百八
「なんや、ずいぶんと、最後はあっけなかったな」
と、勝敗を決した長めのホイッスルが鳴り響く中で、段が闘技の感想を語り始めた。
「試合開始直後に、マキねとオイゲンはんが一気に攻めて、3人仕留めたまでは良かったけど、ルチル一人で、まさかの3人連続討伐で追いつかれ、こりゃ、とんでもないヤツがいるなと思たけど、ミキミキには全く刃が立たず、一方的にやられておしまい。
なんやろな。
考えてないのが、丸わかりやったな。
正面からぶつかっていくのは、正々堂々としてエエんやけど、ウチなら、もう少し頭使うな」
「得意のヘディングですか?」
と、レナが、からかいを入れてくる。
「そうや!」
段は叫んで、レナの肩をつかもうとした。
レナは、すかさず迫ってくる段から遠ざかる。
狭い控室で、騒々しい追いかけッコが始まるが、他のメンバーは、全くの無関心で、やめなさいの声も出ないので、2人は無法地帯のごとく、騒ぎをやめなかった。
梨菜は、アドと寄り添って、部屋の隅の方で、並んで座っていた。
「ミキちゃんが勝ったわ」と、アドが梨菜に声をかけた。
「………」
「わりと強敵だったんだけど、ミキちゃんが上手に攻略したのよ」
「………」
「段ちゃんとレナちゃんは、相変わらずはしゃぎ回ってる。あの2人、本当に仲が良いのね」
「アドさん、私は大丈夫です」
梨菜の溌剌とした声に、アドの青い目が大きく開いた。
「ずっと私のそばにいてくれて、ありがとうございます」
「パンナちゃん………」
アドが声を上擦らせているところを、梨菜はアドの小さな体を両腕で力強く抱きしめた。
「私のことなら心配いりません。私は、大丈夫です」
「無理しないでね……パンナちゃんには、私たちがいるわ」
梨菜に、がっつりと抱きつかれていながらも、アドは何とか口を外に出し、伝えた。
梨菜は、両腕の力を緩め、アドを解放した。
「みんなで、闘技を決着してくれたミキミキを迎えにいきましょう」
梨菜の声かけで、メンバーは一斉に闘技場に向かった。
* * *
ルチルは、朦朧とする中で名前を呼ばれたような気がして、ハッとした。
視界の真正面に、ダイヤモンドが闘技場のまぶしい照明を背後にして、じっと見つめていた。
「よくやったよ、キミは」
ダイヤモンドの口から、その言葉が発せられた。
労いか………
自分は敗北しているのに……
成果を出したわけでもないのに……
今までに無い雰囲気だ。
敗北すれば、全てが終わりだと思っていたのに。
非常に違和感を感じるが、そのように声をかけられたことに安堵も感じる。
これも、かつて無かった感覚だ。
自分は変わったのではないか、とルチルは自らに問いかけた。
いや………
どうも、それだけではない。
ダイヤモンドも、これまでと違う気がする。
「第2ピリオドは負けられない1戦となったけど、それは想定内だ。キミは、控室に戻って、ゆっくり休んでくれ」
ダイヤモンドが、自分のことを労ってくれることこそ、ルチルには想定外だった。
ルチルは、静かに起き上がり、立ち上がり、自らの身体が完全に『治癒』されていることを知った。
「ダイヤモンド……これは、あなたが?」
ルチルが尋ねると、ダイヤモンドは「わからない」と即答した。
「ここへ来た時に、キミはすでに『治癒』されていた。私ではない」
『姫檜扇水仙』のメンバー以外で、『治癒』が可能なのは……
ルチルは、ミキミキの方をゆっくりと見た。
『強天使』のメンバーたちに囲まれ、もてはやされているミキミキは、笑顔に満ちていた。
ルチルは、ミキミキに向けて、無言でお辞儀をし、そのまま控室に戻っていった。
「大したヒトやな、あんたは」
と、段がミキミキに言った。
「ウチは、ちゃんと見てたで」
ミキミキは、小さく「きゃはあ」とつぶやき、はにかんだ。
「ルチルさんは、辛い思いと苦労をしてきたヒトだということがわかったのでし。
だから、闘技が終わったら、回復を手伝ってあげようと思ったのですわん」
「差別されとったように見えたな……エイシード社や『姫檜扇水仙』の内部のことはわからんけど、あの宋 鵬がどういうヤツかは、ウチも知っとるで」
と、段が続いた。
「自己中で、自分が決めたことに対する批判を全く許さんようなヤツや。
気に入られたヤツと、気に入られんヤツの区別もよくわからんかったしな
ウチは、明らかに嫌われとったな」
「『姫檜扇水仙』のメンバーって、感情をあまり感じさせない雰囲気ですよね」
と、レナが言った。
「感情的にならないなら、不満とか、悩みとか、無いように思えるんですけど、それなりにいろいろあるみたいですね。
打ち明けられる友だちとか、いたら良いでしょうけど」
「表に出さんようにしとるだけや。宋に不満を持っていないヤツなんぞ、おらんと思うで」
その時、ドンという爆発音が大きな振動と共に闘技場内に轟き、一同を驚かせた。
「何や!何があった?」
灰色の煙が場内に蔓延し、滞在者への避難指示が下された。
「控室が……『姫檜扇水仙』チーム側の控室が……」
レナが声を震わせながら言った。
先ほどルチルが戻っていった控室が、内部から外に一瞬にして弾けるように損壊し、ガラスや壁材の粉々になった破片が煙に混じって、ドームの外側に漂っていた
『強天使』のメンバーは当然だが、『姫檜扇水仙』チーム側も予期せぬ出来事を目のあたりにして、ざわめいていた。
「私たちの控室が………」
「爆発したみたい」
「中にいた子たちは……」
ただ1人、ダイヤモンドだけが平然と無表情を続けていた。




