第一章 強力な助っ人
捜査一日目
諸人と祥平は、執事の運転する外車に乗って、ひとまず諸人のマンションまで送られた。車内で、諸人は祥平に尋ねた。
「沢城家っていうのは、どういうお家柄なんですか」
祥平は、腕を組み、
「そういうことを聞くもんやない」
「でもあれだけ高級ワインを用意して、ホテルを改築までしたわけだし……」
祥平は答えてくれなかった。
マンションに着くと、エントランスには噴水が設置されているのを見て、祥平は、
「たいそうなところに住んどるんやな」
と、貧乏くさい台詞を口にした。
諸人たちは、二十二階までエレベーターで上がり、4LDKの部屋に祥平を通した。大きな窓ガラスが張られており、東京タワーが一望できる。家具はモダン風で、市松模様がモチーフになっている絨毯が敷かれている。二人はスリッパを履いて上がり、諸人は祥平にソファに座らせた。
諸人はキッチンに回って電気ケトルに水を入れ、沸騰させて紅茶を淹れた。それを祥平の前に差し出し、スティック状のシュガーを添えた。
「どうぞ、ゆっくりくつろいでください」
「せやな」
諸人も自分のカップに紅茶を注ぎ、口をつけた。
「ジャズでもかけましょうか」
「結構や」
諸人は上げた腰を下ろし、また紅茶に口をつけた。
「どこから攻めますかね、この事件。僕は事件を解決するだなんて、ミステリ小説さえろくに読んだこともないのに、想像できませんよ」
諸人は頭を抱えた。
「ところが、俺は経験者なんや」
「え?」
祥平は両手を組んでにっこりほほ笑み、
「俺がどうして兜を被ってA・ゲームに参加したんか、教えたる」
そう言って、ハンドバックから、週刊誌のスクラップを取り出した。
「平成の名探偵沢城祥平、新進作家有吉健一と対談」
「沢城祥平、寝間着姿で事件を解決」
「連続銀行強盗事件、陰で沢城氏が捜査に関与?」
諸人はそのスクラップを何度も読み返した。
「沢城さんって、探偵だったんですか……?」
「いかにも、そうや。せやから顔見られたらまずいかなと思ったんやけど、まあ、あんときゃ皆知らなそうだったし、外していいと思ったんで外したんや」
「じゃあ、かなり都合がいいですね。警察も協力してくれるかも……」
「諸人はん、物事は考えてから言ったほうがええ」
「え?」
「冤罪を簡単に警察が認めるわけないやろ。特に今回の事件は警視総監の児島照彦が圧力かけてる。メディアも、警察も、敵や。味方になんてそうそうなってくれるわけがない」
「…………」
諸人は少し落ち込んだ。が、祥平はにやりと笑みを浮かべ、
「心配しなさんな。警察官より優秀な仲間が、二人おるで」
「そうなんですか。それはどこに……探偵事務所ですか?」
「聞いて驚くな? 警視庁や」
「なっ……警察は敵だって言ってたじゃないですか」
「警視庁は警視庁でも、外部の人間、それが驚くなかれ」
祥平はカップの紅茶を飲み干し、
「現役高校生や」
「はあ?」
「進藤麻衣子と笠見浩、エーテル学院高等部風紀委員会のメンバーや」
「エーテル学院って、全国屈指のエリート校ですよね? でもそれがどうして警視庁の内部に?」
「新聞読まんのかいな医者は。エーテル学院の風紀委員会は、全国の高校で群を抜いてトップクラスの風紀委員会や。落としものや迷子のペット探し、そこからいじめ問題、生徒たちの巻き込まれる性犯罪や薬物などの事案の解決、さらには強盗、強姦、殺人事件の解決まで……高校生がやる範疇を超えた活動をやっとる。エーテル学院は、学校の教育方針で、将来警察で活躍できる人材を育成するんや。変わった学校やろ」
諸人はひどく感心した。確かに、エリート校の生徒というのは、精神を病んで引きこもりになったりするというのは、一般常識で考えても想像つくだろう。とはいえ、私学は公立よりもそういったケースの対応は早い。しかし話を聞く限りでは、このエーテル学院の風紀委員会とやらは、相当の実力者集団らしい。
