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レモンティーン  作者: 守山みかん


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十二

SKL株式会社は、複数の情報から、次の展開を予測するAI技術研究を主たる事業としている会社であり、ウィリアム・ゴースワンが経営するラズベリースケール社の完全子会社である。

研究成果の提供先は、当然に親会社だが、『ME(マジック・アイ)』製品を扱っている関連の技術提供については、(おか)産業株式会社を除く他の『IMEA(アイミア)』関連事業者とも取引関係を築いている。

社員は約二十名。

本社事務所は、A県N市内の中心部に建つオフィスビル内にあるが、研究施設はB国にある。

代表取締役は、新谷(しんたに) (こう)

新谷が、国内にオフィスを構えている理由は二つ。

一つは、B国の食事が口に合わない。

二つめは、研究要員である唯一の『天然の権限者(ナチュラル・ギフター)』が、国内の、それもA県にいるからである。

その研究要員である葉島(はじま) 香子(きょうこ)は、SKLに入社して七年になる。

A県の山奥にある田舎町で生まれ育ち、地元の高校を卒業した後に、N市内にある私立大学に入学するため、故郷から都市部に出てきた。

同大学を卒業後、N市に隣接する市にある食品製造会社に入社するが、夜勤時間帯での勤務条件に適合できず、体調を崩し、わずか数ヶ月で退職した。

その後、治療のため通っていた労災(ろうさい)病院にて、偶然にも新谷と出会い、SKLに入社することとなった。

香子は、大学で文学部を専攻した流れで、そちらに関する知識が多少なりとも備わっているが、特に優れたビジネススキルを持ち合わせているわけではなかった。

それでも、新谷が香子を採用したのは、ひとえに、彼女が『天然の権限者』である資質を備えていた、ただ、それだけの理由であった。

香子は、行動に対して、常に失敗方向に働くことを懸念するタイプで、かなり頑固とも言える警戒体質である。

就職に失敗した経験が大きく(わざわい)しているのは明らかで、彼女には、自分自身に対する評価を著しく低く見積もる傾向が見られる。

新谷は、彼女のそんなネガティブな性質を利用し、『意志』の強化鍛練に繋げていた。

『権限者』の『攻撃側面(アグレッシブ)』における強さは、『意志』の強さと比例する。

例えば、羽蕗(はぶき) 梨菜(りな)の場合だと、彼女の持つ超人的な『意志』の源泉は、目標達成に対する積極姿勢にある。

なりたい自分を目指すことで、これまで課題を乗り越えてきた分だけ、彼女は強くなってきたのだ。

一方、葉島 香子に関しては、まったく真逆で、彼女に降りかかる変更要素をことごとく拒否し、自分を変えず、維持していくことに執着してきた。

つまり、言い換えれば、香子は、自分に対する全ての成長要素を犠牲にして、『意志』の強化に注ぎこんできた、ということになる。

もちろん、それは、新谷の策略によるもので、その成果が、期待どおりに、彼に有益に働く状況を導いていた。

香子は、この春に、三十歳を迎えた。

オフィスビルのフロアー全面を借りきって建設した三十畳程度の修練場の中央に香子は立ち、百六十二センチの背丈と同じ長さの棍棒(こんぼう)を床に対して垂直に構えて、目の前に置かれた一辺が七十センチの灰色の立方体をにらんでいる。

棍棒は、全部に及んで金属製で、太さは三センチ。

灰色の立方体の正体は、コンクリートを固めたもので、重さは約八百キログラム。

香子の左手には、さらに肩幅ほどの長さの短い棍棒が握られており、それを胸の高さあたりに取り付けてある止め金具に収まるように、十字に合わせる。

カチリと音がして、十字架形状の棍棒になる。

香子は、十字部分を下にするように持ち直し、棍棒の先をコンクリートの塊に向けて構える。

香子の呼吸する間隔が、徐々に短くなる。

棍棒を握りしめた両手から汗がにじみ出て、下げて構えた棍棒の先端に向けて流れ出す。

先端から、最初の(しずく)が落ちそうになったところで、香子は、『臨界(クリティカル)』を設定する。

たちまち、棍棒全体が光り輝き、まるで金の十字架のように見える。

爆発(エクスプローション)

