百六
ルチル・ザ ヘプタを含めた『姫檜扇水仙』のメンバーは、全員がエイシード社が開発した『疑似生命体』である。
『疑似権限者』と響きは同じだが、時代は呼称の持つ意味合いを大きく変えようとしていた。
中立的性質を持つ基礎細胞に、特定人物に係る遺伝子情報を吹きこんで生成した個体(俗に『複製人間』や『人造人間』と呼ばれているモノに類似している)に、これまた特定人物を参照した『意志』に関する情報に対して、意図的な加工を施し、組みこまれて製造された人類のことを指す傾向が見えてきたのだ。
WGBG大会規定では、『意志』を持たない個体、いわば『幻影』の参加を認めていないが、『意志』を持つ生命体であるなら、その誕生の由来まで問わないスタンスであるため、『疑似生命体』の参加を認めることとなっている。
このことから、『疑似生命体』は人類である、と世間的に広く認識されている。(追記:批判者がいないわけではない)
『姫檜扇水仙』のメンバーは、各々が氏名を持っているが、それぞれの命名には、合理的な由来がある。
ルチル以外の氏名は、
ジェダイト・ザ ペンタ
クリソ・ザ オクタ
ラズライト・ザ テトラ
であり、それぞれギリシア数字が付帯している。
言うまでもなく、それらは製造番号である。
さらには、第2ピリオドでの出場が予定されているメンバーにも、同様の付帯名がある。
ダイヤモンド・ザ ノナ
エメラルド・ザ ウンデカ
ルビー・ザ デカ
サファイア・ザ ヘキサ
ただし、前述の4名とは、決定的な違いがある。
それは、後述の4名には、別名が存在し、国籍の登録名が、その名義になっているということだ。
このことが示す意図については、物語がもう少し進行したときに明らかにするが、ルチルが抱くチーム運営側への不満は、この特別扱いに主因があった。
『姫檜扇水仙』のチーム構成を二分する要素として、何を根拠としているのか。
ルチルは、この説明をチーム運営側に求めていたが、未だに何らかの回答を得ることはできていなかった。
技術レベルや『意志』の強弱で区別する、いわゆる『クラス分け』に相当する明確さがあれば、何も気を揉むこともないが、戦闘レベルでは、ルチルは、チームでは、ダイヤモンドに続く第2位の強さを誇っている。
つまり、自分より弱い個体が、自分を差し置いて、何らかの優遇措置を受けているのではないか、という疑問がチームへの不審感に繋がっているのだ。
とはいえ、『姫檜扇水仙』のメンバー、すなわちエイシード社が生成する『個体』は、全部が共通して、感情を強く抱かない性質がある。
これは、宋 鵬の『疑似生命体』生成に関する開発方針であり、行動目的の障壁となりかねない感情の保有は、品質の低下に結びつく、という理念に基づいている。
怒りや喜びといった感情の起伏を抑えこまれていることによって、ルチルが荒ぶった行動を取ることは無いが、反抗心や反発心を制御できているというわけではなかった。
納得できない状況に対しての不満は、人並みに抱き、それが言葉となって現れることもある。
不満という感情の発生を抑えきれない場面もあるのだ。
(この闘技に勝利することで)
ルチルは、正面に立つミキミキをじっと見つめた。
(組織が私を見る目を変えてくれると良いけど)
その期待感は、熱を帯びていないように思えた。
(もし、私が敗北したら……その後の仕打ちの方が明らかな気がする)
ミキミキは、涙を浮かべて、ルチルを見つめていた。
(この子は、なぜ泣いているのだろうか?)
ルチルの関心が目の前の女子に向いた。
(姉と義兄が敗北した悲しみ……とかではなさそう……)
(私のことをかわいそうだ、と言った)
(つまり……私のために泣いている……ということだろうか?)
(何で?)
(何のために?)
(私の何を知っているのだろうか?)
(……感情……)
(私も感情があれば、ミキミキが泣いている意味が理解できるだろうか?)
長めのホイッスル。
闘技が再開された。
すぐさま、ルチルは、ミキミキに向かって、突進し始めた。
(今は、この子を倒して、勝利すること)
(それだけだ)
ルチルは、ダガーナイフを持つ右手を頭上まで振りあげ、渾身の力をこめて、ミキミキの額を真っ二つに割るような勢いで、振りおろした。
ミキミキは、その攻撃を左右の動きで交わそうとせず、2つの『回転球』を握っていた右手を正面に構え、ルチルの攻撃を受け止めた。
ルチルのダガーナイフの刃先は、2つ『回転球』の中心に食いこみ、攻撃は制止された。
ルチルが次の攻撃に転じるために、ダガーナイフを引き抜こうとしたが、『回転球』に食いこんだ刃先が抜けなくなっていた。
ルチルは、すぐさま使用不能と判断し、新たなダガーナイフを創作する分のMEをラウンドシールドからちぎり取り、たちまち成形を完了させた。
ラウンドシールドの修復も含めて、その所要時間は、わずか1.5秒程度。
ほぼ連続攻撃に近かったが、ミキミキは、先と同様に『回転球』で攻撃を受け止め、硬化により、武器の使用を不能にさせた。
あきらめずに、3度目の攻撃。
今度は、ミキミキの鼻面をねらった突き攻撃にしたが、1球の中心に突き刺さるように防御された。
試行錯誤で、5回の攻撃を試みたが、すべて同じ形で、武器が使用不能にされた。
ルチルのラウンドシールドは、武器形成でかなりの量のMEを消費し、先の半分程度の大きさまで縮まってしまった。
対して、ミキミキの方は、防御行動の一点張りで、『時間かせぎ禁止』ペナルティを取られないよう、ため息程度の光弾をルチルに飛ばすのみだった。
いわゆる『おべっか』である。
ルチルは、当然に、何なくそれを交わす。
(何を考えているのだろう……)
波一つ立たなかったルチルの心に、しだいに『焦り』という小波が、じわじわと現れ始めていた。