「エーテル学院風紀委員に入るためには厳しい制約もあるで。成績の平均評定が八・五以上、学力試験は上位一〇名、そして入会の際には面接と作文も課せられる。そんなに厳しいのに毎年倍率は約五倍や。それもそのはず、エーテル学院風紀委員として卒業した場合、ほぼ全ての大学の推薦入学で、他校の受験生を圧倒できる。さらには最近になると、国家公務員試験の一部の試験が免除になったり、どんどん特典が増えていくっちゅう話も聞いとるで」
「なるほど……で、どうします。彼らに会いに行きますか……と言っても、今日は日曜でしたね」
「焦らんでもええ、諸人はん、今日、ここに泊まってもええか? 俺疲れたわ」
「自宅には戻られないんですか」
「ああ、家賃滞納しとってな」
ええ……、と諸人は呆然としていた。彼は意図的に嘘をついてるのではないか、と思ったが、そう思えないひょうきんな人物像なので、考える気を失くす。
捜査二日目
諸人は冴子に電話をした。
「一体どこ行ってたのよ? ずっと心配してたんだから!」
受話器越しに叫びながら、鼻を啜る音が聞こえてくる。泣いているのだろう。
「ごめんよ。色々あって、今夜会おう。僕も整理できてないから」
「どこにいたの……? それぐらい教えてよ!」
「ちょっと、それも言えないんだ……。ただ、いずれ警察に届け出るよ」
「絶対夜顔を見せてよ? あたしホント……ホント……」
泣き崩れる彼女を、抱きしめてやりたい気持ちでいっぱいだった。
午後五時。二人はスーツ姿で、警視庁へ向かった。受付係のところに行くと、
「沢城先生! こ、この度はどうも!」
受付係の警察官は敬礼した。祥平もにこりと笑って、敬礼をした。
「『エーテル学院生出張所』を頼む」
「かしこまりました!」
受付係は電話を取り次ぐ。
「面会の許可がおりました。案内は必要でしょうか?」
「いや、結構や。プラカード、頼むで」
「かしこまりました!」
二人はプラカードを渡され、エレベーターに乗って、『エーテル学院生出張所』と呼ばれる部署まで、諸人は祥平についていった。
その部屋は、ガラス製の机があり、黒いソファが二台置いてあって、コーヒーメーカーが棚に備え付けられ、窓ガラスにブラインドが下がってある部屋だった。そこに、ブレザーを着た七三分けの少年と三つ編みの少女が、参考書とノートを持ちこんで勉強していた。少女の方は東大の赤本を解いており、少年は、大学生向けの法医学の本をペン片手にこなしていた。
「来たで」
祥平が言うと、彼らは迅速に参考書をしまい、机についた消しゴムを払い、ばっと少年が立ち上がってコーヒーを淹れ、少女はスペースを作り、
「お見苦しいところをお見せしてしまいました、申しわけございません」
「何堅苦しいこと言ってんねん。わずかな勉学の時間を邪魔して、こちらこそ悪かったな」
「どうぞお座りください」
と、反対側のソファーに手を差し伸べた。
ぎこちなく諸人がすわると、
「もっと詰めんかいな」
と祥平が文句を言う。
「ご用件はなんでしょう」
少年がコーヒーを淹れたカップを運んだ。口にすると、インスタントコーヒーのはずなのに絶妙な香りが諸人の鼻をくすぐった。
「七年前の、児島優介殺しの件なんやけどな」
少年と少女は顔色ひとつ変えない。
「笠見くん、すぐに端末を」
「はい、会長」
少年――笠見浩は警視庁のノートパソコンを立ち上げ、すさまじい速さでブラインドタッチをして、データベースの検索を始めた。
「自己紹介が遅れました。私は、エーテル学院風紀委員会委員長、三学年の進藤麻衣子です。こちらは副委員長、二学年の笠見浩です」
