十
岡産業株式会社の経営層が、毎月一日に集結する役員会議、通称「ついたち会議」の開会前の風景。
ここに集合しているのは、取締役や各部門責任者の執行役員に就任している紳士淑女たち三十数名である。
年齢層は高めだが、中には二十代女性も含まれており、代表取締役会長の美園 仄香が打ち出した能力至上主義が反映している組織体となっている。
新たな顔ぶれとして、研究部に、柴田 明史が加わっている。
役職は、執行役員、研究部長。
その隣には、大和撫子的美貌を備えた、うら若き女子の日向 夕子が着席している。
彼女は、まだ二十代でありながら、すでに執行役員、研究部長代理の職位に就いている。
理系大学および大学院を修了後、当時、研究顧問だった美園 仄香に憧れて、岡産業の研究部に入社した才女で、在籍四年という短い期間でありながら、製品開発に繋がった研究成果をいくつも打ち出して、社に貢献し、スピード出世を果たした。
このたびの人事では、柴田が舞い込むように、彼女の上司に着任したのだが、柴田の持つ知識や技術力の高さは認めており、特に二人の間で、ギクシャクは起きなかった。
才女好きの柴田は、もちろん日向のこともお気に入りで、ハートを浮かべた瞳を何度も彼女に向けているが、当の彼女は、少しだけ、柴田とは距離を置いている空気を漂わせている。
そこへ、会長の仄香と、秘書の蛭沢 桃(愛称は『ピンク』)が入室する。
一同は起立し、「おはようございます」と、声を整えて、会長を迎える。
「おはようございます」
仄香は、朝の挨拶を返すと、ロの字型に配置されたテーブルの中央席に、ピンクと並んで着席する。
「ショーちゃん」と、仄香は、右側席の前寄りに座る青年に声をかける。
エクボができる少しポッチャリした顔で、猫のような愛嬌のある眼をしたこの青年は、岡産業株式会社の社長である岡 政夫(愛称は『オカセイ』)の次男の岡 将司(愛称は『オカショー』)である。
年齢は、まだ十七歳で、現役の高校生だが、役職は、今期から常務取締役に昇進し、生産部責任者を務めている。
「今日は、参加してくれたのね。ありがとう」
「議事進行の当番ですから」
オカショーは、鼻の下を擦りながら、言う。
いつもは、『ついたち会議』には参加していないのだが、今回は、珍しく顔を見せていた。
「それに、会長から参加するよう指示がありましたし……会長指示には、逆らえませんよ」
一同から、ドッと笑い声が上がる。
「ショーちゃん向けのサプライズがあるの。楽しみにしててね」
仄香は、オカショーに、ニッコリと笑顔を向ける。
「はあ……」と、言いながら、オカショーは会議次第が表示されているタブレットを引き寄せる。
通例ならば、第一号議題に入れられる財務経理部門による収支報告が、今回は第二号に回され、会長による連絡事項がトップに入れられている。
「それでは、四月の『ついたち会議』を開会いたします」
オカショーが声高らかに開会の辞を唱える。
「進行は、岡 将司が務めます。今日から、常務取締役に昇進させていただきました。未熟者ですが、引き続き、皆様のご指導を賜りますことを、よろしくお願い申し上げます」
オカショーがペコリと頭を下げると、一同から拍手が沸き起こった。
「さて、第一号議題ですが……会長からの連絡事項となっております。よろしくお願いします」
「はい」と、仄香は、左から右へと首を動かし、集まった幹部たちの顔ぶれを確認した。
「先日の『IMEA』で協議した内容について、皆さんに報告します。『疑似権限者』に関する事業活動に伴う倫理の乱れが、国内では、まだそれほど深刻化しておりませんが、海外では、かなり深刻な問題とされているようです。
松川専務の功績により、海外での事業展開が好調に推進し、当社も、短期で一兆円企業と成り上がっていけたわけですが」
そこで、仄香の左側に着席していた中年女性が、軽く頭を下げる。
「当社によるサービス提供が濫用され、乱れた社会への起因とされるのは、当社としても、不本意な状況と言えます。事実として、C国の治安の乱れは、非常に顕著な問題となっており、早期の解決が望まれるところです」
