トーヤと魔法学園女子寮殺人事件 急展開、そして
「でも!」
ばんと両手にテーブルを叩きつけてトーヤは続けた。
「キャサリンさんをあらかじめ呼び出して殺し、後から死体を運び込んだとなると…エステルさん、寮の外にいたあなたにも犯行が可能ということになるんですよ!」
「待った!」
その発言に待ったをかけたのはアネルだった。
「トーヤ君、その考えはあまりにも飛躍しすぎじゃありませんか?エステルさんは昨日一晩ずっと私と一緒にいました。あなたも見たでしょう?」
「そうですよ、どうしてそんな話になるんですか!」
アネルに同調してエステルも声を上げた。
「うん、見ましたよ。君たち二人を、だけどそれは今朝のことなんです。アリーセさんが殺されたのは真夜中の2時。アネルはその時間何をしてた?」
「……寝て…いました。」
「そういうことです。四六時中アネルがエステルさんを監視してたわけじゃない。アネルが寝ている隙に部屋を出てアリーセさんを呼び出して殺害することが可能なんだ!」
「いやいやいや、パートナーが外に出ようとしたらいくら私でも気づきますよ!」
「そうですよ、アネルさんが気付かないわけないじゃないですか!」
アネルと一緒にエステルも反論してきた。
トーヤはその反論にひと呼吸置くと、再び話し始めた。
「申し訳ない、順番に話します。
この事件にはエステルさん以外全員アリバイが無いし、僕の推理した方法なら誰でも犯行が可能ということになります。
そこで僕は事件への切り口を変えてみました。トリックから推理するのではなくて動機を考えることにしたのです。」
「動機…ですか!?そんな…動機だなんて…私がアリーセを殺したいほど憎んでたってことなの!?そんなのあり得ないですよ!」
「それはこの場にいる全員が同じだと思います。アリーセさんが人に殺されるような恨みを持たれていたら誰かがそのことを証言するはず。僕はどんな些細なことでも証言してくださいと言いましたからね。
だけど話を聞く限りアリーセさん自身は何の問題も無い人物のようだった。」
「だったらなおさら…」
「だけどブラウン寮長がこんなことを言ってましたよね。「王宮魔法院の採用試験にエステルさんだけが不合格になった」と。採用されたのはアリーセさん、キャサリンさん、クリスタさんの3人。もしこの3人の中の誰かが死んでしまった場合、採用枠が一つ空くことになる。そこで不合格となったエステルさん、あなたが繰り上がりで再採用される可能性が出てくるんだ。」
「そ、そのために私がアリーセを殺したっていうの!? 仮にそうだとしても…月並みなことを言いますけど、証拠はあるんですか?」
トーヤはその言葉を受け止め、本当のことを言った。
「証拠は…ありません。」
「ほらやっぱり!結局無いんじゃないですか、これじゃあ私を犯人にすることはできませんねえ!」
「証拠があるはずが無いんだ。あったらアイグナー刑事が持ってくるはずです。」
「え…?」
「この寮のことを調べた時、おかしいと思ったんですよ。今は春休みで寮には数えるほどしか人がいないのに夜中に焼却炉で火をつけるのかって。
たった5人しかいない寮でゴミを処分するならわざわざ焼却炉なんて使わずに専門業者に引き取ってもらった方が手間が省けます。
では何故夜中に焼却炉が稼働していたかというと、犯がはアリーセさんを殺した証拠を焼却炉で燃やしたのです。だから証拠はもうありません。」
「結局私を犯人にする証拠は無いってことですよね。それじゃあ…」
言いかけたエステルの言葉をトーヤは遮った。
「ここで一つ思い出してください。犯人はアリーセさんの死体を部屋に運び込む時、どうやったか。クリスタさんの証言では台車に大きな荷物が乗っていたと。その荷物こそアリーセさんの死体だったのですが、死体をそのまま運ぶわけありませんよね。誰かに見られたら大変ですから。だから死体を隠す必要がある。ではそれはどうやって?」
「そ、そんなの…私が知るわけないじゃないですかあ!」
「死体を外から見られないようにするためには、大きな布のようなもので覆う必要がある。毛布で包んだか、カーペットを巻き付けたか。おそらくカーペットでしょう。