「僕は精神科医の窪塚諸人です。よろしく」
諸人は少したじろぎながら挨拶をした。
「笠見くんには警察庁のデータベースを洗ってもらっているところです。ご依頼の事件ですが、あれは私が小学生の頃テレビで見ていたのを思い出しています。解決した事件のはずでは?」
「それやったらわざわざあんたら呼びゃあせんがな。あれは冤罪っちゅうことをさんざん俺の妹が言うてな」
「なら何故今になって? 契機は何ですか?」
「妹が暴走して、四人殺した」
麻衣子は眉を顰めた。
「どうやらほっとけない事件のようね」
ちらと浩の方を見る。
「委員長、データ、上がりました」
「ご苦労、見せて」
麻衣子が画面を見る。
「僕たちは警察官ではありません。ですから捜査権は本来ないのですが、法律が改正されるきっかけとして、僕たちのOBが初めて大きな仕事――学院内での生徒による、人質を取った立てこもり事件の解決を実現させた。その功績が認められ、エーテル学院風紀委員会は、特別司法警察職員となり、捜査権が認められたんです」
まったくもって信じられない話だ……、と諸人はただただ愕然としていた。
「そういうことや、諸人はん。俺もいくつかの事件は解決したけど、偶然その場に居合わせて、殺人が起きて、で、推理して現行犯逮捕、っつうコテコテの推理小説めいた仕事しかできへんねん。大概は民事に関わる仕事をやってるんやけどな」
祥平は、あどけない笑みを見せた。
「まあそういうわけで、俺らは風紀委員はんのサポートを融通利かせながらやる感じやな。諸人はん、勘違いすんなよ。俺らに捜査権はないんやからな」
「そういうことになります」
浩は無表情で言った。麻衣子はパソコン画面から離れて、
「なるほど、わかりました。確かにこの事件の捜査本部は早くに解散されましたが、何故か備考欄にはほとんど何も書かれていませんね。証拠も、これでよく起訴ができたなと思うほど、不確かですよ。私でもこれは不起訴処分にしますね」
「犯行の証拠は、びりびりに破かれた現場写真(誰が撮ったか記載されてませんね)と、その現場写真の撮影時刻と一致している解体された両腕と両脚が切断された時刻(だけど、切断に使った凶器は出てきていない)、それから傷口が縫合されていたことも視野に入れなくてはならない。そして殺害方法。仮に自殺だとしても、被害者に手足はないので、ロープを掻っ切るのは不可能。それで、おかしいんです。現場に落ちていた毛髪のDNAは、沢城夏帆さんのものもありましたが、その他、沢城夏帆さんと一致しない毛髪もあったんです。どうしてこれを深く調べなかったんでしょう」
浩が画面から顔を上げ、眼鏡をくいと指で上げて直した。
「窪塚先生、あなたは捜査に消極的ですね。覚悟がないのに、捜査に立ち入られたら困る。あなたには捜査権がないんですから」
うぐぐと諸人は身を引いたが、
「ええやないか堅苦しいこと言わんでも。バレなきゃええやん。俺らがあんさんらの記録係っちゅうことでええがな、探偵小説の相棒みたいな立場でな」
「承知しました」
捜査三日目
エーテル学院風紀委員会は、毎週火曜に開かれる。
この委員会の特徴的なところは、委員に課せられる厳密な服装規定。男女ともにブレザーを必ず着用。男子はネクタイ、女子はリボン、これがほつれていたり、ブラウスやシャツのボタンが一個でも開いていたら、一週間委員会に出席禁止。これが続くと除名される。スカートも長さを測ることが義務付けられ、男子は七三分け、女子は三つ編みが強制されている。異性交遊は当然厳禁、会議終了後は、警察学校の講師の指導のもと、武術の練習を行ったり、図書館で私語一切厳禁の勉強会(質問をすることも許されない。わからないところがある生徒は授業時間内に教員のところに行って各自行う)。