香子が詠唱すると、棍棒の先端から、激しい衝撃波が発生し、コンクリートの塊を、わずかに振動させた。

《やれやれ、まだ足りない》

天井に埋めこまれたスピーカーから、新谷の声が響く。

《そのコンクリートを(くだ)くくらいの強さが必要だ。羽蕗 梨菜の『意志』には、まったく届かないぞ》

香子は、激しい呼吸と共に、肩を上下に揺らしながら、新谷の声に耳を傾ける。

《あの娘の『意志』は、幾多の苦難を乗り越えて、鍛えられたモノだ。アマちゃん育ちのオマエでは、一つとして、とても乗り越えられる程度ではない》

「……」

《とにかく、オマエがやるべきは、修行だよ。そのコンクリートを砕いてみろ》

「……もう……帰りたい……」

香子は、そうつぶやき、両眼から、ポロポロと大粒の涙がこぼれだす。

《じゃあ、帰れ》と、新谷は、容赦が無かった。

《すぐに退職届を出せ。社宅も、明日、出て行くんだ》

「……生活できません……」

香子は、大きく首を横に振る。

《他に行って、自信に満ちた人生を送れると言うなら、さっさと行けばいい》

「私は……もう少し……普通に暮らせれば……」

《普通って、何だ?》

新谷が、なおも問いただす。

香子は、何も答えられない。

《仕事で報酬を得たいなら、方法は二つだ。作業で貢献するか、能力で貢献するか、だ。提供できる能力が無いなら、労働力として、作業貢献するしかないだろ。そういうところに行けば良い》

新谷の不敵な笑い声がスピーカーから流れる。

《オマエには、月給として、五十万を払ってる。それは、オマエの能力に対しての報酬だ。オマエの能力を駆使することで、私の目的が達成できるという期待感が、その報酬に表れている。それができないのなら、期待外れだ。オマエは必要ない、ということになる》

「……」

香子は、未だ息が乱れたままで、何度か飲みこむ仕草を繰り返すが、なかなか収まらない。

《どうだ?》と、新谷の声が香子の喉元(のどもと)を通り過ぎる。

《やるのか、やめるのか?》

「……」

《返事しろ》

「……やります」

香子は、そう返事した。

息の乱れは収まっていた。

《じゃあ、やれ》

新谷の声には、抑揚が無かった。

香子は、十字の棍棒を再び構え、『臨界』にする。

《『加熱(ヒート)』を選択(セレクト)しろ》と、新谷は指示する。

《コンクリートに向けて、放射するんだ。二十秒、続けてみろ》

「二十秒……」

香子は、言われたとおりに実行した。

一辺七十センチの塊をすっぽりと覆う炎を放射し続けるのは、香子の『意志』では、二十秒が限界だった。

《それでいい……一秒でも長く続けられるよう、練習しておくんだ……》

新谷の満足そうな声が届き、その後は沈黙した。

「社長?」と、香子が呼ぶが、返事は無かった。

「新谷社長は、どこにいますか?」

いきなり現れた声に驚き、香子は、背筋を弓のように()らした。

修練場の入り口付近に、長身の若い娘が立っている。

いつオフィスに入ったのか、まったく気配に気付けなかった。

ダークブラウンのショートヘアに、黒瑪瑙(くろめのう)のように輝く大きな瞳。

「誰ですか?」と、香子が(いぶか)しげに(たず)ねる。

「警察の(もの)です」

化粧を大して(ほどこ)していないのに、(ほお)などピカビカに光る肌を見て、明らかに未成年であり、高校生くらいに見える少女が、声高々に警察を名乗るのを聴き、香子はキョトンとした顔をする。

「やはり、新谷社長は、ここにはいませんね」

少女は言うと、首をあちこちに向けて、修練場の中を(なかが)めている。

「社長なら、隣の部屋にいて、私に稽古を付けてくれてます」

「でも、私のことは見えてるし、声も届きそうです」

少女は、香子の話は気に留めず、修練場内の観察を続けている。

「おそらく、国内には、もういないのでしょう。指名手配の眼を潜り抜けて、どうやって出国したかは、わかりませんが」

少女の眼が、修練場の隅に設置してある小型カメラの方を向く。

「聴こえてますよね?」

少女は、カメラに向かって、大きな声を上げる。

「……」

しばしの沈黙の後、《やれやれ》と、スピーカーから声が漏れる。

《……羽蕗 梨菜……まったく脅威だな》

「羽蕗 梨菜……あなたが……」

香子は、眼を丸くして、長身の梨菜を見つめる。

「相手が誰であろうと」

梨菜は、大きめの胸の前で、両腕を組み、ニッコリと微笑む。

「私からは逃げられませんよ」


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