トーヤと魔法学園女子寮殺人事件 現場到着
オールドローズ魔法学園。
アルノルト探偵事務所から徒歩10分のその学園にたどり着くと、ぐるりと周囲を見回した。
殺人事件が発生したという話はすぐさま広まったのか、校門前に大勢の野次馬が集まっており、二人と顔見知りの若い警備員が野次馬が学園内に入らないように立ちはだかったいる。
事件のあった学園は一時的に閉鎖され、校門は固く閉じられていた。
トーヤと並んで校門の前に立ったアネルが門の取っ手に手を掛ける。
「入れないようなので鍵開けの魔法でも使います?」
「やめておきなよ。すぐにボルン警部たちが来ると思うから。」
「私はこの学園のOBだから勝手に入ってもお咎め無いと思うんですけどねえ。」
「ああそういえばアネルは魔法学園を出てるって言ってたね。」
「まあ、鍵開けの魔法なんてこの世に存在しないんですけどね。」
「どうしてアネルはいつもそうやって意味のない嘘をつくの?僕には少し理解できない。」
「何ででしょう。だけど意味のある嘘というのは時として残酷なんですよ。」
そう言えばアネルが副業で描いている小説は男と女による嘘と本当の駆け引きが主題の恋愛小説だったことをトーヤは何となく思い出した。
「もしかして小説の締め切りが近いの?」
「ん?どうしましたいきなり。もしトーヤ君が代筆してくれるのなら私は恋人と愛を語らいながら過ごせるのですが。
ああ、トーヤ君はこういうことはあまり興味が無いんでしたっけ。私はあなたが女性を連れているところを一度も見たことが無いが…もったいない、実にもったいない。
あなたの人間性は少し真面目すぎると思うんですよ。もちろん真面目で悪いことはあまり無いのですが、あまりにも真面目だと他者に堅苦しい印象を与えてしまう。それも実にもったいない。
ちゃらんぽらんになれと言ってるのでは無いですよ?少し肩の力を抜いて生きてみたらどうかと思うのです。肩の力を抜けば自然と心も豊かになる。そうすると余裕もできてそれが人を惹きつける。
トーヤ君、あなたに足りていないのは心の余裕です!」
「あ、はい…もう何かどうでもいいや。」
それこそ意味の無い演説を早口でまくし立てるアネルだが、彼はこの魔法学園で魔法を学んだ魔法使いであったことを随分前に聞いたことがあった。
アネルは魔法学園卒業後、魔法使いとして王宮魔法院に入ったエリート魔法使いだったが、一年足らずで退職してこの街に小さな探偵所を構えたのである。
せっかく魔法の才能があったというのに何故安定した生活を捨てて探偵や作家などという収入が不安定な職に就いたのか。それはトーヤも知らなかった。
アネルは先の謎の語りから分かるようにおしゃべり好きだが自分のことはあまり語らないし、トーヤも無理に聞き出そうとはしなかった。
二人は一つ屋根の下で同居こそしているが、お互い必要以上に干渉しない。そういう関係だった。
「おお、アネル殿にトーヤ君、待っていましたぞ。」
門前に集まっている野次馬をかき分けて茶色い背広を着た恰幅のいい紳士と、彼とは正反対でやせ型の青年が二人の前に現れた。
「ボルン警部、それからアイグナー刑事、おはようございます。」
アネルとトーヤは二人の警察官に向かってお辞儀をすると、ボルン警部はポケットから手帳を取り出してぱらぱらとめくった。
「早速事件のあらましを説明しましょう。
殺人事件の現場はこの学園の女子寮。被害者の名前はアリーセ・バルマー、15歳。この学園の生徒ですじゃ。寮で割り当てられておる自室で頭を殴られ死亡しているのを同級生のクリスタ・ベッカーが発見した。
クリスタさんが言うにはアリーセさんが起きてこないので部屋に起こしに行ったら鍵が掛かっていたので寮長に鍵を借りて開けて中を見たらアリーセさんが死んでいたということですじゃ。」
