game
潮の香りと、頬を打つ風の心地。
「ゲームをしようか。」
15年前のあの夜、彼は言った。
私たちは二人とも、その夜行き場を失くし、あの海辺で交差した。まあるい地球上の、そこが私たちの奇跡の場所だった。
彼の後に着いて、昼間はカレー屋をやっている店の脇の、薄暗く狭い階段を上がった。ちょうど今日から明日へと暦が変わる、その位の時間だったのではないかと思う。店の前に、夜の闇に紛れてハーレーが止まっていた。昼間、メタルのボデイーに日の光をギンギンに反射させながら、ボボボと低く強烈な排気音を響かせて町の風景を変え駆けて行く。私の好きな、音を含んだ景色の一つだった。そんなハーレーも夜の静寂の中眠っていた。
彼はハーレーを横目に見る事も無く、静かにすり抜けて階段を上がった。
静かな鼓動が胸を打った。
そこはカードルームだった。大袈裟な物は何も無い。狭苦しい狭い屋根裏の様な場所で、一つのテーブルをむさくるしく男たちが囲み、ゲームをしていた。営業されたものでは無い。ゲーム好きが集まって、ゲームをしているそんな場所だった。
私の立ち位置は、映画で観る、テーブルの脇で見物する酒場の女だったのかもしれない。しかしそうはならなかった。
彼は部屋の隅に積まれたボロい椅子を引きずってきて、私を座らせた。
煙草の煙に酒瓶。食べる物は無い。
何のゲームをしているのかも分からないまま、日常とは少しずれた、男の時間に入り込んだ。
海外でも無ければ、旅行先の見知らぬ場所でも無い。見慣れたカレー屋の屋根裏だか何だかよく分からぬその場所は、普通の日本人ばかりが集まったただの大人の遊び場だったに違いない。そんな景色が、当時17だった私の目に、どう映っただろう。
男たちは皆大きく見えた。私は体の芯がゾクゾクするのを特別と思う事も無いほどに若かった。頬を紅葉させながら、配られたカードを、臆する事なく手に取った。
男のゲームが、始まった。