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第五章 真相

 静岡の廃墟に、諸人と祥平は向かった。高速道路のSAで降り、深夜、自販機でコーヒーを車の中で飲んだ。そしてコンビニで買った菓子パンを合わせて食べた。それがその日の夕食だった。

 

 捜査七日目 最終日


 静岡のホテルに着き、急いで地下室へ向かった。重い扉を開けると、夏帆がソファに座って紅茶を飲んでいた。

「ユニ!」

 窓ガラスの個室で、拘束されているユニを見た。彼女は咳をして、あろうことか、口角から血を漏らしていた。

「早く彼女を解放しろ!」

「そんなぁ。いい眺めなのに」

 冷酷に笑う夏帆に諸人はビンタをした。

「なにしとんねん諸人はん!」

「気が狂ってる、狂ってるよこの連中は!」

 窓ガラスを何度も叩く諸人。

「うるさいわねぇ。ほら、彼女を解放して、解毒剤を」

「かしこまりました」

 執事が個室に入った。

「ギリギリセーフ、ってとこね」

「夏帆、ゲームクリアに際して、条件がある」

 祥平は言った。

「なに、兄さん」

「絶対に、どんな真相が暴かれても、自殺しないと誓え」

 はあ? といった表情で夏帆は祥平を見る。

「誓うんや」

「……わかったわよ。それより兄さん……」

「なんや」

「……ひさびさの外は怖いから、手を繋いでてくれるかな……?」


 諸人は車に夏帆とユニと祥平を乗せ、静岡から東京へ高速を飛ばして行った。

 執事はというと、警察署へ向かった。自供しにいくらしい。

 P・ゲームももう、終局へとむかえつつあるということだ。


 そうして、警視庁へ向かった。彼らは警視総監室へ通された。


 警視総監室には、諸人、ユニ、祥平、夏帆、麻衣子、浩、照彦、それに二人の刑事、合計九名が集い、初めて入ったときに比べると随分と狭苦しくなった。が、事件の検証はまず、諸人が口火を切った。

「これからここで、七年前の大学教員狂言誘拐殺人事件の、再検証を行いたいと思います。まず、真犯人ですが、僕たちの調査の結果、児島優介さんであることがほぼ確定できるように思えます」

「何ですって! 優介が? 馬鹿ね、優介は殺されたのよ!」

「おっと失礼、言い方がやぶさかでした。犯人である児島優介は、自殺したということです」

「落ち着いてください。後の推理は、このエーテル学院風紀委員の二人に任せましょう」

 すると麻衣子は、机の上に、封筒、知恵の輪、そして先ほどの写真のくずを並べた。

「これらが今回の事件の証拠です。順を追って説明いたします」

 まず麻衣子が説明を始める。

「まず、児島優介さんは、八月六日に夏帆さん、あなたの携帯に夕焼けのメールを送信しています。この時刻が日本時間にぴったり合っていることから、彼は日本にいるという錯覚を、夏帆さんに与えました」

「錯覚……? 何を言ってるの?」

「警察は優介さんの携帯の位置情報を特定しました。すると彼はアメリカのシカゴにいるという結果が出た。八月はサマータイムが導入されているため、十四時間の時差が生じています。ですからあの夕焼けの写真は、朝焼けの写真なのです。つまりこれは、時差を利用したトリックと言えます。」

 夏帆は呆然としていた。あんなに誠実な優介が、自分を騙していたということを、受け入れられずにいたのだ。

「そういうことになるので、彼は遅くとも八月六日、メールが送信されたこの日には、日本にいないことになります。これを前提にして、話を進めさせてもらいます」

 浩がそこまで言うと、麻衣子は知恵の輪を手に取って説明した。

「夏帆さん、この知恵の輪は、一体なんなんでしょう?」

「そ、それは私が落としたものです!」

 麻衣子はにやりと笑みを浮かべた。

「八月十八日、そう、優介さんがバラバラにされ、写真にあなたが写っていた日に、劇場で落ちていたものらしいですが」

「それは……今もタイトルが思い出せないんだけど……映画に出てくる知恵の輪で……、そう、優介と一緒に行って、彼、ああいうアングラな映画が好きで、あれに出て来たのとまったく同じ知恵の輪を二人で買って、二人で見たのね。そしたら映画内でそれを外すシーンがあって、それだけは刻銘に覚えているの」