「犯行は夜間ってことでいいのかな?」
トーヤが尋ねると、ボルン警部は大きく頷いた。
「うむ。死亡推定時刻は今日の午前2時ごろじゃよ。
ここで一つのポイントじゃが、第一発見者のクリスタさんは部屋に鍵が掛かっているから鍵を借りて外から開けたということじゃ。これがどういう意味か分かるかね?」
その言葉に一つ頷いたのはアネルだ。
「発見前は部屋に鍵が掛かっていた…なるほど、密室殺人ってことですね。」
「そうじゃよ。」
アネルの言葉にボルン警部は満足そうに大きく頷き、横にいたアイグナー刑事が背筋を伸ばして口を挟んだ。
「ボルン警部はこの難事件を自力では解決できないと10秒で判断したためお二人に事件解決を依頼したということであります!」
「そういうことじゃ!」
「相変わらず無能ですね、ボルン警部は。」
アネルがにこやかに答え、そしてそのままトーヤの肩に手を置く。
「トーヤ君。私も推理なんて出来ないので、この事件はあなたの頭脳に掛かっていますよ。」
「ですよねー、知ってた。」
事件解決を10秒で諦めた警察と、推理が出来ない探偵事務所所長。
一体何のために現場に来ているのか分からないが、いつものことなのでトーヤは軽く流した。
アネルの抱えてる二つ目の問題点。それは探偵事務所を構えているのに推理が出来ないことであった。
「ボルン警部、とりあえず犯行現場を見せてもらえないかな。」
「構いませんぞ。私についてきなされ。」
そう言ってボルン警部は閉鎖されている校門とは別に、教職員用の裏口からトーヤとアネルの二人を女子寮に案内した。そして歩きながら事件に関する補足説明をする。
「今はこの学園は春休みでしてな、ほとんどの生徒が帰省しており寮に泊まっていたのは被害者のアリーセさん以外4人、生徒3人と寮長の女性1人だけじゃよ。」
「つまり現状容疑者はその4人ってことでいいのかな?」
「ふむ、そういうことになりますな。
この学園には厳重に魔法で結界が張られておるので部外者が侵入したらすぐに寮長が気付いたはずじゃしのう。容疑者はその4人と考えてくれて構いませんぞ。
その4人には寮の食堂で待ってもらっておる。話を聞きに行きますかな?」
「先に現場を見たいなあ。被害者の身辺ことを知っておきたいし。」
「そうですか、では案内いたしますぞ。」
寮は2階建ての小ぢんまりとした佇まいだった。ざっと見て収容人数は20人といったところだろうか。
寮生以外は自宅からの通学、もしくは学校外のアパートで下宿していたのだろう。
この近辺は家賃が安く、学生も多いことからレストランや宿屋のメニューもリーズナブルさを売りにしている店が多い。
アルノルト探偵事務所もその恩恵を一身に受けていた。
そうこうしている内に二人は二階にある被害者の自室であり、犯行現場にたどり着いた。
部屋の扉は開け放たれており、出入り口の前に一人の警備員が立って現場を保存していた。
ボルン警部は「ご苦労」と言って帽子を脱ぎ、現場に入って行く。
トーヤとアネルもそれに続いた。
部屋の中は異様な雰囲気だった。
殺害の際、被害者のアリーセは殺された時よほど抵抗したのか女の子らしくピンクを基調とした家具や調度品がカーペットに無残に散らばり、現場の凄惨さを物語っていた。
「こっちじゃよ。」
ボルン警部が部屋の奥にあるドアを開けた。ドアにはシャワーのイラストのプレートが付けられており、そこがシャワールームであることが一目で分かった。
トーヤとアネルはベッドルームからそのシャワールームをのぞき込み、思わず息をのんだ。
そこには亜麻色の髪と、真っ白な肌をしたパジャマ姿の少女が乾いた壁にもたれかかるような体勢で座り、頭から血を流して無残にも死んでいた。