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カラフリング  作者: カリーヌ
3/13

始まり

もう、遠い昔。濃紺を水で溶いたような空がその向こうにあった。

冷たい空気に、喉が、痺れた。五感に乗って来る、今夜は風が吹くだろう。あの夜にタイムスリップする。

素足で砂浜に立つと、寄せる波が足底の砂を掻き立てさらって行く。引く波に視界は揺れた。手を伸ばせばその薄めた濃紺の向こうに届きそうだった。空は無限に広がった。全てが、その空気の匂いや、質感、色の感じ私の肌で感じるその瞬間の中心は、あなただった。その日を思い出す。



部屋に立つコーヒーの香り。コーヒー豆がガラス瓶に当たりながら落ちゆくのが分かる。ミルを挽く音。何気ない日常の雑音が、映画館で聴く映画の音響の様に鮮明に耳に届く。夜の間に濃ゆくなった部屋の空気に、窓からの空の感覚。その向こうの波の肌触り。白いシーツに足を絡まれて、朝、目が覚める。毎朝、繰り返された。


足の裏が床を踏む感じ。ぺたりと、冷たい。キッチンに降りると、コーヒーの香りが強くなる。


「おはよう。」

いつもの一言。無言で頷くのはいつも私の方だった。

早く起きてコーヒーを入れるあの人。

朝に見せる顔は、半分寝ぼけているのか朝顔の様な人。薄い花びらが朝だけの時間花開く、繊細な朝顔を思わせた。朝顔は、毎朝コーヒーを入れてパンを焼き、何かと忙しい。マグカップを手に、眺めていた。朝だけの、朝顔。この人は朝顔で、男性で、男の子。昼間はまた別の花を咲かせる。


2人の生活が始まった時、私たちは私が18、彼が40の時だった。私は大学受験に失敗し、春から予備校へと通う事になっていた。高校卒業から予備校までの間の春休み、私は親からの拘束から逃げるように遊び歩いた。夜も家には帰らず、だからと言って毎日泊めてもらえる友人もおらず、同じ学年の友人は、春からの準備で忙しい時期でもあり、最終的に私は、叔母の有する海沿いのコテージに寝泊まりする様になっていた。

叔母は半分世捨て人の様な人で、本を書いていた。私の両親との仲も密なものでは無かったが、私は幼い頃からこの叔母を何かと慕った。両親との仲が疎遠がちな事が、私には都合が良かった。世捨て人の様な叔母の生活も私には居心地が良かった。そして何より、両親との口うるさい会話より、叔母の話は面白かった。

叔母のコテージから海までは、部屋から海の香りを感じる事が出来る距離で、私はその潮の香りを心から愛しんだ。まだ肌寒い季節、毎日の様に砂浜へと足を運んだ。そこで出会った。気付いたのは私の方が先だった。どこで何をしている人なのか、何も知らないまま。私は彼の見詰める視線の先を追った。どこを見ているのか、真っ直ぐな視線が印象的だった。静かな、とても強い、瞬きをしない目。見ていると、その空気に引き込まれてゆく。そんな独特の色を纏っていた。



昼間の喧騒を引きずったまま、その夜叔母のコテージで夕食会の様なものが開かれていた。叔母の仕事関係が数名、友人等も含まれていたかもしれない。こじんまりとはしていたが、開放的な夕食会は、賑わいの最中だった。

場違いな私は、少し海まで歩く事にした。私はまだ未成年だったが、叔母から見て幼稚園児で無い限りアルコールを私が手にしても叔母の気質上気にしていないようだった。私は軽いスパークリングワインを手に、海へ向かった。


ほろ酔いに火照った頬を海風が洗ってゆく。

夕食会の騒音が遠退くにつれ、波の音は強くなった。近付くにつれ伝わって来る、怖い程のエネルギーが体の芯を震わせた。波の音以外何も聴こえない、その音はパノラマの様に全てを包んだ。暗闇に天まで届きそうな白い波が立つ時、人間の存在など無に思えた。全てを呑み込んで尚止まる事ない激しさに、抗う事の出来ない何かに、私は素足のまま立ちすくむ。いっそ吞まれてしまいたい衝動に駆られた。人間だけが、調和していない、そんな感覚に囚われる。全てを浄化し0に返る。そんな場所で。





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