第23話 ダンブルで買い物
「〈双蛇〉!」
「ガウッ!」
マリーは前方で食い止めているカリンの脇を通してランドタイガーを鞭で二度打ち付けると痛みに怯んだのか一瞬動きが止まる。
「〈十字斬り〉!」
「‥‥〈ダブルスラッシュ〉。」
空かさずクラウスとレオンが追撃を畳み掛け、ランドタイガーが倒れ伏す。
「短期間で大分上手くなったな。」
「そうですわね。乗馬で鞭は使ってましたけどこの鞭とは種類が違いますのに思ったよりも扱い安いですわ。」
「乗馬って何処のお嬢様よ。」
乗馬で使う馬上鞭は棒状の物であるがマリーが使っているのはブルウィップと呼ばれる種類の紐状の鞭である。
歴史的に見れば棒状の鞭は武器として使われ、紐状の鞭は牛をコントロールする為の農具として使われた物である。
棒状の鞭は1メートルに満たない長さの物がほとんどでしなりを利用した直接打撃を与える鈍器の様な特徴があり扱い安いのだが、紐状の鞭は1m~8mの長さの物を振り回して打つので扱い難い。
だがヘッドスピードは音速に迫り、人間の皮膚を容易く切り裂けてしまう。また手練れであれば相手の手元を狙って武器を打ち落としたり、直接絡め取って奪う事や手足を縛って捕らえる事、接近されれば束ねて殴ることもできるので用途が広い。さらに相手からすれば攻撃がどこから襲ってくるか読み辛いため、防御も難しいとされている。
マリーは生産系スキルを上げる為に器用さにほとんどステータスポイントを振っているので鞭の扱いに苦労しなかった。
「ミヤビもルイもクラウス君もあまり驚いてないみたいだけど?」
「俺は馬に乗ってるのを良く見るので。」
「家では流鏑馬をやってるのがいるからな。」
「自分も的も動かない弓道よりも面白いので好きでやってますね。」
ミヤビとクラウスがルイに視線を向けるとルイ補足する。
「一体どういう家何ですの?」
「まぁ、アナタ達はどっちも常識はずれよ。」
マリーが顔をひきつらせて言うがカリンが呆れながらツッコミを入れた。
「『鞭にしようか』と言われた時は本当に最初は冗談だと思いましたのよ。」
「オレも半分はネタのつもりで提案したけど思った以上にハマって良かったわ。」
現在、村を出て5日経ちダンブルの街を視界に捉える程の距離にいる。麗華が言った通りここに至るまでゆっくりした進行速度だったが無意味に過ごしていた訳ではない。
一番レベルの低いマリーにレベル上げも兼ねて鞭での戦闘
と仲間との連係、回復するタイミング等生産スキルには関係ないものを徹底的に教えながら進行していた。
レオンは少しぎこちない部分があるが野良のパーティを組む事があったので連係に少しずつ慣れつつある。
だがヒーラーのマリーが加わった事でミヤビ達にも問題が浮上した。今までヒーラーが居らず回復はポーションと自然回復に頼っていた為、HPが減ると自然とポーションを頼ってアイテムボックスを開いてしまうのだ。
ポーションを取り出す間は隙が出来てしまうが使うのは主にタンクのカリンであり、今まではポーション使用の間はミヤビかクラウスがポジションをチェンジして対応していた。マリーが加入したことでその必要が無くなったが習慣を急に変えられる訳もなくうっかりアイテムボックスを開いてしまうのだ。
5日掛けて漸く慣れてきたがマリーのレベルが低く魔力もほとんど上げてない事もあり回復力が低いので強い魔物が出て来た場合回復が追い付かない可能性があるが今のところ問題はなさそうである。
そして少し経つとダンブルの正門に辿り着いた。
「街に入ったら分かってますわね?」
「別に逃げる訳もないから構わねえよ。じゃあ悪いが後は頼んだ。」
「大した事じゃないから任せとけ。」
ミヤビとマリーはダンブルでやることがある。とはいえほぼマリーの要望にミヤビが付き合う形である。麗華はミヤビの為にマリーの素材選びに付き合うように付いてきて、他のメンバーは宿を取ったり、ギルドに情報収集に向かう為に街にくり出した。
「どうしても必要か?」
「誰が何と言おうと必要ですわ。そんな中途半端な装備は神が許しても私が許しませんわ。」
「まぁ強化出来るんなら好きに作ってくれ。」
ミヤビの防具の腕と足は武器としても使うため今ある最上の素材を使って作って貰ったがそれ以外の頭と上下、腰は未だにアウルベアの装備を着けている。
マリーとレオンを除く他のメンバーは全身今の最上の装備を着けている為、ミヤビのアウルベアの装備と比べて各部位で防御力に20以上の差が出ている。それでも今まで回復役がいない状態でHPを全損することなく戦っていたのだからミヤビの戦力が異常であることが分かる。
それだけならマリーは何も言わなかったがミヤビの赤い腕と足に青い頭と上部、黒い下部の装備は色合い的にもデザイン的にもマリーのお気に召さなかった。
赤桃山中腹を越えた魔物から獲られる素材はほとんどが赤い色合いの物が多く、マリーとレオンを除くミヤビ以外は全体的に赤色を基調とした全身装備を作ったがミヤビは腕と足しか作っておらず中途半端な装備になっている。なので街に着いた時にはマリーが他の装備を仕立てると言い出したのだ。
そして現在、主な素材は持っているので細かい素材や道具を買いにミヤビとマリー、麗華は街を見て回っている。
