十三
今の梨菜は、白地にオレンジ色のピンストライプのブロードシャツに、膝より上でカットしたデニムショートパンツという出で立ちである。
対して、香子は、フレンチスリーブの紺の丸首シャツと黒のスポーツレギンスの上にグレーのランニングショートパンツを履いている。
修練をしていたのだから、当然に動きやすい格好である。
《むう》と、新谷 紅の呻き声が、スピーカーから聞こえる。
《やれやれ……私の想像を越えられてる……アネさんをヤり損ねたリスクってヤツか……》
梨菜は、にんまりと笑う。
「やはり『予測』が使えるヒトだったんですね」
《……知らなかった……というのか?》
新谷は、意外という様子で、何度か息を飲みこみながら言う。
「『予測』はしてましたが」
梨菜は、胸の前で組んでいた両腕を解き、今度は両腰に当てる。
「事実は、確認してみないとわかりませんから。情報のご提供をありがとうございます、という感じで」
《むう》と、またもや、新谷の呻き声が聞こえる。
「今日は、いらっしゃらないようなので、逮捕はできませんが、今みたいな感じで、いろいろと情報提供をいただけると、こちらも助かります」
《私が……オマエが言うように、いろいろと話すと思ってるのか?》
「信じられない、と思われるかもしれませんが、その展開を期待してますよ」
《……アマいな……》
「やってみないと、わかりませんよ」
梨菜は言って、ズボンのポケットから銀色の拳銃のようなモノを取り出し、その銃口を香子の鼻先に向ける。
『権限者』のみが『ME』をエネルギー粒子の塊である『光弾』として練り出し、攻撃手段とすることができる武器で、『筆』と呼ばれているモノである。
香子は、とっさに何が起きたのか理解できず、銃口に両眼を寄せる。
「新谷さんが大切にしてる『権限者』を、ここでオシャカにすると言ったら、どうしますか?」
《やれやれ……警察権限の濫用だな……そこにいる葉島は、『治癒』が使える。頭を撃ち抜いてもムダだ……》
梨菜の両肩がピクリと上がり、ゆっくりと首を左右に振る。
「やっばり、わかっていませんね。つい、今しがたまで、葉島さんは、目一杯の火炎放射の練習をしてたじゃないですか。つまり、葉島さんに『ME』が蓄積されていないんです。即死級のダメージから回復できますかね?」
梨菜は言うと、『筆』の先に『光弾』を練り出す。
「ああ……」
香子は、突きつけられた『光弾』を見て、思わず息を飲む。
《……私に、どんな情報を求めてる……》
新谷の問いかけに対し、梨菜は、こう答える。
「『ル・ゼ・ジャセルの予言』について」
《……ならば、その女の頭を撃ち抜け》
新谷は、即答する。
「葉島さんを見捨てると?」
梨菜が訊ねるが、返答は無い。
「なら、そうします」
梨菜は、『光弾』を香子の眉間に発射させる。
香子の額に、赤黒い孔が開く。
《むう》と、新谷の今までの中で、一際大きい呻き声が響く。
梨菜は、続いて、銃口をカメラに向け、わずかな躊躇も見せずに、レンズの中心を破壊する。
「大丈夫ですか?」
梨菜は、倒れた香子のそばに駆け寄り、声を掛ける。
だが、梨菜が話しかけたのは、香子に対してではなかった。
今まで、何も無かったと思しき空間に、うっすらと『北高』制服姿の小柄な女子が浮かび上がり、やがて、西藤 有利香の姿が明確にされる。
梨菜の情報操作により、カメラに姿が映らないようにされていたのだった。
有利香は、香子の背後から接触し、梨菜の『光弾』を受けるのに合わせて、『治癒』を発動させていた。
「手加減はしたつもりなんですが」
「あなたの手加減は、あまり意味を持たないのだわよ」と、有利香は、クスッと笑う。
「命に別状は無いのだわよ」
「良かった」
梨菜は、胸を撫で下ろす。
「一時間ほどで目を覚ますのねよ。すぐに、このヒトのスマートホンから新谷に関する記録を消去し、着信拒否設定をするのだわよ」
「それは、しますけど……」
梨菜は、理解できないというように、首を傾げる。
「そんな程度で、このヒトと新谷を引き離せるんでしょうか」
「このヒトの場合は、そんな程度で良いのだわよ。新谷との連絡手段は、このオフィスとスマホだけ。両方を封印すれば、このヒトは、行き場を失えるのねよ」
「へえ……」
梨菜は、軽蔑気味に香子を見る。
「私が好きになれるタイプじゃなさそうですね」
と言って、梨菜は、『筆』の銃口を、香子が修練に使用していたコンクリートの固まりに向け、『光弾』を練り出す。
すぐさま発射させ、『光弾』がコンクリートの上面に到達したところで『爆発』させる。
たちまち『爆発』の中心からコンクリートに放射状にヒビが入り、粉々に砕け散る。
「火炎放射の影響で、もろくなってたお陰もあるのだわよ」
「ええ……わかってます」
梨菜は、『筆』を元のポケットにしまう。
有利香は、梨菜に近寄り、そっと手を握る。
「このヒトの心の中を覗いたのねよ」
梨菜は、キュッと下唇を噛む。
「あなたが、この上なくヒドい仕打ちを受けて、そこから立ち直ってきたことを、私は、よく知ってる……あなたの心に、大きなキズが残ってしまったことも……誰でも、あなたのように立ち直れるわけじゃない。むしろ、あなたが、あの状態から立ち直れたことは、本当に誇らしいことだと思うのだわよ。あなたは、立派よ。私は、そう思う
「でも、この葉島さんのように、自分の力で立ち上がろうとせず、誰かに助けてもらうのを待ってるだけのヒトもいる……あなたは、そんなヒトたちのことを気にしちゃダメ。あなたの時間が、もったいないわよ」
「ありがとう……有利香さん……」
梨菜は、流れ落ちそうになっていた涙を人差し指で拭い、有利香に握られた手を、軽く握り返す。
「有利香さん……この先も、私のそばにいてくれますか……私は、すごく安心できるんです」
有利香は、ゆっくりと首を縦に振る。
「新谷が、このヒトを連れ戻しにくる可能性は無いけど、このヒトが、自力で、新谷の元へ行く可能性が無いとは言えないのだわよ」
「監視を付けます」と、梨菜は言う。
「このヒトに近づく人物に注意して。このヒトと新谷が接触しないようにするのだわよ」
珍しく有利香が、ヒトに対して驚異を感じている。
その状況も、梨菜には気に入らなかった。
葉島 香子ようなヒトとは、二度と顔を会わせたくない。
梨菜は、率直に、そう願った。