「その日は脅迫電話がかかってきましたね。何故映画館に行ったんですか?」

 麻衣子が尋ねる。

「優介が誘拐されて、それで絶望して……それで気づいたらあの知恵の輪を持って、映画館に行ってた……」

「もしあの場面を覚えているのなら、今この場で、知恵の輪を外すことができますね? やってみてもらえますか?」

「はい……」

 夏帆は観た映画のシーンを思い出し、複雑な知恵の輪を、ものの数秒で外した。

「なんだと……き、きさまら、それが証拠能力になるとでもいうのか?」

「映画窓口でそれを受け取って持ち帰り、勝手ながら鑑識の方に回して、指紋を取ってもらいましたが、夏帆さんのものと一致しましたよ」

 馬鹿な……と、照彦は頭を掻きむしった。

「次にこの写真のトリックを明かしましょう。ユニさん、この細工はあなたがしましたね。調書に残っています」

「そうだよ」

 ユニは無表情でそう言った。麻衣子は次の攻撃に移った。

「この細工をどうやってしたのか、教えていただけますか」

「珍しく挑戦的だね。自分で説明してごらん」

 ユニは余裕を崩していない。いや、彼女は余裕というか、常に無関心なのだ。他人事のようにふるまっている。

「では、説明しましょう。あなたはこれをまず二枚重ねました。そしてびりびりに破き、あとは組み立てるだけです。これでおしまい」

 くすり、とユニは笑った。麻衣子は、かけらを集めて、

「つまりですね、八月十八日と八月二十日に、全く同じ位置から写真は撮られたんですよ。現場にはバツ印があり、そこから撮ったのでしょうね。廃工場は車が通らない。人も当然立ち入らない。変わっているとしたら空模様。だけど三日間の天候はすべて快晴だった! だから全く同じ写真が撮れる。駆けこんでいく夏帆さんを除いて、ね」

 そう説明しながら、写真を完成させると……。

「なんてインチキだ!」

 諸人は叫んだ。

 無理もない。裏に八月十八日と印字されている、誰も写っていない写真が出来上がったのだから。

「パズルの要領で、八月十八日の写真に八月二十日の写真に写っている夏帆さんを組み込めばいいだけです。それが可能なのは、二枚の写真を重ねて破いたから。全くピースの形の同じパズルなのだから、きちんと組み立てることができます。違いますか」

 ユニは拍手をした。そして、浩は続けた。

「さて、この二点で夏帆さんのアリバイは証明されました。では、真犯人は誰なのか……それは最初に言った通り、児島優介、自殺です。そしてこの事件に関わった共犯者は全員で……」

 諸人はごくりと唾を飲んだ。

「この殺人に直接かかわったのは、ユニさん以外誰もいません。優介さんが犯した犯行以外のすべての犯行をユニさんがやったことになります」

 ユニはまた、くすり、と笑った。すると夏帆はユニの胸ぐらを掴み、

「あんた何がおかしいのよ? この子が言ったことが本当なら、四肢を解体したのはあんた以外いないってことになるのよ?」

 諸人と祥平は夏帆を引きはがした。

「夏帆さん、それは違います。ユニさんは、脅迫電話の役と、クレーンの手配並びに包丁を使った仕かけの用意、それから義手にまつわる工作、それしか行ってないんです」

 夏帆はまだ興奮しており、肩で息をしていた。

「では、誰が手足をバラバラにしたのか。僕たちは、最初こう考えました。シカゴに行った優介さんが、日本にいるというアリバイを偽装するために、脅迫電話をして先ほどの写真を撮った日に手足をシカゴでバラバラにした。そうすることで手足を科捜研が分析したら十八日に犯行が行われたと特定するのは見えすいてますから、アリバイを強固にすることができるんですよ。まさかシカゴで死ぬなんて考えていないですからね。そしてここからなんですが、シカゴで何らかの方法で四肢を断ち、医者の資格を持つ者か、持たぬ者かによって傷口を縫合し、取り外し式の義手義足を装備し、四肢は密輸で工場に運ばれた、と普通は考えるでしょうね。では委員長、後はお願いします」

「そんなに遠慮しなくていいのに。そうして二〇日、用意された殺人装置に優介さんは手をかけた。簡単なことです。ユニさんはクレーンカーでコンテナに結び付けたロープの先端に庖丁を装備したロープを、工場の天井のフックにかけ、優介さんにロープをサバイバルナイフか何かで断たせ、包丁が心臓部にうまいこと落下できたできたため、死ぬことができた、こういうことです。もちろん、証拠隠滅のため、義手義足とナイフは回収しておきます。義手義足を回収することで、まさか優介さんがナイフを使うことはできないだろうという先入観は、私でさえ抱きましたよ」

「じゃ、じゃあ何故優介は狂言誘拐……それに四肢を断ってまで自殺なんて……? それにあなたの説明じゃ、共犯者が他にいるってことじゃない! 理屈が破たんしているわ!」

 麻衣子は首を横に振り、

「最初は私たちもそう考えた、というだけの話です」

 諸人も目を白黒させていた。彼も、ここからの推理は聞いていないからだ。

「最後の証拠、この封筒が、私たちの誤りを正してくれました。結論から先に言いましょう。優介さんは、三年前から薬物を乱用していたんです」

 夏帆は唖然とした。

「ちょっと……ちょっと待って、どうしてそんなことが言えるの?」

「その方面に明るい人なら分かりますよ。僕でも、彼の目元を見れば、薬物常用者だと分かります。写真を見た限りですけどね」

「彼は三年前、アメリカ旅行の際、友人ができました。ですが彼は、大麻を常用していました。それは問題ないのです。アメリカには大麻が合法な地域がありますからね。ご存じかとは思いますが。そして優介さんは大麻を始めた。ゲートウェイドラッグという言葉をご存じでしょうか。違法な薬物、覚せい剤、コカイン、ヘロイン、シンナー等々、危険なドラッグに手を染めてしまうゲートになるドラッグのことを指します。大麻もそうですが、酒やたばこもある意味これに含まれます。味をしめてしまうということです。優介さんは薬物密売人とパイプを持ってしまい、いろんな薬物に手を出しました。そして毎年夏季休業になると、アメリカの薬物仲間のところへ行って、薬物パーティをする」

