百四
「行動を担う個体、かつては『幻影』と呼ばれていた時代もあったが、死という機能停止状態に至ったとしても、直前までその個体に宿っていた『意志』と『記憶』を、次に生を得た個体に正しく転送できれば、その者の持つ知識や記憶、身体能力は『伝承』された、と言えるのではないかな」
淡々と語るゴースワンの説明が進行する。
それを傾聴していたフィッシャーは、段々と動揺の影が表情に表れていた。
「さらには、提供個体の設定年齢が若ければ、最盛期の身体を維持することだってできる。
これが、ホノたちが実現した『不老不死』の仕組だ」
「それが、キミの言う『2つ目の意味』だね」
ゴースワンは、「そのとおり」という意思表示を、大きくうなずくことで表現した。
「永遠に存在することを許可された者、それが現在の『権限者』という呼称の対象者たちだよ」
「キミたちも現在的な『権限者』なのか?」
フィッシャーは、屈託なくたずねた。
少なくとも、外見は落ち着き払っているように見えた。
「私は違う」
ゴースワンは、きっぱりと答えた。
「私自身は、自分の意志が永遠に存続することを望んでいない。
それに、時代の流れも、私の存続を望んではいないだろう」
「『権限』を得るか、得ないかは、自分で決めることができるのか?」
「お金で得られるものではないことはわかってる」
そこで、フィッシャーは、怪訝そうに目を細めた。
「妙だな……
もしかしたら、キミは『権限』を得る方法や条件を知らないのではないか?
IMEAの協会長であるキミでも、及ばない領域が存在するのか?」
「その質問については」
喜代子が二人の間に入ってきた。
「ゴースワン会長は、もちろんだけど、私にも答えられませんわ」
「岡産業株式会社が、牛耳っているわけではないのか……
つまり、『強天使』でもない……」
「『強天使』のメンバー全員は、『権限者』として認定されています。その……」
喜代子は、そこまで言って、おどけたような笑みを見せた。
「つまり……現在的な方です」
「その認定は、いったい誰がしているのか?」
フィッシャーの言い方は、いかにも修羅場を迎えているようだった。
「時代……ゴス、キミは、さっき、そう表現した。
いかにも、時代の流れを管理する者がいるように聞こえる。
確かに、歴史を動かすような重要人物を存続させるか、あるいはさせないかを調整できる『認定者』がいれば、時代そのものを都合の良い状況にできてしまうだろう。
その『認定者』は、神の存在と等しく、世界の支配者とも言える」
「ええ、『認定者』はいますとも」
喜代子がそう答えた瞬間から、フィッシャーの口は一文字に閉じられた。
* * *
「いもうとの状況は?」
と、真樹が控室のモニターに目を向けながら、尋ねた。
「平常だと思うわ」
答えたのはジャッキーだった。
「ミキちゃんのメンタル面の成長は、ステキな状況よ」
「でも、お姉さんの姿をしたヒトが、目の前で殺害されるのは、ショックだと思います」
レナが、会話に入ってきた。
「体を新しくして、こうしてお姉さんが生きているんだし……」
ジャッキーがなだめるように言った。
「確かに、割り切れるかどうかの問題なのでしょうけど……」
「レナちゃん」
ジャッキーは真樹の背後に回り、その両肩に手を添え、肩越しに真顔でレナを見つめた。
「このヒトはだれ?」
「真樹さんです」
ジャッキーの質問に、即座にレナは答え、その直後にハッとして、頬を赤く染めた。
「ごめんなさい……私……真樹さんの気持ちも考えずに……」
真樹は、レナに近づき、優しく抱擁した。
ジャッキーは、ニッコリと笑った。
「ジャッキーさん、ありがとう」
と、真樹は言った。
「私たち親友でしょ。気にしないで」
長めのホイッスル。
中断していた闘技が再開された。
残ったメンバーは、両チームとも1名ずつ。
残り時間は、1分と13秒。
闘技場の中央で、ミキミキとルチルが向き合っていた。
バトルポイントでは、『強天使』側が有利な状況だが、場に残った側が勝者になる点では、有利も不利も無い。
ミキミキは、笑ったり、怒ったりする様子はみせず、いつになく無表情を維持していた。
ルチルは、事前に入手していたミキミキに関連する情報とは異なる様子に、戸惑いを見せていた。
(直線が上の分度器のような目じゃない……)
(つまり、今は、怒りモードじゃないってこと?)
(じゃあ、怒っていない……ってこと?)
(……ありえない……実の姉が目の前で殺されてるのに……)
(怒りモードにして、冷静さを失わせる作戦のはずが……)
(それに……)
ルチルは、『強天使』側の控室に目を向け、窓越しに見える真樹の姿に、思わず息をのんだ。
(あれが、あそこにいるのは……きっと、『認定』されていたってことだよね)
(ハーモニー真樹が『認定』されたのは、『強天使』だから? それとも岡産業だから?)
(……いいえ……ここは逆に考えるべきだね)
(………)
(……私が『認定』されないのは、歴史が私を必要としていないから……)
(そして……宋閣下は、歴史を自らが掌握したいと考えている……)
(『予言書』に記されているのは、あくまでも存在の明示であり、『強天使』の個人を特定して示したものではない)
(つまり、私たちが同等か、できれば、それ以上の力を身につければ、『姫檜扇水仙』が『檸檬の天使』になり代わることが可能だ)
(宋閣下が『認定者』となることが、私が認定される、ただ一つの可能性と考えられる)
(でも……)
ルチルは、深いため息をもらす。
(……時代の置き換えに成功しても、『伝承』されるのは、きっとダイヤモンドたち)
(次点の私のことなんか……宋閣下の視界にも入っていないかもしれない……)
(予選リーグを……ほぼ私一人の力で……勝ち抜いてきた実績も、大して評価はされていないと感じる)
(……私は使い捨ての存在……)
(閣下やダイヤモンドたちを盛り上げるための捨て駒……)
(私には何の希望も無いのかもしれない……)
ルチルは、再びミキミキの方に目を向け、「あっ」と、驚きの声を上げた。
ミキミキの両目から、たくさんの涙が流れ落ちていた。
(何?)
(……何が起きてるの?)
動揺するルチルに構わず、ミキミキは、そっとつぶやいた。
「……かわいそうなヒト……なのでし……」




