第17話 赤桃山の狩人達
「そこまで!」
道場内に制止の声が響く。
「はぁ……はぁ………ありがとうございました。」
二人の男を除く約50人程が息も絶え絶えに床に転がっている。
「お疲れ様兄さん。」
そこに黒髪ロングストレートの美少女がタオルを持って道場の中心に立っている男、彼女双子の兄煌雅に向かって歩いている。
「サンキュー、雫もお疲れ様。」
煌雅の双子の妹雫からタオルを受け取り流した汗を拭き取っていく。
「朝食の準備をまだしているようなので先にシャワーを浴びてきた方がいいと思いますよ。」
「そうか、雫はもう浴びてきたようだな。」
雫は稽古着でなく私服を着ており既に朝稽古を終えシャワーを浴びた後のようで髪から柑橘類の少しさっぱりとした匂いが煌雅の鼻腔を擽る。
「煌雅と雫の稽古を朝に詰め込んでやったがそれ程にそのゲームは楽しいのか?」
立っていたもう一人の男が話しかける。煌雅と雫の父雅紀である。
煌雅は普段朝2時間、夕方3時間で稽古するが内容をハードにして朝稽古を5時から3時間キッチリ稽古を詰めて今日の稽古をなしにして貰ったのだ。
「あぁ、感覚にズレがないから他と違ってちゃんと楽しめそうだ。」
「私はその辺は分かりませんが風景や街並みとかも綺麗で気に入ってます。兄さんと同じで戦闘も本気でやれますし楽しいですよ。」
「そうか。」
「ってことで本気でゲームやるから暫くオレ達の稽古を朝に詰めてくれ。」
「まぁいいだろう。こやつらも最近弛んでるみたいだから引き締めさせよう。」
道場に転がっているのは弟子と雅紀が武術を教えている警察官の人達である。雅紀が煌雅の朝稽古に用意した人材であったが一時間の乱取りの末誰も煌雅を倒せなかったのだ。
「父親としては嬉しい結果だが師としては優秀過ぎる弟子を抱えて稽古に苦労する。」
思わず溜め息が零れる雅紀を気にすることなく煌雅はシャワーを浴びに行った。
World・Guardian・Storiesを起動させエルヴィスで目を開ける。昨日は麗華の家に着いた時点で11時(23時)近く回っていたので夕食を済ませ薬湯をした後は五人で予定を擦り合わせてからログアウトしたのでこの時間帯でクラウスとスイはログインするはずだ。今日はリアル(現実)で土曜日だから学校は休みであるがスイとカリンは部活があるのでログインは午後からになる。現在リアルで9時ぐらいであるからエルヴィスでは20時程だ。
「師匠いるか?」
「遅い!早く滝行に行くぞ!」
台所に顔を出すと麗華が腕を引っ張って外に連れ出す。予め麗華に目覚める(ログイン)時間を伝えていたので驚いてはいないようだがいきなり修業になるとは思わなかった。
「ちょっ!今からか!?」
「そうじゃ!今日はまだ終わっておらぬからな。」
ルイ(雫)も一緒にログインしてるのだが麗華がやる気になっているのでやむなく滝行に向かった。
~クラウス~
「ルイちゃん。ミヤビは?」
「麗華さんに連れられて修業に行ったみたいです。」
ルイのチャットでミヤビから連絡が入っていたようだ。
「夜なのに大変だなとは言うもの俺達も狩りをしないといけないんだけどね。」
食事付きの設備が充実した場所にを安い料金で泊めさせて貰っているがまだゲームが始まって程ない守人には決して安くない料金だ。
狩った魔物の素材を貯めてまとめて売却しないと少ししたら金が尽きてしまう。
「でもレベルを上げる良い機会でもありますし、山で野宿するより良いですよ。何よりお風呂があります!」
常に周囲を警戒していないといけない野宿より魔物が襲ってこない安全な宿泊場所の方が良いのは分かるが、お風呂がある事に女としてそこだけは譲れないとでも言うように言葉が力強かった。
エルヴィスでは一昨日であるが入ったお風呂がよっぽど気持ち良かったのだろう。ミヤビが言うには近くの温泉を引っ張ってきているらしい。
