絶体絶命
どれくらい歩いたか、そろそろ太陽光で焼け死ぬんじゃないかと思ってくる。水が欲しい。喉が渇いた。足も棒のようだ。結構限界だ。そんなネガティブな事を思ってしまうのはずっと下を向いて歩いているからだろうか、歩みを止めて膝に手をつき立ったまま休憩する。座った方が楽なのだが立ち上がることができなくなりそうで怖い。汗がアスファルトに落ち凄い速度で乾いていくのを見て、自分が干からびて死ぬのを想像してしまった。・・・・・・もう泣いちゃいそうです。
気を取り直して進行方向を見れば相変わらず町らしき物は見えない。見なきゃよかった。いや、少し先に大きな岩がある。あそこなら日陰で休めるだろう。そう思いまた歩き出す。
日陰に座り込むともうここから出たくないと思ってしまった。これは良くないが、少しだけだ。あまり長時間休んだつもりはないが、疲れが抜けた。これが超回復のご利益か。ありがたや、ありがたや。ありがたついでにもう少しマシなところに転移させてくれりゃいいのにな。
喉は相変わらず乾いているが、スキルの事を思い出した。これが飲み水を出すスキルなら!・・・・・さすがに目先すぎるか。それでは俺の戦闘能力が極めて低い事を意味している。しかもそんなショボい能力に目覚めたとあっては恰好悪いな。ま、勝手に覚えたスキルが何であれ把握しておきたい。
そこから本気で能力を模索した。厳しい日差しはまぶしい夕日に代わり、もうじき夜が来るぞと告げてくる。頭がぼーっとしてきた。なんだがこの道路がギュッと縮まればなーと考えていると、ぐんぐん道路が縮まっていく。最初は目の錯覚かと思ったが、明らかに見たことがない景色が表れてくる。まるで自分を基点に距離が縮まっているかのようだ。
「なにこれ怖い!」
集中を切らした瞬間景色が元のように戻ってしまった。戻る速度は凄まじく早いんだな。なんだか当てつけみたいで頭にきた。しかし、これは使える。そう思えた瞬間時間も忘れて能力の把握にのめり込んだ。しばらく練習すると、距離を縮めた先に移動する事ができるようだ。何かの映画で見たワープみたいだな、次に足元に落ちている小石をワープさせてみる。成功。ここで一つ気になるのが、どこまで遠くに物を送れるか。射程が知りたい。そこで限界まで高く、真上に小石を移動させればだいたい分かるだろうと考え、実行に移す。幽体離脱した自分が空へ打ち上げられていくように景色が動く。そして頭痛、すぐに景色がぼやける。ここでリリース。
すぐに目線は自分の見慣れた景色になった。真上を見上げてしばらくすると、かなり自分から遠い位置で石が落ちた音がした。・・・・・・このことから考察するに、ワープさせる距離が遠ければ遠いだけリリースポイントが大雑把にしか行えないらしい。そこで思い付きで先ほどより軽い、自分の鼻くそを飛ばす。・・・・・・結果、軽い物なら負担が少なく、少し遠くまで飛ばすことが可能。つまりかなり遠くにいる嫌な奴に鼻くそをくっつける事が可能なわけだ。・・・・・・って子供か!ついでに一人漫才を行う事の寂しさも学んだ。
じゃーラスト、俺が正確に物を飛ばせる距離の限界を探ろう。もう一度500gくらいの石ころを見つけ、スキルを発動する。景色がぼやけない距離を探り、正確に飛ばせる限界のところでリリース。そこで落下までの時間をカウントする。現在は無風だ。上手くいけば俺の脳天に凄まじいダメージが。と右に避ける。・・・・・・落ちた!だいたい一分だ。この世界の重力加速度が地球と同じだと仮定して、9.80665 m/s2だったっけ?それでだいたい500gの物体が60秒かけて地面に落下。ん~だいたい270メートルかな?俺が本気で一分当てゲームをやって55秒だったから~250メートルくらいか。結構すげーな。六本木ヒルズの一番上に正確に落っことせるのか。まーここには無いけどな。これは憶測だが努力で限界距離は伸びる。つまり俺の小賢しいな計算は、ただの落書きだったな。
結果として、分かった事をまとめよう、まず俺のスキルは物体を別の場所に転送する能力。自分から離れた位置の物を転送する際にかかる労力は、こちらから遠くに送る労力より大きい。これは小石を呼び戻そうとした時に分かった。質量の大きくなるほど転送の負担は増える。ただし、仕組みの複雑さは関係ない。これは多分。そしてこの能力の最大の怖さは、移動先が目視できる事だ。この事により、一定距離内で安全な転送が可能。後は追々模索しよう。
しかし、これはかなり使える。俺すごい、万歳だ。そう思うと嬉しくて涙が出そうになった。相変わらず俺のメンタルは弱いらしい。
何度かワープを繰り返したり、遠くの景色を確認したりしていると、車のヘッドライトが見えた。
「人が乗ってる!!」
慌てて車の進行方向から少し離れた位置にワープする。
「おーーーい!!!!」
ガラガラの声を張り、大きく手を振ると止まってくれた。止まってくれたのだが、その車の見た目ときたら。俺が元いた地球の車に似ていた。何とかロイスに似てるな。真っ黒で重厚な見た目のその車から人が降りてきた。姿は逆光で見えない。
「なんだ小僧。俺に何か用か?」
車の主が発する声は、どこか威圧感があった。警戒されているのだろうか、無理もない。ここは敵意が無い感じで慎重に発言しよう。といってもやましいところは無いが。
