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時を経て
あれから15年の時を経て、私は今彼の書斎の扉の中に居た。
開口一番彼からのセリフは「もうすっかり秋ですね」。
毎朝聞いていた「おはよう」の言葉が、思いがけず脳裏に鮮明に蘇る。
同じ声。でもそれは他人行儀で、私と彼が歩いてきた時間がどのくらいのスピードで距離を作ったのかを感じさせた。
その夜一晩客間に泊まった。
翌朝、疲れていたせいかいつもより遅くに目覚めた。
キッチンに降りると、彼は食卓に座り、朝食の最中だった。
首から、よだれ掛けを下げている。
目というのは、よく出来ている。
脳と直結しているかの様な、知的な視線。
見せ掛けだけの強さを演じた虚勢的な目。
その人のキャパでは全てを悟ったのであろうと思わせる、疲れた、何も語らない空洞の様な目。
どんな種類にも、怒り、悲しみ、笑顔の中に共通する、表情の中の目。
彼は涎掛けを掛けたその姿でスープを口に運びながら
あの時と変わらない、まばたきをしない真っ直ぐな目で私を見た。