百二
ルチルは、ジャッキー・ロワイヤルの退出に伴い、自らが感じていた違和感も解消したことを実感した。
時間のズレ、そして位置情報の消失、こちらからの攻撃が当たらず、不意をつかれてばかりだったのは、全てがジャッキーによる情報操作が原因だったのだ。
知らないうちに、自分たちは攻撃を受けていた。
最初に、ジャッキー・ロワイヤルを倒さなくてはならない戦術は、正直な話、全く考慮していなかったが、今は、その有効性を、ルチルは理解できていた。
場当たり的な意識改変でも、結果的にできたことが、ルチルには幸運だった。
闘技中は、狂わされっぱなしだった感覚をもって、その原因とするジャッキーを攻略するのは至難の業に思えるが、ジェダイトが倒された後の小休止の時に、ルチルはジャッキーの位置を覚えていた。
そして、闘技再会後に、幻惑攻撃を行う前のジャッキーを真っ先にねらいに行ったのだ。
自らの攻撃の敏捷性は、長所として自負している点だ。
オイゲンと真樹の二人をあざむくことができた。
思いどおりに作戦が成功した。
少し気分が良い。
まだ、不利な状況下ではあるが、良い流れが自分に向いてきたと思う。
少なくとも、今の自分は幻惑の影響を受けておらず、見えているモノ、感じとれるモノ、時間の流れが、ありのままの情報として収受できている点は、大きな改善点だ。
「ジャッキーのフォローが無くなってあげてしまったのは、痛いな」
と、オイゲンは嘆き、舌をチッと鳴らした。
「あれの俊敏さは、まともに相手をしてあげるとなると厄介だ」
「相手も必死なのよ」
と、真樹が続いた。
「たった一人になっても、くじけていないことよ。
冷静にジャッキーさんを攻略したのは、むしろ褒めてあげることよ」
「ハニー、あれを相手にして、褒めてあげるなんて余裕は無いよ」
長めのホイッスル。
闘技が再開された。
オイゲンと真樹の考えは一致していた。
再開と同時に、ルチルに先制攻撃を仕掛ける。
今度は、姿を見失わないように、相手の動きを注視する。
「相手に動きはない。大きな盾で防御する姿勢のままだ」
「あの盾は頑丈よ。正面からでは崩せないことよ」
「では、両側から同時に攻めよう。
あれが盾の後ろから消えるのを見逃してあげてはいけないよ」
「ずっと見えてることよ。
あの子……まるで身動きしない……
何か企んでいるのかも」
「敵の姿が見えているなら、それ自体が我々の標的としてあげられるよ。
そして、我々は、最速の攻撃行動を取っている。
躊躇は無用」
ルチルの使用武器は、右手に持つダガーナイフのみ。
重厚な大盾を左手だけで支え、自在に動かすだけの筋力を備えていない。
いわば、防御壁と同様の扱いしかできていない。
大盾を挟むように、両側からオイゲンと真樹の同時攻撃を仕掛ける。
この大盾では、いずれかの攻撃を交わそうとすれば、もう片方に背を向けることになる。
逃げ場は無い。
作戦の成功率は高い。
ルチルは、大盾を真正面に構え、両側から同時に攻めてくる二人をじっと見つめていた。
石のように身じろぎひとつしないのは、不意打ちによる驚きや急展開による竦みが招いたものではなく、純粋に冷静さを保てたところによる。
「……ダメ……」
ポツンと一人残されたミキミキは、思わずつぶやいた。
その小さな声がオイゲンと真樹の二人に届きようがなかった。
たとえ、届いたとしても、二人の行動を止められる機会は、すでに逸していた。
ルチルの大盾は、瞬時にV字型の、まるで闘牛のツノのような武器に変わっていた。
2つの鋭い尖端が、オイゲンと真樹の左胸に向かって伸びた。
二人の攻撃行動は、ただ勢いに任せていたため、ルチルの装備の変化は、もちろん想定外だった。
ツノは、二人の胸を貫き、それは背中から外に出た。
まさに心臓の中心を貫いた串刺しだった。
「封印」
お約束のようにルチルは唱え、反撃の締めとした。
AI審査は、全く待ち時間を介さず、即に二人の死亡を判定した。
悲鳴も、喧騒もなく、冷酷な攻撃手段により、静かな最期を遂げた。
場内も静まり返っていた。
だが、その静けさも束の間。
闘技中断の長めのホイッスルが鳴り響くのと同時に、悲鳴と慟哭が、場内全体を包みこんだ。
ミキミキは、一言も声を上げず、ただ全身を震わせていた。
『強天使』の陣営は、控室にいた全員が動揺して闘技場に流れ出た。
対象的に、姫檜扇水仙の陣営は、事前事後ともに風景に変化がなく、1ミリの興奮状態も見せていなかった。
「ダイヤモンド」
そう呼ばれたのは、中央の大きめのソファに長めの脚を組んで、座っている女子だった。
全員が同じ容貌で、ダイヤモンドも例外ではないが、群を抜く身長と、筋肉質の体型は、他とは明らかに異なる存在感を示していた。
「ルチルは、しぶとくやってるわね」
伝えられたチームメイトの評価に対して、ダイヤモンドは不快そうに眉をしかめた。
「ルチルは、前座チームでは、ただ一人の強者だよ。
他のメンバーは、ルチルがしぶとくやるための支援役に過ぎない。
ルビー、ルチルは少なくともアンタより強いね」
ルビーと呼ばれた女子もまた眉をしかめた。
体格の違いはあるが、表情は鏡に写したように全く同じだった。
「まさに予想どおりの展開だね。
でも、ルチルを褒めてあげるのは、まだ早い。
バトルポイントでは、まだ敗けてるし、ここで倒される可能性だってある」
ダイヤモンドは静かに言い、惨劇となった闘技場を冷ややかに見つめた。