僕はアリーセさんは犯人の部屋に呼び出されたのではないかと睨んでいますので。犯人の部屋で殺されたのだとしたら、アリーセさんの血がカーペットに残るはず。犯人は現場を偽装する工作のついでに血で汚れたカーペットを捨ててしまえば証拠品の処分も出来るのです。
キャサリンさんの証言でこんなのがありましたよね。「家具は全て寮に備え付けてある」と。」
「ま、まさか…!」
「エステルさん、あなたの部屋を見せてもらえませんか?」
その言葉を聞いたエステルはがっくりと肩を落とし、椅子に崩れ落ちるように座り込んだ。
そしてうつろな目で下を向いて小声でぼそぼそと呟いた。
その表情は…笑っている。
「ふふふ…トーヤさん、すごいです、想像力が豊かなんですね。確かに私の部屋にカーペットはありません。ジュースをこぼしてしまったから処分したんですよ。」
「うっ…!」
苦しい言い訳だが、血の付いたカーペットそのものが存在しないのだ。
部屋を見せろと言った時に勝負がついたと思っていた。
でもここで粘るのか…!正直ここで粘られたらトーヤに打つ手は無い。
新しい証拠品を探しても…おそらくエステルは全て処分してしまっている。
もう手元に無いものならどんな無茶な言い訳をしても確認する術が無いのだ。
「もうキャサリンが犯人ってことでいいですよね。ダイイングメッセージはアリーセが書いたんです。私はこれから部屋を片付けたりと忙しいのです。ふふっ。」
トーヤが額に脂汗を浮かべて頭をフル回転させ、考えた、とにかく考えた。
現場にはもう決定的な証拠品となる物は無い。犯人が全て焼却炉で処分してしまったからだ。
アイグナー刑事がいつまで経っても戻ってこない辺り、焼却炉に都合よく燃え残ったものなど無かったのだろう。
エステルは昨晩何をしていた?
アネルとデートをして朝まで二人で過ごしたと本人は言っているが、眠っているアネルの隙をついて外に出ると、こっそりと寮に帰ってあらかじめ呼び出しておいたアリーセを、自室で殺害。
そして死体をアリーセの部屋のシャワールームに運び込み、偽ダイイングメッセージを残した。
そして証拠品を全て焼却炉で処分すると、再びアネルの部屋に戻ってアリバイを作った。
この事件は全員アリバイが無いため、誰でも犯行は可能だった。
証拠が一つ残らず処分されている以上、その方面から犯人を割り出すことは不可能。
だけど被害者のアリーセは人から恨みを買うような人物ではなく、殺す動機があるのはエステルだけだ。
待てよ、エステルは犯行現場に向かう前、どうやってアネルの目を掻い潜ったのだろう。
アネルが言うように寝ている最中でも恋人が部屋から出たら気付くはずである。
だけど彼はそのことに気付かなかった。意図的に気付かせないようにする手段があったはずだ。
アネルの部屋には最低限生活に必要な物しか置かれていない。
着替えの入ったクローゼット、一人用のベッド、そして小さなテーブル。椅子は無い。ベッドに腰を掛けて使うからだ。
そうだ、トーヤはアネルを叩き起こした時に「それ」を見ていた。エステルがアネルに外出を気付かせないための手段!
「!」
無いと思っていたはずの決定的な証拠を見つけた瞬間だった。
トーヤは大きく深呼吸をすると、集まっている人物全員に目配せした。
死体を発見したクリスタ。そのクリスタと一緒に部屋の鍵を開けたブラウン寮長。事件現場に一度足を踏み入れたキャサリン。そして鉄壁のアリバイがあったエステル。
「ボルン警部。アネルの部屋にある水の入ったコップを調べてほしい。睡眠薬が検出されるはずだから。」
「そんな…!」
トーヤのその言葉を聞いたエステルは今度こそ椅子から崩れ落ち、床に座り込んでしまった。
そして、小さく息を漏らしてアネルを見上げる。
「私、アネルさんのこと、信じていたんですよ。」
「え?」
「アネルさんって近所でも無能な探偵って噂が広まってたから、あなたなら絶対にキャサリンを犯人にしてくれると思ったんです。
でも、とても優秀な助手がいたんですね。」
そう言ってエステルはトーヤをちらりと見やった。
その顔に表情は無く、悔しさも悲しさも無い。
それどころかここまでたどり着いたトーヤを称賛するかのような晴れ晴れたしたものすら感じ取れた。
「あーあ、就職失敗した時、こんな計画立てずに誰かのお嫁さんにでもなっておけばよかったなあ。」