噂
そういう訳で、私は再びケンタと、彼の家を後にした。
まだ空気は冷たい季節の昼時に、静かな海沿いを何も話さず二人歩いた。「腹が空いた」とケンタ。
ちょうど良く、例のカレー屋の前だった。私と彼が出会い、何の前触れもなく行き着いた例のカレー屋だ。私たちはそこの屋上でブラックジャックをしたのだ。
私もそこそこ空腹状態だったので入ることにした。
チリンと鈴音が打たれドアが開く。
そこに、以前ブラックジャックをした屋根裏の荒涼とした感じは無い。ブラックジャックをしたあの日が、もう遠い昔のことのように頭に浮かんだ。
カウンターに席を取った。
「久しぶりだね」
マスターが笑顔で水を出してくれる。あの日のカレー屋のおじさんだ。
「お久しぶりです」
私はぎこちなく笑い、ケンタは寡黙に注文表を覗く。面倒なので私はケンタと同じものを頼んだ。
店には私とケンタ、マスターの3人しか居なかった。
席は、空いていた。
不意にチリンと鈴音が立ち、女性の2人連れが入って来た。
二人は
ガランとした店の中、カウンター席に。私と感覚を開けずピタリと横に付けて座った。
「男の子がひつっこいのよ」
席に座りながらの女性たちの会話が耳に飛び込んで来た。
マスターが水を出し注文を受ける。
「チキンカレーでいいかしら?」
「私も」
「もうピッタリ付いて回るから、鬱陶しくて」
「同じ年頃らしいから、いいわね〜」
そんな事を話している。
「携帯に写真があるの」
「見せて」
「あら、まだ若い」
マスターが私たち二人にカレーを出しながら言う
「あれからどうしてた?」
女性二人の会話が途切れる。
「あ、あ〜元気でした」
マスターに答える。
「良かった。ちょっと待って」
マスター、女性客のカレーを用意する為に作業に戻る。
女性客の会話が再び始まる
「可愛いじゃない」
「可愛い」
「年の差いくつ?」
「20くらい?」
カレーが出される。
まるで静かな空間を協力して埋めてゆくかのように、重なる事なく会話が続いた。
女性客の声は大きく、まるで私に話しかけるかのごとく。
私に届く、女性客の会話。
そうこうしているうちに女性客は早々に食事を済ませ、私たちより先に席を立った。
再びマスターの声。
「彼のところにいるの?」
ドキッとする。
「彼は最高の作詞家だからね」
笑顔のマスター。
びっくりした。私はその時初めて、彼が世間に名の知れた作詞家である事を知ったのだ。
叔母からもそんな話はなかった。
大体作詞家というのは顔が出ない。若い頃というのは無頓着である。興味のない作詞家の顔など、知る訳もない。ましてや近くにいる人がそうだとは。
マスターは知ってかしらずかコロコロ笑いながら
「毎月コラム書いてるよ」
と、雑誌の名前を教えてくれた。
あれやこれやその他、間も無くカレーを食べ終えた私たちは席を立った。
店の扉を開けながら
ドアの鈴音がチリンと音を立て、私は顔も知らない二人の女性客の噂話が気になっていた。