百七
ルチルは、ミキミキの足元に落ちている使用不能となったダガーナイフをうらめしそうに見つめた。
まだ、MEの『所有権』が有効であるなら、全て再利用したいところだが、期待はできないだろう。
おそらく、硬化させた『回転球』でガードされたタイミングで、『横取』された、と考えるべきだ。
ならば、取り戻すまではできなくとも、使用不能にするための『封印』くらいはしたいところだが、ミキミキが、それすらも簡単に許してくれるとは思えない。
ルチルは、軽いため息をつきながら、残り時間を確認した。
1分21秒。
反転をねらうのに必要な時間としては、十分だ。
討伐数は、3人対3人の同点。
相手を討伐できれば、事はすべて良しとなるのだが、これまでの成果が、3人とも不意打ちであったことを思うと、同じようなやり方は、もう通用しないだろう。
討伐できる難易度は、かなり高いと感じる。
もう少しハードルを下げての検討を試みたい。
問題は、バトルポイント。
ジェダイトの右腕が切り落とされた時の3点が重くのしかかっている。
これを逆転するには……
仮に、ミキミキに、ジェダイト同様の大ダメージを与えても、同点の扱い。
時間延長に持ちこまれたら、ルールでは、最後まで残った者、この場合、1対1での対決の延長戦となる。
そして、闘技状態はリセットされるので、今の武器は回収され、新たに武器を創出しなければならなくなる。
クリソとラズライト抜きの、単身での武器の創出など、攻撃弱化は免れないたろう。
(そうか……)
そこで、ルチルは、生まれて初めて、謙虚という気持ちを知った。
(今まで、1人で何とかしてきたつもりだったけど、実は、そうではなかった)
(あの子たちのお膳立てがあって、私がこれまでやってこれたのだ)
(失ってみて、初めてそれに気づかされた)
ルチルは、右手に握るダガーと、創出当初よりずいぶんと小さくなってしまったラウンドシールドを見つめた。
(あの子たちから、私に託されたのだ)
(あの子たちの期待に応えなくては)
(このことに、もっと早く気づくべきだった)
(闇雲の攻撃で、大半を失ってしまった……)
(延長線には持ちこませない!)
「じゃーん」
突然、ミキミキの声が場内に轟いた。
横にまっすぐに伸びた両手。
下が直線の分度器のような形に、ぱっちりと開いた両目。
上が直線の分度器のような形に大きく開いた口と、その奥に見えるハート型ののどちんこ。
Xの字に交差に組まれた両脚。
ルチルは、大きく息をのんだ。
これが、ミキミキの攻撃開始を示すポーズであることを理解していた。
「きゃはあ、ミキミキを楽しんで下さいね」
場内から、ミキミキに向けて、大きな歓声が向けられた。
(この場でファンサービス……ありえない!)
(こっちは、必死だというのに……)
ルチルは、決心したように、ミキミキに向かって突進した。
すぐさま、ミキミキは、ルチルから回収した創出武器の主成分であるMEを『所有』し、前方に向けて『爆発』を仕かけた。
巨大な大砲を発射したくらいの、大きなエネルギーが、ルチルに向かっていった。
(しまった……のせられたか……)
(すでに、臨界の準備は済ませていたのか……)
(武器を回収するすきを全く与えなかった)
(この子、強い……)
(全量を惜しまず攻撃として使ってくる)
(とにかく、この攻撃は交わさなければなるまい)
ルチルは、腰を低く落とし、小さくなってしまった盾を正面に構え、猛烈な爆圧から耐えることのみに集中した。
仲間たちが用意してくれた攻撃手段を、みすみすと敵側に与えてしまった見返りを、今、受けている。
軽率な戦闘判断に対する報いだ。
これを耐えきることが、自らへの教訓となる。
ミキミキの強力な『意志』による爆圧は、盾だけでしのげるものではない。
ルチルは、盾を構成するMEを消費しながら、自らが起こした『爆発』で、圧力を押しかえしていた。
反発の効果は、おされ気味ではあるが、何とかしのげているようだ。
つまり、ミキミキとの『意志』の差は、致命的なものではないということになる。
この爆圧がおさまれば、MEの残量を全て使い切るつもりで、一騎討ちで挑むのだ。
身体能力は、おそらく、こちらが勝っている。
俊敏さをもって、敵に攻撃の機会を与えない。
その時、ガンと大きな音が轟くと共に、盾に大きな衝撃を感じた。
(これは……)
ルチルは、盾を持つ手に、さらに力をこめた。
再び、ほぼ同じ位置に衝撃を受ける。
3度目には、盾を突き破って、ルチルの左頬と肩の間をかすめ、勢いよく球が通り抜けていった。
(ミキミキの『回転球』!)
ルチルに驚く隙を与えず、続け様に『回転球』が盾にぶつかってきた。
カチカチに凍らせ、強固な弾丸のような勢いで、ルチルの盾をボロボロに砕いていた。
(あの子たちが作ってくれた盾が……)
ルチルは、自らの窮地よりも、盾の損失の方を気にかけた。
そこへ、ルチルの胸の中央に、ドウっという轟音を伴い、容赦なく硬化させた『回転球』が食いこんだ。
ルチルは、一瞬だけ白目を剥いたが、すぐに平常を装った。
(AI審査のダメージ認定が……)
(何を基準にしているのかは知らないけど……)
(見た目で判断しているとしたら……)
(何も無かったように振る舞えば……)
(見逃してくれるかもしれない……)
(ここは我慢しよう……)
(これ以上……)
(バトルポイントを取られては……いけない……)
(勝ち目がなくなってしまう……)
胸骨が砕け、
内臓がねじれ、
痛みを発信された神経は、まるで弓で叩きつけた弦のように激しい振動を見せ、
それでもルチルは、悲鳴をあげなかった。
涙がこぼれそうになったが、それも堪えた。
さらに、右肩に『回転球』が直撃し、耳元でミシミシと音を立てながら、2センチほどめりこんだ。
その勢いで、握っていたダガーナイフが右手から離れ、後方に吹き飛んだ。
「ううっ!」
ルチルは、声を上げずにはいられなかった。
(武器が……)
(攻撃手段を失ってしまった……)
(……でも、まだ判定されていない……)
(顔に出ないように……)
(痛がっていないように見せるんだ……)
(私はまだ平気……)
(ここで終わったら……私の全てが終わる……)
(……終われない)
さらに『回転球』は、左首の付け根と、右脇腹に2発同時に容赦なく激突する。
ルチルの両目から、堪えていた涙がこぼれ落ちた。
AI審査は、ついにルチルにダメージ認定を下した。
B判定。
『強天使』に、バトルポイントが2点追加された。
(……終われない……)
(……終われない……)
(私はまだ戦える……)
4つの『回転球』は、ルチルの体にめりこんだままだった。
激しい痛みが全身を駆けめぐり、顔を涙まみれにしながらも、それでも、ルチルは、前進することをあきらめなかった。
ミキミキは、笑顔でも、怒り顔でもなく、無表情でルチルの様子を見ていた。
その手には、かたく凍らせた『回転球』が1つ握られていた。
ミキミキは、フウと小さく息をはいた後に、ルチルの右足をねらって投げつけた。