「作るのは良いとして鍛治は何処でやるんだ?鍛治屋に頼んでも普通は貸してくれないと思うぞ。」
「私の様に鍛治をしながら冒険者として活動する人達の為に鍛治ギルドで一般的な物ですけど火炉を貸し出していますの。それに服飾ギルドも同じ様に作業場所を貸し出していますのでそれらを利用するつもりですわ。」
場所は問題無し。ダンブルに着く間に主な素材の下処理を済ませて他の素材も買い出し中、今日作り始められれば明日には出来上がるようである。
そうこう話すうちにもマリーは店で商品を鑑定しては素材選びに注力している。中にはマリーが鑑定出来ない物もあり、麗華が代わりに鑑定して助言している場合もあった。
高性能で優れたデザインの装備を作ろうとする職人の気質もあるだろうが女の買い物は長い。
雫もそうだが服を選ぶ時は特に長い。自分の服だけならともかく煌雅の女装する時の服も雫が選んでいる事もあり女性との買い物は極力避けるようにはしていたが今回は自分の物なので退屈ではあるがミヤビは我慢している。
素材を手にとってはミヤビと見比べて思案顔しているマリーを見てミヤビは女の買い物は長いと思った。作って貰う立場であるので文句は言えないが。
「あぁ、そうでしたわ。ミヤビの防具の改良ついでに武器も改良しますので斧も後で預かりますわ。」
「斧も強化するのか?」
素材を見ながら思い出したように告げるマリー。
「先程言いましたように強化というより改良ですわね。貴方の戦い方を見ていると特に下段からの切り上げの際に柄を蹴り上げようとして大きい刃が邪魔になっていることが良くありますもの。足癖が悪いと言えばそれまでですけどそれが貴方の戦闘スタイルなら仕方ありませんもの。刃の消耗を抑えるのに柄を回して両刃で均等に攻撃しているのも分かりますけど戦闘の妨げになるのでしたら両刃である必要はありませんわ。」
基が格闘術を使うミヤビは威力を上げる為に切り上げに合わせて柄を蹴り上げる事があるのだが、その場合大抵は柄の下の方を持っている。柄の中間の辺りを持っているとマリーの指摘通り蹴り上げる際に斧刃が邪魔で蹴り上げられないのだ。だが性質上実践で柄の下の方を持つことは少なくそもそもそんな大振りをしては反って隙を作ってしまう。この後のイベントの事を考えても対人戦に於いて大きな隙になるだろう事は想像に難くない。
道中の戦闘は自分の事で手一杯かと思ったが職人だけあってしっかりミヤビの戦闘を見ていたようだ。
「柄の長いクレセントアックスに成りますけど片刃が無い分軽くなって威力は落ちますが振り回すのが楽になりますわ。重さが欲しいなら精製し直して刃が大きくなりますけどより強度の高いものにできますわよ。」
刃渡り85cmある通常のクレセントアックスより若干大きい斧刃を両刃に付けた大斧で重量に扱いも慣れていたが使い方を変えないといけないようだ。
「マリーがそう思うなら任せるわ。オレは元々斧の扱いは素人だからな。」
「なら何で斧を使うんですの?」
初めて聞いた事にマリーが空かさず質問を投げる。
「さっき言っただろ、素人だからだ。」
如月家は武術一家だ。素手に限らず鈍器、刀剣、長柄、投擲、射出類の武器の対策の為にそれらを扱う術も身に付けている。
銃器がある現代では廃れてきた技術であるが武器を使う相手と相対する可能性がない訳ではない。だが武器を使う者も基本的に携帯出来る物を使う者が多く、剣、刀、ナイフ等の殺傷力の高い刀剣類は特に多い。
斧も物によっては携帯出来るので煌雅もそのサイズの物なら扱うことが出来る。だが長柄類のサイズとなると取り回しのいい槍や薙刀、ハルバードくらいなら使えるが重量のある戦斧は扱ったことがないのでその点が素人であると言わざるを得えない。煌雅にとっては扱うことがない武器を扱うからこそ面白いのだ。
「それに大きい武器にはロマンがある。」
今の斧でさえ現実では大きく重過ぎて少数の対人戦に向かない物だがゲームのステータスによっては振り回すのに苦労しないので振り回すのが楽しい部分もある。
「素材も買ったことですし何としても鍛治ギルドに行きますわよ!」
一旦昼食を挟んでまたマリーの素材選びに付き合い漸く買い物が終わった。
「最初に防具を作るんじゃなかったか?」
「そうでしたわ!では服飾ギルドに行きますわよ!」
武器の話をしていた所為でうっかりミヤビの防具の事が頭から抜けてたマリーは意気揚々と店を出ると同時に駆ける馬蹄の音が聞こえた。
「退いてくれ!急いでんだ!」
馬上で叫んでいる人の声がすぐ近くで聴こえミヤビは即座にマリーの腕を引き身体を引き寄せると目の前を馬が駆けていった。
「危ねぇなあの野郎!大通りで馬を全力で走らせる奴がいるか!?」
周りを見てもこの喧騒に困惑しているようなので今の騒ぎがこの街の日常ではない事は分かった。
「往来でいつまで抱き合ってるんじゃ!?目立つから早く移動せんか!。」
「ああ悪い、マリー行くぞ。」
少し膨れっ面の麗華に軽く謝るとミヤビはマリーの手を引いて服飾ギルドに向かう。麗華だけがミヤビに引かれるままに移動しているマリーの頬が少し赤かったことに気付いた。




