百三
「そもそも『権限者』とは、何なんだ?」
と、声を上げたのは、ウィルヘルム・フィッシャーだった。
場所は、D国にあるバンクス社内の応接室。
時は、バンクス社と日本の岡産業株式会社との統合契約調印の日。
別の言い方をすれば、WGBG決勝リーグ『強天使』と『姫檜扇水仙』対決の前夜。
立会者は、岡産業株式会社の専務取締役である松川 貴代子と、B国ラズベリースケール社の代表取締役、世界マジック・アイ協会(通称『IMEA』)協会長、WGBG開催委員長を兼任するウィリアム・ゴースワンである。
「何に対する権限を得ているというのか?
確かに、MEが扱えるという状態は、特別な意味を持っている。
が、それも過去の話だ。
かつては、覚醒した『天然の権限者』のみが扱えるという点で、特別感があった。
人工的に創生した『疑似権限者』とは、あからさまな能力差が生じていたからだ。
だが、今では、技術の進歩で、『情報側面』か、『攻撃側面』かのいずれかなどという選択肢は撤廃され、意図的に『蓄積側面』を同時に搭載できるなど、『天然の権限者』の能力を上回る『疑似権限者』も登場するようになった。
『檸檬の天使』の一人として数えられているアド・ブル などは、象徴的な例だ。
彼女の場合、『攻撃側面』も『蓄積側面』も後付だ。
つまり、強さを持つ『権限者』は、造ることができると証明できた。
その『権限者』の強さを示す指標とされている『意志』は、鍛錬が可能で、言わば筋力のようなものだ。
すなわち、ここで言う『権限』には、ヒトを選ばずに、何人でも手に入れられることが可能な点で、特別な要素はすでに無く、言葉の意味も失っていることになるのではないのかな?」
ここで、フィッシャーの口が動きを止めた。
語りが熱っぽくなっているのは、ここ2時間以内に飲み干したジョッキ3杯分の黒ビールの影響が強く出た、と思われた。
「『権限者』の範囲を、最大限に広げれば、そういう解釈になります」
と、喜代子が応じた。
彼女は、勧められたアルコールは当然のこと、すべての飲食類に対して、まったく手をつけていなかった。
「我々が根ざす市場は、もっと狭いものです。
故に、『権限者』という呼称の定義に対しても、フィッシャーさんがお持ちの認識とは異なる認識を持っています」
ここで、喜代子の口が止まり、待ってましたという勢いで、ゴースワンが身を乗り出した。
彼も、アルコールの影響で、燃え上がる赤い色をした頬が、丁寧に磨き上げられた大理石のようなてかりを見せていた。
「ホノのはからいで、私は未だラズベリースケール社の代表でいられているが、すでに私が持っていた全ての権利が、岡産業の支配下に置かれている。
フィズ、キミの疑問は、キヨに向けられているモノと解釈しているが、ここで私が回答することで、その普遍性を証明できると思う。
キヨ、よろしいかな?」
ゴースワンの提案に対して、喜代子は、静かに首を縦に振る。
「結論から言えば、『権限者』とは、死なない権限を持つ者たちのことだ」
「……死なない……」と、フィッシャーは小さな声で復唱する。
その声には、驚きの性質は含まれていなかった。
「その前提条件として、自らに対して『治癒』が使えなければならないが、基本的に、この『才能』は、本能的に発動する性質があり、これが機能している限り、『権限者』は死なないのだよ。
例え、脳や心臓を弾丸で撃ち抜かれ、常人であれば即死するような重傷を負っても、当人に生きたいという気持ちがあれば、再生できる。
それが、『権限者』は死なない、の1つ目の意味だ」
「その場合は、例外がある」
と、フィッシャーが異を唱えた。
「斬首されたり、身体が粉微塵に吹き飛ばされ、『意志』が身体に行き渡らない状況になるか、『枯渇』や『封印』でMEが使用できなくなれば、『権限者』と言えど死ぬ場合がある。
キミの言う『死なない』には、条件が付いている」
「そこで、2つ目の意味が登場するのだよ」
ゴースワンは、愉快そうな笑みを見せる。
* * *
真樹とオイゲンは、静かに『強天使』チームの選手控室に入室した。
控室にいた全員が闘技場内に入り、誰一人残っていなかった。
闘技場には、心臓の中心を貫かれて、絶命した二人を囲むように、チームメンバーが輪になっていた。
「こりゃ、見事に貫かれたな」
と、段が感心しながら言った。
「やり方が卑劣ですわ」
レナは、不服顔で言った。
「通常なら、『治癒』が無意識的に発動するから、絶命には至らないはずです。
それを『封印』までするなんて……
殺すことが目的にしか見えないです」
「まあまあ」と、段がなだめた。
「WGBGは、基本、『すもう』と似たルールやから、ぶん投げたり、吹き飛ばしたり、すっ転ばせたりするような攻撃が中心や。
胸突き刺す、なんて攻撃、瞬間で『治癒』使える相手に、それで転んでくれるかなんてな、可能性低いな。
そやから『封印』して、身動き止めなしゃあないから、やったんや」
「あの……」
と、ルチルが申し訳なさそうな顔で、会話に加わってきた。
「段さんのおっしゃるとおりの事情です。
フォロー、ありがとうございます」
「控室に、真樹さんとオイゲンさんが戻ってきたようですよ」
レナの発した声で、場内にいたチームメンバーの全員が視線を控室に向けた。
「早かったな。じゃ、戻ろか」
段は言うと、ミキミキに向けて、手を振った。
他のメンバーもミキミキに手を振り、ぞろぞろと戻っていった。
段は、立ち去る前に、ルチルを見た。
「あんたは敵や」
と、冷たくつぶやき、くるりと背を向けて、去っていった。
ルチルは、無表情を維持しながらも、段の背中を見送った。
さらに、重たい攻撃的な空気がルチルを包み、そこから生み出された浮遊感により、バランスをくずしそうになった。
明らかに、ヒトから意図的に発せられた、言わば気合いのような重圧が、突然、ルチルの周りに現れたのだ。
ルチルは、ハッとして、その重気圧の発生源と思しき方角に目を向けた。
そこには、ゆっくりした歩調で、控室に戻ろうとする梨菜の姿があった。
梨菜は、怒るでも、笑うでもなく、きりりとした表情で、ルチルには目もくれずに、前を通り過ぎていった。
《すごい気圧……あれが、矢吹パンナ……》
対して、ルチルの視線は、長身の梨菜に釘づけになっていた。
《あの感じ……ダイヤモンドと同じだ……》




