第16話 到着
「あれは………」
ミヤビが呟く。
「ワイルドボアじゃな。」
「えっ!?」
「見りゃあ分かるわ。」
土煙を上げながら大きな牙を持つ3m大の猪が向かって来ている。
「レベルも13だし、どういう事だ?」
他のメンバーを置き去りにミヤビと麗華で話が進む。
「まぁ恐らくこの間のアレの所為じゃな。」
アレとは勿論氷狼ガルムの爪の件である。
「アレでここまで逃げてきたって言うのか?生態系が滅茶苦茶だな。」
「こればかりは仕方ないじゃろう。それよりもどうするのじゃ?」
森の中ではないので木を使った立体的な動きは出来ないが【纏魔】を使えば速さで上回れるので避けるのは問題ないはずだ。だがそれはミヤビ一人に限った話であり、他のメンバーはミヤビ程能力は上がっていない。
「予定変更だ。ルイ以外は下がって、ルイは俺に当てないように弓で援護してくれ。」
「分かりました。新装備の腕慣らしには丁度良いかもしれません。」
「私の魔法は不要ですか?」
遠距離攻撃なら魔法でも良いのだがルイの弓術と違ってスイがどれ程の腕を持ってるか分からない。
「あの猪と格闘戦の中でフレンドリーファイアをやらない自信があるなら使って構わないぞ。」
とだけ言うとスイも流石に言葉を詰まらせ、大人しく引き下がる。
「アレの説明は後でしろよ。」
「分かってる。」
クラウスは一言言ってからカリンと一緒に下がる。
「基本オレ一人で突っ込むけど油断だけはするなよ。師匠も、もしもの時は頼むぞ。」
「任せておれ。」
ミヤビが地を蹴り、ワイルドボアに正面から突っ込む。背負った斧を振り上げ衝突のタイミングに合わせて身体を回転、遠心力も乗せて袈裟斬りする。
ワイルドボアは本能的にミヤビの一振りの威力の危険性に気付き勢いをそのままに正面から斧に自前の大きな牙を振るう。
見た目美少女の振る斧と3mの猪が振るう牙、体格差はあれど拮抗する力。それ故にお互いに突っ込んだ反動で身体が弾かれるのだがミヤビは直前に手の力を抜きワイルドボアの力の一身に受けた斧が大きく弾かれミヤビの手から離れる。
そのタイミングで後方から飛来してきたルイの二本の矢が寸分違わずワイルドボアの両目に突き刺さる。
「ブグォオオオ!」
悲痛の叫びを上げワイルドボアが暴れだすがミヤビ問題なく側面に回り込み拳を振るって滅多打ちにしている。その間ルイも30mくらい離れた距離から敵の動きに合わせて位置を変えながら矢を放ち続ける。
「………見事じゃのう。」
その様子を見て麗華が呟く。
「どういう事ですか?」
スイが麗華の呟きを耳にし、理由を尋ねる。クラウスは理由が分かっているからただジッとミヤビとルイの様子を見ている。スイとカリンが麗華の言に耳を傾ける。
「お主らには見辛いかもしれぬがルイが放った矢は全て命中しておるぞ。」
そして命中部分が眉間、両前後足で援護射撃として全く無駄のない箇所に計18本の矢が刺さっている事を説明する。無論ミヤビに当たっていない。
その技術がどれ程のものかを理解したスイとカリンは驚きを隠せないでいた。図体が大きいとは言え、暴れている獲物に狙った箇所に正確に当てるルイの弓術に説明した麗華も表情を引き攣らせているのだ無理もない事だろう。
程なくして戦闘を終え、ミヤビは戻る途中で弾き飛ばされた斧を拾ってルイと一緒に手招きしている。その合図に四人と一匹が双子の元に歩いて行く。
「この分だと赤桃山のフォレストモンキーとアウルベアなんかも降りてきてるだろうからさっさと行くか。」
「その前にアレの説明をしろ。」
「それも歩きながらするわ。」
歩きながらミヤビは二日前のガルムの爪事件を説明したが根本的な原因が分からない以上どうしようもないのでとりあえず全員納得して赤桃山に向かった。
道中でミヤビが懸念していた通り赤桃山の魔物と戦闘した。ただフォレストモンキーは多くても10体前後、アウルベアも1、2体ずつとミヤビの時に比べれば圧倒的に少ない数としか遭遇しなかった。
だが赤桃山の魔物が降りてきた所為で生態系も少し変化したのかレベル7のウルフ20体程の群れとそれを率いるダイアウルフと遭遇した。
