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カラフリング  作者: カリーヌ
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カラフリング

本当は省略したい。彼と私の恋愛物語の部分もある。なぜかというともう随分昔の話。今語るとそれは本当の事ではない。私主観に物語は語られる。記憶は入れ替わり、小鳥の鳴き声を聞いたのは、あれは何故か、部屋の中だったと思う。真実は小鳥などいない部屋の奥。でも私の耳は確かに小鳥の鳴き声を聴いていたりする。そんな事が重なってゆく。

でも、省く事の出来ない。少し歪んでしまったが省く事の出来ないこの記憶を綴りたい。


そう。小鳥の鳴き声から始めよう。

彼の部屋で目覚める。それは小鳥の鳴き声と重なる。どうしてか分からない。目覚まし時計は音を止めて。

脳天から空へ。真っ直ぐに響く鳥の声だ。そんな空気の中、1日が始まる。



山口県下関市。

叔母の住む街。この近くに彼も住んでいた。

私の住む小倉から、ほんの2駅の場所だ。

私は、彼らのゲームに参加した翌日、最初から荷物を持ち込んだ。正直なところ、叔母は煩いタイプでは無かったが、私も違う場所に移動したかったのかも知れない。彼は年上で安全に見えたのかもしれないし、スリルでもあったのかも知れない。そして2日目のゲームで、また違う別の扉が開いたのだ。遊びに行くと、言い訳してしまうような。

そんなものだ。

でも予感はあったのだろう。17歳。大げさでも何でも無く、おさげを解いた姿は好きな人だけに見せたいと思うような、何かに恋をしている。その少し先くらいだろうか、三つ編みを解きたくなるような。思春期だ。花を咲かせたがった蕾だ。

ちょうど良い距離で彼は毎朝パンを焼いてくれた。「朝顔」と言って笑う私にちょうど良い感じの皮肉を返したりしながら、マグカップを間に挟み、笑い合う。

そんな感じで同じ家に居ながら時々だけ顔を合わせる居候。そんな風にして私は好きに散歩したりしながら、3日程過ぎた。


よく晴れた、洗濯日和だったのを覚えている。小倉からお使いが来た。


おそらく、あまり仲の良くない私の両親と叔母の間で何かあったのか、やって来たお使い人は私の家の近所に住む私の幼馴染だった。

「健太」

そこに居たのは健太郎だった。

彼も私と同じ17。家が斜め向かいで、一緒にランドセルを背負い、手を繋いで写した小学校入学式の写真がある。時々知らない人になったりしながら17年、お互い目と鼻の先で生活して来た。私は奴の前で空想のお飯事をし、時々奴を世界の中に入れたり出したりしながら遊んだ時代がある。昔の思い出を分ちている、私にとって稀有な存在。そんな風に思った事など無かったが、そうである。

お使いに来たのはその健太だった。

「よう」

「。」

「早くしろよ」

手を、払うように振る。

「何が?」

「帰るぞ」

そこで初めて、うちの両親が私を呼んでいると知った。

奴は繰り返す。

「僕ではないのですけどね。」

「早くしてください」

「帰るの!」

「来いよ早くしろ」

「僕は知らない」


ここで書き足しておかなければならないことがある。

健太には脳の障害がある。

幼い頃シーソーで遊んでいて事故をした。その時、脳に損傷を受けたのだ。

当時私はその場所にいて、救急車で運ばれる健太を見ている。だが幼すぎて覚えていない。事故とは遠く離れた場所に残った1つの映像がある。それはなぜかふわりと、柔らかい。

まるで月で遊ぶうさぎのように。


実際に起こった事は、健太と、もう一人は確か年上の男の子だったと思う。二人はシーソーをして遊んでいた。

ガタン、ゴトンと、揺れる。

シーソー。

男の子二人だ。シーソーはスピードを増してゆく。幼い二人はどこまでが安全かの術を知らない。

ただ楽しいがまま、シーソーはスピードを上げてゆく。

ガタンゴトン。

ガタンゴトン。

シーソーが地面を打つ拍子に、健太の体がぴょこんと跳ねた。暗黙の了解のように、二人は同時にさらに強くシーソーを漕ぐ。

ガタン、ぴょこん。

ガタン、ぴょこん。

無邪気な笑い声の中、まるで月で遊ぶうさぎのように、健太はふんわりと宙に浮いた。


青いお月様へ飛んでゆく。


健太の手が、シーソーの持ち手から離れたのだ。体はそのまま勢いに乗り宙に舞い、鉄柵まで見事に飛ばされた。その後、救急車が呼ばれたらしい。

私に血生臭い記憶はない。私の前で健太は、ただ楽しそうに笑いながら、お月様に飛んでった。


健太の受けた障害が、その私の中の映像と一致する事も、その後大きくなってから知った。その事故と私の記憶とは、2つの別々の出来事かのようにして私の中に存在していたが、大きくなって繋がった。

「ケンちゃんは脳に障害があるんだよ」

そう聞きながら、そんな健太と共に育った。そしてそれは、私の中の1つの映像と繋がっている事、その映像から始まった事である事。

その時までは「けんちゃんは普通だったの?」


それが繋がった時、私の中にも1つの傷ができた。何の傷だろう。母に何度も聞いた。

「お母さん、神様って、いるのかなぁ?」

その質問はしばらくの間続き、心配した両親は私を病院に連れて行こうとした。しかしやがてその質問も止んだ。

幼い頃の微妙なズレは、流れる時間の中で現実と混ざり合ってゆく。

深い深い、健太の傷も

私の記憶も。


そんな健太がやって来た。






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