もう一度、改めて、仄香は、左から右へと首を動かし、聴衆たちに視線を向ける。
「『IMEA』では、会員事業者のサービス提供により、生じた悪影響を正す義務が、我々にはあると認識し、施策を打ち出すこととしました。その施策については、次の目的を満たすモノである必要があります。
①全ての『権限者』が興味を示し、大衆に広くアピールできるものであること
②濫用や、犯罪で得られる経済的効果を、はるかに上回る報酬要素があること
③積極的参加により、業界の技術力向上に繋がること
自動車業界に例えるなら『F1グランプリ』のような発想です」
一同に、ざわめきが生じる。
「会長が、発言中です。ご静粛に」
社長であるオカセイの注意で、一同は静まり、仄香の次の言葉に注目する。
「そして、協会長のウィリアム・ゴースワンから出てきた提案内容について、お話しします。それは、『権限者』が対抗する闘技大会を開催する、というモノです」
今度は、さらに大きなざわめきとなる。
もはや、オカセイの注意も及びそうにない程度に広がった。
そして、オカセイ自身も、仄香の報告に、かなりの動揺を示していた。
「お静かに願います」
仄香自身が鎮静を図る。
一同は、静まり返る。
「闘技大会というのは、『権限者』の『攻撃的側面』を駆使して戦闘力を競う、まぁ、一言で言えば、バトルです。各社から選抜したチームを対抗させる形式になりそうです。
「まだ決定ではありませんが、二週間後に臨時の協議会を開く予定で、そこで決定事項となる見込みです。当社からも、結成したチームを参加させたいと思っています」
再び、場がどよめく。
仄香は、一同の動揺を楽しんでいるかのように、ニンマリと微笑んでいる。
「闘技大会は、どのくらいの規模を想定しているのですか?」
質問したのは、オカセイだった。
「数十チーム……と考えています。提案者のゴスは当然ですが、C国の宋 鵬が、かなりの積極姿勢で、複数のチームを送りこんでくると思います」
「やれやれ……とんだ余興ですな」と、オカセイは、首を横に降る。
「そうも、言っていられないのですよ、マサオさん」
仄香は、オカセイを見つめて、言う。
「すでに、ゴスのB国では、『ギフターズ・バトル・グランプリ』(通称『GBG』)という興行として、相当規模のエンターテイメント市場に発展していて、一万人以上が収容できる専用の闘技場も建設したそうです」
「何とも……」
オカセイは、言葉を失っている。
「ゴスは、さらに、世界大会規模とするWGBGとして開催するつもりです。最初の大会は、B国のアリーナで、行われることになると思います」
「当社は、あくまでも参加というスタンスですか?」
質問したのは、財務経理部門の石崎だった。
彼の立場から、出資の程度を確認したかったのだろう。
「いいえ」
仄香は、あっさりと否定する。
少女のようにキラキラと輝く瞳を見て、石崎は思わず固唾を飲む。
「やるからには、私は、世界一のWGBGチームを育てたいと思っています。目標は、もちろん、優勝することです」
「い……育成となると……」
石崎は、喉まで出てきて、詰まり気味になっている様々な言葉を、整理するかのように、そこで咳払いをする。
「いろいろと準備が要ります。当然に、先行投資も……見返りは、どの程度を想定して……」
「優勝賞金は百億円です」
仄香は、石崎を遮って答える。
「百億……優勝賞金は破格ですが、収益としての見こみは?」
「その事についての説明をする前に、皆さんに紹介したいヒトがいます」
仄香は、声を弾ませ、隣に座るピンクの方を向く。
「桃ちゃん、お願い」
「はい」と、ピンクはスッと立ち上がり、退室したかと思うと、すぐに戻ってきた。
ドアを開けたままにして、脇に引き下がり、「どうぞ」と、外に向けて、声をかける。
すると、『北高』の制服を着た長身の美少女が入室し、一同から、わぁと声が上がる。
「羽蕗さん!」と、オカショーは叫び、思わず、その場で立ち上がる。
梨菜は、黒瑪瑙のような瞳を輝かせ、優艶な笑みを浮かべて、オカショーを見つめた。