ダイアウルフ
性別─雄
状態-健康
LV 12
HP 102/102
MP 59/59
筋力 79
体力 59
知力 52
精神力 48
敏捷 87
器用さ 47
これまで楽しんで戦いをしていたミヤビの表情が変わる。ミヤビのステータスは筋力、知力、敏捷に重きを置いているが体力が低いのに対し、ダイアウルフは筋力と敏捷に特化したステータスでミヤビより敏捷が大幅に上回り【纏魔】を使っても速さで遅れをとる相性の悪さである。
だが、体力が低いのはダイアウルフも同じなので筋力に対する相性の悪さはお互い様であるのがせめてもの救いである。
「お前らに雑魚共は任せる。」
「ああ、ダイアウルフは頼んだ。」
「余裕があれば援護します。」
「任せる。じゃあ行ってくる。」
現在のパーティのレベルから考えて真っ当に戦うのは得策でないのでミヤビは群れのリーダーであるダイアウルフに突っ込んだ。
「雑魚は任せるってそっちに行ってるのですが。」
スイの言った通りウルフ達は突出したミヤビに真っ先に襲い掛かる。至極当然である。
「いえ、アレで大丈夫です。俺達の相手はアイツのおこぼれですよ。すぐに追いかけましょう。」
ミヤビの行動が分かるようでクラウスはミヤビの後を追い、ルイはルナに指示を出して弓を構えルナはクラウス同様ミヤビの後を追う。スイとカリンもとりあえずといった感じで後を追う。
四人の前方ではウルフ達がミヤビの足によって攻撃が届く前に次々と蹴りを飛ばされている。
ミヤビはブレイクダンスのように全身を使い回転力を上げてアクロバティックな動きで蹴りを繰り出している。長いミヤビの髪がほとんど地面に着かない程勢いがあるのに正確にウルフの身体を捉えている。
色々な方向に飛ばされたウルフ達をルイの放った矢が追撃し、更にミヤビの後方に飛ばされたウルフはクラウスが仕留めていく。
その様子を見て二人も役割を理解し、ウルフの追撃に移る。カリンは立ち上がり間際のウルフを盾で押し潰すように殴り、スイはウルフが離れて仲間を巻き込む心配が無くなり風魔法で追撃している。
そしてスイの前に腕を振り上げたダイアウルフが現れる。
「スイ!」
カリンの声が掛かる時にはスイも持ってる杖を盾にして構えていたがダイアウルフの腕が振り下ろされることはなかった。
「お前の相手はオレだ!」
ミヤビが横薙ぎに振るった斧に反応してダイアウルフが攻撃を中断、横に跳び斧を回避する。
「逃がすか!」
ミヤビは空かさずダイアウルフを追い、スイもすぐにウルフ達の追撃に戻る。
だが、ダイアウルフは敏捷を生かしすぐにミヤビ横に回り横撃する。ステータス的にダイアウルフの攻撃は躱しきるのは無理だと判断したミヤビはダイアウルフの攻撃にガードを固めるのではなく攻撃に合わせて拳を振るう。
ミヤビが狙っているのはカウンターではなく相手の攻撃を迎撃すること。中途半端な回避行動を取れば間違いなくまともに攻撃が入る。体力の低いミヤビとしては絶対に避けたいことだ。
それだけでなく仮にダイアウルフの攻撃を回避出来てもそれによって仲間と距離が近付くことも避けたい。ダイアウルフの攻撃をミヤビは避けることが出来てもステータス的に他が出来ないのでダイアウルフの注意をミヤビが一手に引き受ける必要がある。
(その為の迎撃!)
ダイアウルフの爪とミヤビの拳がかち合った結果ダイアウルフの前足が跳ね上がる。筋力と武器の性能もあってダイアウルフより攻撃力が上であるので当然と言えば当然の結果である。
(ヤバッ!)
明らかに攻勢に出るチャンスだが、ミヤビの心境は真逆であった。
ミヤビはダイアウルフの助走による力の増加を視野に入れて拳を振るった。ワイルドボア同様に互いに弾かれるように。
しかし、ミヤビの拳はダイアウルフの攻撃をあっさり弾き振り切ってしまった。ミヤビが力を余さず相手にぶつけた証拠でありダイアウルフがまだ余力を残している証拠でもある。ミヤビはすぐに振り切った拳の勢いを利用して一歩踏み出し蹴り上げる溜めを作る。だがダイアウルフは既に余力を使ってミヤビに噛み付こうと口を開けて牙を向けもう噛みつくだけの状態にある。
(間に合うか!?)
