどんキレイになってく……コワいくらいに」

「最初に出会ったとき、彼女を『お姫様だっこ』したんだよ」

「今やったら、両腕がへし折れるわ」

「あの時は、細くって、風で吹き飛ばされそうな感じだった」

「今は、台風にも立ち向かえる最強女子よ」

ウェイターが入室し、仄香に耳打ちする。

仄香は、ウェイターに一言だけ返すと、ウェイターは退室していった。

「お腹すいてるんでしょ?」と、仄香が訊ねる。

「朝から、何も食べてない」

今は、すでに夕食時だが、水野は飄々(ひょうひょう)と答える。

「そうだと思って、たっぷり注文しておいたわ」

「さすが、ホノちゃん。良いお嫁さんになれるよ」

「私が未亡人だってこと、きっと忘れてるわね」

「あれ、ホノちゃんって、いつ結婚したんだっけ?」

「もう……」

仄香は、ため息をもらす。

「今日は、どんな用件で、私を呼んだのかしらね」

不機嫌気味に言って、シャンパングラスに口を着ける。

「ちょっとマズい状況で、こういう相談は、ホノちゃんにしかできない感じで」

仄香は、シャンパンをスッと一口だけ含んで、音もなく、グラスをテーブルの元の位置に戻す。

「そういう話は、お腹を満たしてからにしましょう」

「そうだね」

そこで、オーダー済のコースメニューが次々が運ばれ、二人は、会話も交わさず、料理の消化に夢中になる。

ちなみに、ここで登場したメニューは、次のとおり。

・フォアグラのフラン

・あさりとカブのポタージュ

・舌平目のポワレとアメリケーヌソース

・りんごのソルベ

・牛モモ肉のロースト

・苺とヨーグルトのムース

・プティフール

牛モモ肉について、水野は、ガッツリとポンドサイズを完食した。

「食事が済んだところで」

仄香は、ナプキンで、化粧が落ちない程度の軽さで、口の周りを拭き取りながら、中断していた会話を戻す。

食べ終わった食器類などは、如才ない給仕によって、キレイに片付けられた。

「アナタの言う、マズい話を聴かせてちょうだい」

水野は、ウェイターが運んできたホットコーヒーに鼻を近づけ、大きく深呼吸をする。

(おか) (まさる)のことなんだけど」

「え……ダイちゃん……」

仄香は、その名を耳にし、言葉を詰まらせる。

当時十三歳だった梨菜に対して、集団で暴行を働き、死の間際まで追いこんだ当事者であり、梨菜と婚約関係にある(まさし)の兄である。

天然の権限者(ナチュラル・ギフター)』だが、その力を悪用し、多くの犯罪行為に及んだことで、警察官となった梨菜の手により、逮捕されたのだった。

今は、刑事裁判の真っ最中。

拘置所に勾留中であるのは、当然の状況である。

「ダイちゃんが……どうかしたの?」

「おそらく、脱獄されてると思う」

水野の答えを聴き、仄香はキョトンとする。

「それって……どういう意味?」

水野は、口元にコーヒーカップを当て、ズッと音を立ててコーヒーを吸い込む。

大事(おおごと)じゃない……その割に、ニュースとか、騒いでないわね」

「まあ、拘置所に姿があるからね」

「マサオさんが、週二回くらい、会いに行ってるはずよ」

「まあ、拘置所に姿があるからね」

「それじゃ脱獄の意味がわからないわ……」

「拘置されているのは『幻影(フィギュア)』である可能性があるんだ」

『幻影』とは、『基礎細胞(モデルマン)』と呼ばれる人工細胞に、遺伝子情報を移植して製造した複製人間である。

『幻影』の製造プロセスだけでは、思考や意志を持った人間を完成させるに至れず、あくまでも、そっくりの複製が出来上がるだけであるが、遠隔地から無線通信に準じた信号を送ることによって、基本的動作をさせることは可能である。

「じゃあ、マサオさんが会ってたのはニセモノってこと?」

「まだ正確に調べてないんだ……というか、調べられない」

「ずいぶんと、のんきなのね」

「ボクの立場だと動きづらくてね。特定の被告人に対して警視監が精密検査するとして、その理由を問われた時に、うまく説明できる自信がない」

「弁護士にしか頼めないわね。「情報側面権限者インフォーマティブ・ギフター」の弁護士いないの?」

「ホノちゃん……いたら、紹介してくれる?」

「……確かに厳しいわね」

「いろいろ考えてみたんだけでね。これは、もう、一人しかいないかな……って……」

「私に行け、と言いたいのね」

「さすが、ボクのことは、よくわかってるね」

「あなたのことは、体の隅々まで知りつくしてるわ」

水野は、咳払いをして、一瞬だけ、仄香から視線を逸らす。

「……そういう話は、今は、しまっておいて……」

「ダイちゃんには、前に会いに行ってるのよ。その時は、ホンモノだと思ったけど」

「違和感を感じたのは、ごく最近だよ。岡夫妻以外の面会者はいない……弁護士と検察官を除いて」

「誰がどういう手段でやったかを(あば)くのは、あなたに任せるわ。でも、私が行っても、ガラス越しでの検査には限界があるわよ」

「その点は大丈夫。ホノちゃんには、(しか)るべき立場で行ってもらうから」

「然るべき立場……?」

仄香は、首をかしげる。

「岡産業株式会社の経営者として行ったら、ただの面会者だけど、ホノちゃんには、もう一つ、優秀なステータスがあるじゃない」

水野は、足元の小箱に収めていたバッグから書面を外に出し、仄香に向けて、テーブルの中央に置く。

標題は『委嘱(いしょく)状』とされている。

「これは……」

仄香は、書面を両手に持ち、両眼を大きく開く。

「優秀な医師としてのホノちゃんをね、警察医に任命します。これなら、精密検査できるよね」


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