百
WGBGに出場できるだけの卓越した『権限者』であるならば、自らが受けたダメージに対する『治癒』行動は、反射的に実施できるように訓練されている。
このことは、闘技の参加規程に盛りこまれているわけではないが、ほぼ全ての選手が該当能力を身に着けていた。
殺傷効果が、自らが保有するMEに依存する構造であれば、何ら制限を設けられていない闘技において、致命傷を受けるリスクは、当事者たちには、当然に受け入れられており、その対処となる『治癒』能力を身に着けるのも、当然の流れで広まってきたのだ。
身体がこっぱ微塵にされても、即死で絶命していなければ『治癒』は可能。
ゆえに、『権限者』たちは、『権限者』に対して、致命的なキズを負わせる程度の攻撃を、1ミリの躊躇も抱かずにできてしまうのである。
ジェダイトは、上腕から切り落とされた右腕を、左腕で拾い上げ、当たり前のように右腕上部の切断部分を、右肩の切断部分に近づけた。
この場面での注目点は、右腕の位置関係には、正確さを要求されていないことと、ジェダイトが平常心を維持していること、そして、武器として使用していたME製のマシンガンが見る見るうちに小さくなっていったことだ。
『治癒』には、まず平常心が必要である。
冷静さを失った状態では、五体が正常な状態をイメージするのに必要な集中力が得られず、つまり、まともな治療はできない。
もし、被災者が冷静でなくなっていたのなら、他者に治療を任せた方が良い。
被災者が気絶していたり、脳性麻痺により思考停止を起こしていた場合も然り。
ジェダイトに限らず、『姫檜扇水仙』のメンバーは、全員が、どのような状況に陥っても慌てたり、取り乱したりしないよう、訓練を受けていた、というよりは、そういう性質を備えた者ばかりを集めたチームと言えた。
容姿が全員同じであるなら、そういった性質が備わっている母体からの写しだということになる。
ジェダイトの右腕は、切断された痕跡を残さず完治された。
床に落ちた血液などは、スタッフやロボットなどにより、これも跡形もなく速やかに除去されていた。
『姫檜扇水仙』へのダメージ認定はC。
つまり、『強天使』に勝ち点として3点が加算された。
2人を倒し、さらに勝ち点が3点、圧倒的に『強天使』がリードしている。
だが、ジェダイトへの攻撃当事者である真樹は、不満げに頬をふくらませていた。
「あの子……右腕を切り落とされても、少しもショックを受けていないことよ」
身体への攻撃は『治癒』されてしまうので、攻撃側が最も期待する効果は、精神面へのダメージである。
先にも述べたとおり、精神の乱れが『治癒』に影響する上に、さらには、その後の戦意喪失にも繋げられるからである。
「それは、私たちも同じでしょ」と、ジャッキーが応じた。
「仮に、真樹ちゃんが正気を失ったとしても、私が『治癒』してあげるわ。
真樹ちゃんの身体の隅々まで、再現できるわよ」
真樹は、いたずらっぽい笑顔をジャッキーに返した。
闘技の中断が解除され、闘技者たちの視線が、一斉にお互いの敵側に向けられた。
目に見える露骨な戦闘態勢など見せなくても、全員の目は、戦意で燃え上がっていた。
「ルチル、あなたのMEを分けて」
ジェダイトが言った。
「闘技中に、名前を呼び合わないルールでしょ」
容姿が同じでも、呼びかけ合う名前で判別できる。
役割を見えなくする利益に反する、というチーム方針に基き、ルチルは、真面目に注意を与え、ラウンドシールドの角の一部を割って、サッカーボールくらいの塊をジェダイトに渡した。
割られたラウンドシールドは、全体を小さくする整形が、速やかに行われた。
「ごめん」
ジェダイトは、受け取った塊を、すぐに『筆』の形に加工した。
限られたMEを節約使用するために、武器も小型にした。
この加工プロセスを1秒以内で完了させたのだが、ミキミキが発射した『回転球』が、すぐ目前まで迫っていることに気づき、慌てて迎撃体制をとった。
『筆』の銃口を『回転球』の方に向けた瞬間に、ジェダイトの真横に、真樹が右手側のククリナイフを上段に構え、今にも振り下ろそうとする直前の姿勢で現れた。
「また……」
ジェダイトは、またもや右腕が切り落とされるという、げんなりした感情に見舞われた。
フンと吹きもらした鼻息は、これまでわずかでも見せていなかった嫌悪感をよく表していた。
回避行動を取る機会を逸し、動きを止めて、真樹の攻撃を受け入れようとしているジェダイトを、ルチルは、フォローの動きを1ミリも見せず、ただ静観するだけだった。
真樹は、振り下ろしたククリナイフの刃先がジェダイトの右肩に触れる手前で、動きを静止させ、左足の膝で、ジェダイトの背中に蹴りを繰り出した。
予想外の背後からの攻撃に、ジェダイトは、あっさりと前に倒れ、両手を床に着けた。
長めのホイッスル。
3人目の敗退が認定された。
ルチルに申し訳なさそうな顔を見せながら、ジェダイトは退場した。
ルチルは、ジェダイトには全く視線を向けなかった。
「4人の内、3人が敗退してくれたわけだ」
と、オイゲン。
「あまりに順調過ぎてコワいね。
残り一人になってしまったけど」
オイゲンは、ルチルに語りかけた。
ルチルは、両肩を持ち上げ、ふふっと笑い声をもらした。
「今までも、そうだった」
ルチルは、平然と言った。
「いつも、私一人で、ここまで来たのよ。
ここだって、そう。
最初から私一人で闘うつもりだったわ」