ミヤビの修業もその温泉の源泉近くで行っているようなので後で見に行っても良いかもしれない。
「目下の目的は素材集めだな。」
「えぇ、二人だけですが行きましょうか。」
「グルゥウウ」
「勿論ルナも一緒ですよ。」
そしてクラウスとルイは夜の山に繰り出した。
現実の13時、エルヴィスで翌日の20時頃全員がログインする。ミヤビ達もリアル(現実)の昼食時に一時ログアウトしたが漸く全員揃ったのだ。ミヤビの滝行も午前中に終わり現在は自由時間である。
「それじゃあ早速狩りに出かけるか?」
「アタシ達のレベルだけ置いてかれるのも嫌だからね。」
「うん。」
「オレも並ばれたからな少しでも経験値が欲しい。」
「職業レベルはまだミヤビの方が上だろ。」
「種族レベルと職業レベルではレベルの上げ方が違うと言うこと?」
「そうなのでしょう。後は人から教わると言うのも関係するのでしょうか?」
今の所ミヤビと他の人達との差はそれぐらいしかない。暫く経過を見ないと何とも言えない。
「時間があるうちに行くぞ。」
話を中断し山に入って行く。山の特に木々が生い茂るこの環境はレベルで劣っているミヤビ達には有利に働く事も多い。
昨日はクラウスとルイはクラウスとルナが敵を引き受けルイが木の上から射抜くという最早作業といえる狩りをやっていたそうだ。
クラウスが気配察知を持っているので魔物を探すのもそこまで苦労はしてなかっただろう。全く効率的な狩りだ。
「カリン!止めて!」
「分かってるわ!はぁっ!」
アウルベアの攻撃を両手の盾で受け流し足止めする。
「グゥオオォっ!」
アウルベアの顔にルイの矢が当たり悶える。
「はっ!」
悶える間にカリンと入れ替わるようにクラウスが間に入り正面から袈裟斬りする。
「【ウィンドカッター】!」
更に追い打ちにスイの風魔法がクラウスが付けた傷口を抉るとアウルベアは力尽きたように倒れる。
「オラよっと!」
一方ミヤビは一体のアウルベアの攻撃を斧によるカウンターで首を両断すると二体のアウルベアと対峙する。脇目でクラウス達の様子を見ると一体を倒して別の個体と戦っている。
(此方も早く終わらせるか。)
ミヤビは自身を軸に身体ごと斧を回し、勢いが付くとペン回しのようにミヤビの周囲に斧を回していく。
その状態を維持したままミヤビがアウルベアに向かって駆け出すとアウルベアも向かって来る。
振りかぶった爪を躱わすとすれ違い様に肩に遠心力の乗った斧を当てるとほとんど抵抗なくアウルベアの腕が斬り飛ばされる。勢いそのままにもう一体のアウルベアに向かうとミヤビは斧の柄を長く持ち大きく振りかぶる。
「渾身の〈フルスイング〉!」
武技を使ったミヤビの一振りはアウルベアが襲うよりも速く胴を薙ぎアウルベアの体を上下に分けた。
武技使用の硬直はあるも腕を落とされたアウルベアは追いかけるにもバランスが悪く遅い。硬直の解けたミヤビは斧を背負うと【纏魔】を使い左手に魔力を集めて詠唱を開始する。
「水よ、伝え。」
ミヤビが言葉を紡ぐと左手に野球ボールくらいの水玉が現れる。それからアウルベアに向かって駆け出す。
ミヤビの接近に立ち上がったアウルベアが残った腕を振るがミヤビに躱わされ懐に入られる。
「【水響波】」
ミヤビが放った掌底はアウルベアの体の芯を捉える。水玉はアウルベアの体に入るように消え体内の水分に衝撃を伝え響かせる。アウルベアの動きが止まり体を硬直させる。スタン状態になったのだ。
「火よ、散れ。」
ミヤビは続けて詠唱し右手にバレーボール大の火の玉を作る。そのままアウルベアの体の前に右手を持ってくる。
「【火散】」
火の玉が弾け火の粉が散る。至近距離で受けたアウルベアは体を浮かせ1m程後方に飛ぶ。地に足を着けるもアウルベアは数歩進んでうつ伏せに倒れた。
(実践で初めて攻撃魔法を使ってみたがなかなか使えるんじゃないか?)