「そっ……それが何の関係が?」

「あなた、なんで優介さんに嵌められたか、まだ分かってないのですか?」

 浩が残酷な問いを投げかけた。

 夏帆は、震えていた。

「金ですよ」

 夏帆は口を開けて、その場に崩れ落ちた。

 金……。自分の父は最大手ホテルの社長だ。それが目的で彼は……。

「だけど……私にそんな身代金……」

「身代金が払えないのは分かりきっています。目的は民事裁判での損害賠償。これについて、委員長、お願いします」

「だから遠慮しなくていいってのに。今年の夏、優介さんはラスベガスで大敗しました。だからドラッグができないと思い、仲間に金を請うたら、狂言誘拐でもしろ、と怒鳴られたようです。それでも彼の頭のなかは薬物のことしかない。そこで浮気相手のユニになんとかするように相談しました。しかしユニはそのとき、不可能だと言いました」

「ずいぶん具体的な推理だけど、裏はどこから取ったの?」

 不敵な笑みを浮かべるユニに、

「私たちのOBの、FBIの方です」

「そう。続けて」

 ユニは髪を掻きあげた。

「頭のなかは薬物でいっぱいですが、妹の医療費もなんとかしてやらなくちゃならない。けどどうしようもないと思い、自殺することを考えました。そこでマンションの最上階から飛び下りようと、階段を上って行く途中、足をつまづかせて転び落ちました。そして」

 麻衣子は深呼吸をして、

「両腕と両脚が複雑骨折してしまったんです。そこを発見者が通報し、病院に行きました。そして両腕両脚を切断することになった。彼の両腕両脚の骨は、薬物でスカスカになっていたんですよ。今度こそ、彼は自殺するしかないと思った。妹に資金援助ができないから。そこで彼はユニに助けを求め、ユニは、今回の、犯行を指示したのですよ」

 しーんと、場の空気が静まった。

「彼は医師に、日本で友人の結婚式があると医者に言い、日本の医療機関にチャーター機を用意してもらった。そしてそのまま日本の病院で、義手義足をつけ、ユニに連絡を取ってもらい、嘘の結婚式を理由に、ユニに車で廃工場まで、切断した両腕両脚と一緒に連れて行ってもらったというわけです。この封筒には、診断書が書いてあります」

「ばかげてる……貴様、病院にはプライバシー保護の義務があることを知ってのことか? 違法捜査だぞ?」

 照彦は苦し紛れだった。しかし、諸人は叫んだ。

「あんた、まだ自分の立場が分かってないのか! 彼女らは特別司法警察職員、要項を満たしさえすれば病院は警察に協力しなくちゃいけない! 僕は医者だ、言いたいことがあるなら僕に言え! 確かに優介は道を外した。だけど優介に資金をちゃんと送ってやれば、こんなことにはならなかった! 妹さんがこのことを知ったら、どれだけ悲しむか分らないのか!」

「知るか! 知るかそんなもん!」

 照彦は拳で机を叩き、ぶるぶる震えた。

 顔をしわくちゃにし、うう……とうめいて、

「……私は、どうすればいいんだ」

 諸人は照彦の傍に行き、

「あんたが考えろ。警察官なんだろ? 自分の罪をどう償うか、考えてみろ」

 照彦は頭をかかえ、

「……冤罪を認める。それらの証拠を全て認め、裏をとり、法廷で冤罪を勝ち取る。私は、警察を辞めるよ」

「……照彦さん」

 夏帆が言った。

「……私を逮捕してください。四人殺しました……そのうち一人は、あなたにとって大切な人です」

 照彦はしばらく黙って動かなくなってから、おもむろに立ち、頭を下げた。

「……すまなかった。君の人生を台無しにしたのも、全部私のせいだ。最後の仕事をくれて、ありがとう。だけど、裁判所の令状が出るまで、待ってくれ」

 諸人は、最後に自分が事件の締めをするとは、まさか思っていず、高揚感で涙ぐんだ。


 そして、照彦は特命で再捜査を捜査一課に、事件の冤罪の裏を取るよう体制を作った。八王子署に捜査本部が立ち、再捜査が行われ、結果、最高裁で冤罪を認める判決がくだった。が、皮肉なことに、別件で夏帆の無差別廃墟監禁殺しの容疑で、彼女の死刑判決が下された。ユニは自殺幇助で懲役五年を言い渡され、そして警視総監児島照彦は記者会見を開き、辞職をした。世間の目はこの歴史的大事件に集中し、高校生刑事の浩と麻衣子は表彰され、後に彼女らはキャリア組として警察庁に入庁することになるのだった。


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