そんな疑問が浮かぶもミヤビの動きに一切淀みがない。
そして今にも噛み付こうとするダイアウルフの動きが硬直した。その瞬間をミヤビが見逃す筈もなくミヤビの渾身の前蹴りがダイアウルフの顎を正確に捉え2mある狼を二足歩行させる。
ミヤビの攻撃がこれで終わる訳もなくそこからボクシングのスマッシュ、肘打ちから掌底、回し蹴りをしたところで吹き飛ばされながらダイアウルフの前足が地に着くがミヤビが胴回し蹴りでダイアウルフの脳天を打ち落とし、そのまま踵落しで追撃、そしてサッカーボールキックの構えを取った所でダイアウルフが光になって消えた。
ダイアウルフが一瞬動きを止めた理由は端から見れば明らかである。タイミングよくルイの放った矢とスイの風魔法が当たり怯んだのだ。
何はともあれダイアウルフを倒し統率が崩れた。逃げたウルフは追わず、出来るだけ数を減らして戦闘を進めた。
「最後の援護はほんとに助かったわ。アレがなかったら喰われてたからな。」
戦闘後、赤桃山に向かっている最中ミヤビが礼をする。
「いえ、間に合って良かったです。」
「間に合ったなら良かった。」
「アタシ達は捌くので手一杯だったね。」
「前衛ですから。敵が集中しちゃいますから仕方ないですよ。」
敵のヘイトを稼ぐのはパーティ戦における前衛の基本的な役割なので今回の戦闘でクラウスとカリンはしっかりと役割をこなしたと言える。
「ミヤビがおったとはいえお主らのレベルでよく捌けたものじゃ。」
麗華が言ったように少しウルフを捌いたとはダイアウルフはミヤビが引き受け20体程のウルフは四人と一体で捌いたのだ。ルイとクラウスの実力は知っているので大したダメージを負わないと思っていたがスイとカリンも特に傷はなかった。
「ルイとクラウスのことは知ってるが二人とも意外とやるもんだな。」
「私達だってこの程度は稽古でよくやる。」
「そうよ。一対多数なんて稽古ではよくやるの。試合では絶対あり得ない状態なのに。」
カリンはあまり一対多数の稽古が苦手らしく恨みがましくスイに続いて言う。
試合は一対一でしかあり得ないのでカリンの言う通り大会の練習としては意味がないのかもしれないがその稽古がゲームで役に立っているのは非常に遺憾であろう。
ミヤビ(煌雅)の場合は仕事も手伝っていることもあり学校でほとんど練習せず家の稽古で実戦を想定した乱取り等に殆ど時間を費やしているし、ルイ(雫)も学校での練習は早々に切り上げて家で弓に限らず色々な武術の稽古を積んでいる。クラウス(悠真)も二人に付き合い剣道のみとはいえ如月家で一対多数の稽古を六年積んでいるので三人に苦手意識はない。
それからもダイアウルフは出会さなかったが他の魔物と数回戦闘をすると山が見えてきた。
「やっと着いたか。β版と見た目は変わらないな。中身は大分違うようだが。」
とはいえここから降りてきた魔物のお陰で戦闘は充実し皆種族レベルが上がりミヤビ以外は職業レベルも上がった。ステータス的にもミヤビなしでも充分戦っていける。
「さてと、あまりのんびりとしていられないから走って行くぞ。」
もう既に日が落ちており、夜目を持つミヤビ以外のメンバーに夜目を取得させて山に入る。山の中ではフォレストモンキーの群れに追われた経験があるミヤビは麗華の家の方向に一直線に駆けていく。道なき道を木々を躱しながら走っているがこの山にも踏み固められた道はあるのだが麗華の家の周りに敷地と呼べる場所はあってもそこに至る道がないので道に沿って進んでも辿り着けない。
ここでの頼みの綱は場所を知っているミヤビの案内なのだ。
だが森を突っ切れば勿論魔物とも遭遇する。
「ミヤビ、この逃走劇はいつまで続くんだ?」
「無論師匠の家に着くまでだ。」
「いい加減面倒なんだけど?」
「疲れる~!」
「ミヤビは一人で来たんじゃからお主らももう少し頑張るのじゃ。」
フォレストモンキーとバットの群れに追われ数を減らしながらも残り5分の1の距離まで進んでいる。
「家に着けば後は師匠がどうにかしてくれるから踏ん張れお前ら。」
回し蹴りでフォレストモンキーを薙ぎ払いながら鼓舞する。皆それぞれ対応しているし、ルナも空を飛ぶバットを前足で打ち落としてる。
進行速度は落ちたが着実に麗華の家に近付いている。
そして10分も経つと木々の隙間から拓けた空間が見えた。と言っても時間的に夜で夜目があってもハッキリと見える訳ではないが。
「よく頑張った。後は儂に任せるのじゃ。」
後方で気配を断っていた麗華が先頭に出ると殺気を撒き散らす。次から次へと湧いていた魔物達が殺気に当てられて一目散に逃げていく。残ったミヤビ達は麗華の後を付いて拓けた場所に着く。
「ようこそ儂の家へ。とりあえずは歓迎………」
「ただいま!さっさと飯食おうぜ。野菜は確か残ってるし、肉も今朝狩った物があるな。ルイ、手伝ってくれ!」
「ミヤビそれはいいのですが………」
「ん?」
「儂に歓迎の一つぐらいさせろ!」
五時間掛けて漸く麗華の家に辿り着いたミヤビ達であったが帰って早々、麗華(師)に怒鳴られるミヤビ(弟子)であった。