ミヤビが見たβ版プレイヤーが書き込んだ情報では道士は使いどころが少ない職業と書かれていたがあくまでもレベルアップで取得出来るものであってそれ以外の武技や魔法が使いづらい訳ではない。ただ麗華が一切弟子を取らなかった為道士の情報が全く入らなかったのだ。
「そっちも終わったようだな。」
ミヤビが戻ると四人で二体目のアウルベアを倒して待っている所だった。
「労力は違うがな。」
レベル差がほとんどないのにミヤビ一人で三体に対しクラウス達は四人と一体で二体のアウルベアを倒している。
「オレは戦い慣れてるし装備の違いもあるだろ。」
武器は全員既製品であるがミヤビの武器は高火力の鋼鉄製斧であるうえ防具はオーダーメイドでシリーズ装備の効果もあり火力が上昇しているのに対しミヤビを除き攻撃力が一番高いクラウスでは鉄製の長剣、効果のない既製品の防具では防御力の高いアウルベアには不利である。
魔術師のスイも知力があってもまだ威力のない初級の魔法しか使えない。クラウスとカリンが前線で足止めしてくれていたが敵との距離が近いことでもありフレンドリーファイアに気を付けて魔法を使わないといけない為使用頻度は少なくなる。それはルイの弓も同様だが精度が高いので問題にならない。
問題は従魔のルナの方でグリフォンの特性を活かし死角に回って空中からの攻撃をしていたのだがそれがスイの魔法の妨げの原因でもあった。
総合的に見て連携と装備、火力が不足していると言えるがそれとは別にミヤビ単体の戦闘力が異常なのであり比較的に上手くやっている。
五人で朝方まで狩りを続けてから家に戻ると麗華が料理を作っている所だった。
その様子を呆然と見ていたミヤビ達であったが、
「ほれっ、呆けとらんでさっさと肉を出さんか?他の料理が冷めてしまうじゃろう。」
麗華に材料の提供を催促される。
「ああ、悪い。ほいっ。」
「うむ、後は肉だけじゃから出来るまで待っとれ。」
ミヤビから狩ってきた肉を受け取ると麗華は料理に戻る。
「朝食のタイミングが良くないか?ミヤビ?」
「まぁ、すぐ食えるなら良いじゃねえか。」
それから少しして麗華の料理がテーブルに置かれる。ミヤビには見慣れてきた光景だが人数が人数なのでいつもより量が多い。
「見てたのか?」
ミヤビにはタイミング良く麗華が料理をしていた理由に心当たりがあった。
麗華に弟子入りした時に麗華が赤桃山に入ったミヤビを終始見ていたと聞いたからである。
「お主に何かあったら儂が困るからのう。と言ってもいつも通り起きたのに誰も居らんからその分暇になっただけじゃ。それより夜通しで狩りして修業が出来ないなんて事はないじゃろうな?」
「当たり前だろ。三徹までは余裕だ。」
「自慢にならんが大丈夫そうじゃな。それじゃ今日もこれ食べたら滝行じゃからな。」
「おうっ、お前らも狩り過ぎに注意して頑張れよ。戻ったら練習に付き合ってやるから。」
「分かっています。」
「そうだね!」
「そうね。」
そしてミヤビは修業へクラウス達は狩りへと出掛けたのだった。