百十二
「闘技の続行が決まったらしい」
宋 鵬は、口をとがらせて言った。
「羽蕗 梨菜が、続行を望んだそうだ。やはり、キミの身を案じておるのだろうな」
岡 将の顔に視線を向け、満面に勝ち誇った笑顔を浮かべていた。
「気丈に振る舞ったり、落ちこんだり、情緒が不安定な様子で、冷静さを欠いているとボクは見ている。つまり、この作戦の有効性を示していると評価できるね」
「まあ、羽蕗さんなら、続行を選ぶでしょうね」
将は、飄々と言葉を返した。
「キミを誘拐するような卑劣な手段を取った相手なら」
と、ヴィタリー・コロソフが続いた。
「彼女は容赦しないだろうからね。自分の手で、徹底的に叩きつぶしたいのだと思うよ」
「おい、ヴィタリー、まさしクンの前で、梨菜さんがいかにも野蛮人に聞こえるような言い方は慎むべきではないかな」
すかさずラスカー・タムが、ヴィタリーの発言を戒めた。
「ごめん………決して、そんなつもりは………」
と、ヴィタリーはあわてて謝った。
将は、首を横に振った。
「気にしていませんよ、ヴィタリーさん、ラスカーさん。ボクたちは同士であり、友だちじゃないですか。確かに羽蕗さんには、小悪魔のようなところがあると思います。ボクの誘拐事件で、羽蕗さんの感情が上がったり下がったり不安定になるのは、ごく自然な反応で、特段の問題に発展しているわけではないです。つまり、ボクには宋閣下がおっしゃる有効性が見えません」
宋は、フンと鼻を鳴らし、そっぽを向いた。
ヴィタリーとラスカーは、将に向けて、親指を立てた。
パーヴェル・シュトキンだけは、先ほどから口を開かず、何やら思案にふけっているようだった。
「パーヴェル、何を考えている?」
と、ラスカーが声をかけた。
パーヴェルは、ハッと目が覚めたように、首を左右に動かした。
「いや………すまん……ちょっと考え事をね……」
「キミは臆病なところがあるが、そこが強みでもある。何を考えていたのか、聴かせてくれないか?」
ラスカーが促すと、パーヴェルは少しの間だけ沈黙し、やがて口を開いた。
「今、宋閣下が、最新の状況に関する情報を得ていた………このホテルは、MEの流通が完全に遮断され、外部との情報交換はもちろん、我々の攻撃手段までも封印されてしまっている………そんな中での最新情報の入手手段は何だろうか、を考えていた………」
一同の顔つきが引き締まり、パーヴェルの次の言葉に関心が集まった。
「ボクは、ずっと宋閣下の行動に注目していたんだ。電話やスマホの操作など一切していないのに、なぜか闘技の進行に関する情報を即座に得ていた。みんなは、この疑問に対して、明確に回答できるかな」
口を開く者は現れず、10秒程度の沈黙に包まれた後に、パーヴェルはゆっくりと話を続けた。
「ラスカー、キミは『脳伝導機構』を覚えているかな」
パーヴェルを見つめるラスカーの目が、少し細くなった。
「脳から思考や命令を発せられた時に流れる信号を共有化できる仕組のことだな」
「『道具』抜きの傍受方法など、いくらでもあるだろうから、ここでは省略しよう。問題は、最新情報の受信をどのように行っているか、それを認識する必要がある」
「キミは、どう考えているんだ、パーヴェル」
ラスカーが、すかさず尋ねる。
「先ほどからの宋閣下の言動では、見たままを語っていると思う。明らかに梨菜さんの内面の感情や心象を捉えているのではない。とすれば、得られている情報は、視覚情報だ」
「視覚情報? いったい誰の?」
と、ヴィタリーが声を荒げた。
パーヴェルは、そっとヴィタリーの方に視線を向けた。
「……そういうことになるよね。ヴィタリー、キミの言うとおりだ。いったい誰の視界か、それが問題だ」
「………裏切り者の視界………」
ラスカーが、小さくつぶやいた。
パーヴェルの目が輝く。
「考えたくありませんが」
と、将が続いた。
「『強天使』メンバーの誰かですよね。羽蕗さんのそばにいる誰か……」
「『脳伝導』は、極めて微弱な信号だ」
と、ラスカー。
「体外からの傍受を試みようと受信器の感度を上げれば、ノイズを拾いやすくなる。となると、脳や視神経に近い位置に超小型の通信機器を埋めこむしか無いだろう」
「手術が必要だな」
ヴィタリーが続く。
「C国に通じている者があやしい、とすれば、当然に段 深緑が一番あやしい………ということになる」
「段さんに疑いの目が行くように仕向けているのかもしれませんよ」
と、将。
「まずいな………」
ラスカーがつぶやく。
「チームメンバーには伝えたくない話だな。このバトルロイヤルでは、チームワークが重要だ。お互いが不信感を抱くようになっては、悪影響を及ぼしかねない」
「伝えるなら、誰かが特定できてからだよ。いたずらに不安がらせるだけだ」
パーヴェルは言い、おどけ気味に両手を見せた。
「もっとも、我々には伝えたくても、その手段が無いがな」
「誰が裏切り者なのか、今、ここで口を割らせてやろうか」
ヴィタリーが意気込んだ。
「ダメだ、ヴィタリー。ヘタな動きはするな」
ラスカーが、すかさずヴィタリーを制した。そして、彼の目は、劉 梓朗に向いていた。
「彼のことが何もわかっていない。侮って、早まった行動を取れば、手痛いダメージを食らうかもしれないぞ」
ヴィタリーは驚いた顔で、部屋の隅に立つ劉を見た。
両目をつぶり、表情を変えず、マネキンのように微動もしない。
『遠隔感応』が使えない状況では、彼が何を考えているのか、まったく推測できなかった。
(………あの男は、いったい何者なんだ………)
ラスカーは、並々ならぬ警戒心を抱いていた。