「す、すみません。遭難しました。近くの町まで乗せていただけないでしょうか。」
きっと断るだろう。しかしそれは計算済みだ。最初に大きなお願いをして、その後で本命のお願いをすると交渉がうまくいくって誰だかが言ってた。断られたところでせめて飲み水をもらおう。
「遭難?・・・・お前ひょっとして・・・・・チキュウって知ってるか?ほら丸くて青い」
「知ってるも何も、俺はそこから飛ばされてきたんですよ。」
まさかの同郷だった。といっても向こうさんの見た目から日本人ではなさそうだが。
「お前も地球人か!!!嬉しいぞ小僧!乗ってけ」
最悪だ。怖そうな人に絡まれた。俺はこんなんが凄く苦手なんだ!水くれればそれでいいんだけど!・・・・・・とは思った半面、俺自身地球から来た人間にこうも早く会えるとは思っていなかったので少しうれしい。
「お言葉に甘えます」
「そうしろ!ところでお前、運転はできるか?」
「はい、できます」
「よし、運転しろ」
質問の意図が分かり、軽率な返答をした事を悔いた。うわー、いきなり後ろから刃物でズバ!とか無いよな。断っても仕方ないし、やるしかない!最悪テレポートして逃げよう。
「では、お邪魔します。」
そういってドアを開ける。重厚なドアの奥には贅沢な内装が広がっている。さすが贅沢な車に似ているだけある。中も似てるな。
「ルートはフロントガラスに映るからそれに従ってくれ。」
明るくなったところでもう一度少しの間お世話になる男を見ると、グレーの長髪に整えられた髭をたくわえたおっさんだった。昔はモテたろうなという顔立ちだが今では強面のおっさんだ。煙草をくわえライターを取り出す。ライターの蓋を指で弾くとキンという快音が響いた。ライターもそうだが、身に付けている物がいちいち高そうだ。何者なのか。
何にせよ自己紹介しよう。
「僕はアキトといいます。桐谷 彰人です。」
そう名乗り、握手の手を差し出した。きっと地球から来た人なら伝わるだろう。
「・・・・・俺はセミオン。兄ちゃん、ファミリーネームは語らない方がいいな。こっちでは重要な意味合いがある。」
「わかりました。忠告感謝します。」
自然な流れで握手をしてくれた。どうやら俺に対してそこまでの敵意を向けている感じではないようだ。緊張したせいで口の中が余計に乾いてしまった。威厳があると言えば聞こえはいいが、俺のような口の中がカサカサな奴にとってはたまったもんじゃない。
そんな事を考えているとセミオンがワイングラスを差し出してきた。
「男がそんなビクつくんじゃねーよ、とりあえず飲みな、ブドウジュースだ。」
「あぁ、ありがとうございます。」
ワインにしか見えないが喉が渇いていたため一気に飲み干してしまった。・・・・・ワインじゃねーか。
「いい飲みっぷりだ!済まねえな、こんなしけた物飲ませて!ま、我慢してくれ。」
そこからが大変だった。しばらくワインを飲み続けた。ようやく車を動かそうと思ったら、また別のボトルを取り出し栓を抜きだした。もはや酒盛りが始まってしまった。しかし、リリィからもらった超回復のおかげかいくら飲んでもあまり酔わなかった。
喉が潤うのはいいが、透明な酒を飲みだしたころには喉が焼けるようだった。まさか透明の液体が入ったグラスを煽りながら運転するハメになるとは思わなかった。流石の超回復も手一杯のようで段々酔いが回ってほろ酔い状態だった。
「いやー!酒はいいな小僧!」
「アキトです!いい加減覚えてくださいよ、おっさん」
「俺をおっさん呼ばわりするとはなぁ!!気に入ったぞ!!」
ガハハと笑いながら新たなボトルに手を伸ばすセミオンの肝臓はきっと鉄でできてるんだろ。未来人で機械化されてたりして。すでに空になったボトルが車の床に少なくとも5本見える。内ワイン2本ウイスキー2本テキーラ1本・・・・・・致死量じゃねえのか?これ。
お互い酒が入って大騒ぎしながら車を進めていると、後方からごつい車が2台追いかけてきた。屋根に機銃が付いてる時点で嫌な予感しかしない。
「おっさん、後ろの車は知り合いか?」
「んぁ?」
セミオンが振り返りながら緊張感の無い声を出すと同時に、機銃が火を噴く。ズドドドという騒音と共に、車に着弾する音が聞こえ、心拍数が跳ね上がった。
「撃ってきたぁ!!」
「だっはっは!ビビったら負けだぜ小僧!!」
そう言って緊張感の無く笑いながら酒を飲む。このおっさんは心臓も鉄らしい。慌てて蛇行運転すると
「おい!酒がこぼれるから真っすぐ運転しろ!」とか言い出す始末だ。
「防弾ガラスだったのか!」
「当然だ!誰の車だと思ってる!」
ルームミラーから見るリアウインドウはひびが入っているが弾丸をしっかり止めている。が、これ以上はやばい!そう思った直後はるか前方で武装した奴らが道をふさいでるのが見えた。スキルで一瞬確認すると、ロケットランチャーで武装していた。バリケードの少し前は地雷で塞がれている。
「おっさん!前方に地雷とロケラン!この車オフロードいける!?」
「ハッハッハ無理だな!!ロケランも地雷も防げねえけど、切り抜けてみせろ!」
リリィ恨むぞ、異世界でこんなに早く死ぬとは思わなかった。