麻衣子と浩は担当教師に事情を説明した。すると担当教師は、校長の許可を得ることが先決だと言い、この日二人は委員会を欠席した。
学院の校門に、トレンチコートを着た諸人と、ジャケットにネクタイを締めた祥平が立っている。二人とも帽子を被っていて、祥平はガムを噛んでいた。いつもはぺっと地面に吐く悪い癖があるのだが、風紀委員を恐れてきちんと紙に包んだ。
午後五時。約束の時間になると、麻衣子と浩が、紺色のスーツを着た背の高い男を背にして歩いて来た。男は二人の前に来ると、胸もとから名刺を差し出した。
「どうも。学院の風紀委員の担当教員の者です」
名刺には、彼の名が『小野幸平』と書かれていた。
「よろしく、どうも」
「おばんどすー」
「それでは、中にお入りください」
わざわざ出迎えにきてくれたということだ。二人は学院内に通された。入校許可証は要らないと言われた。
二人は校長室に通された。初老の、金縁眼鏡をかけた男性が、
「校長の範田です。どうぞおかけになってください」
と頭を下げた。校長も交えての面会となっているようだ。
諸人と祥平がソファに腰かけると、
「君らも座ってよろしい」
「「はい」」
小野教員に言われると、声を揃えて二名の風紀委員も反対側のソファに座った。
「この度はご足労様でした。当学院は警察と連携を取る全国唯一の教育機関です。すべては生徒の勉強のため。風紀委員会との連携以外にも、現警察官による講習会を全校生徒対象に行っていたりもします。わが校のこの教育方針により、日本の警察の質は向上し、それと相まって、日本の今の警察の二割は、わが校の卒業生でもあります。現警視庁本部長警視総監、児島照彦、副総監児島泰三も、わが校の卒業生です」
「そうでしたか……。そのことで、こういう出来事がありまして」
諸人はA・ゲームのことを話した。
「そんなことが……。児島親子は二人とも風紀委員会役員でした。まだそのころは警察との連携は今ほど密接ではありませんでしたが……」
「そんなんどうでもええねん。校長はんには、判断してもらいたいっちゅうことや。危険かもしれないこの事件に、この二人を貸してもらってええか、それだけや」
校長は腕を組んでうなった。
「校長先生、お願いします。僕たちの捜査が、命に関わっているんです」
「笠見くんの言う通りです。絶対に学院に迷惑はかけません」
「しかしなぁ……冤罪事件を捜査するということがどういうことか分かっているのかね。警察を敵に回して捜査することになるんだぞ。警察との関係を悪化させたくないのが、私の本音なんだがね」
「私たちは特別司法警察職員です。任意捜査の権限はありますよ。警察の手は最低限の範囲でしか借りません」
強気に麻衣子が言った。範田校長は少し神経質に指で机をトントン叩いた。
「君らは特別司法警察職員である以前に、我々の学院の生徒だ。学院の方針は私が決める」
「範田校長を誰よりも尊敬しているのは、僕たち風紀委員であることをお忘れですか」
浩の意見に、校長はぐうの音も出ないと言ったところだ。彼はここで捜査を許可しないと下すと、風紀委員会の反感を買うのではないかと不安げに思ったのだ。
「……分かった。そのかわり自己責任だ。君らがどうなろうと我々学院は責任を負いかねるよ」
「そうですか。心より感謝いたします。では早速、捜査を始めましょう」
麻衣子が仕切りだすと、範田校長はやれやれ、と言った感じだった。
「この捜査は原則として、沢城夏帆さんが無罪であるという前提で行うということです。したがって夏帆さんが、最後の八月二〇日を除いて、現場にいなかったというアリバイを完成させなくてはなりません。それから真犯人の割り出しです。誰が何のために、どのようにして四肢を切断したのか、最後の犯行装置……自由落下の法則で包丁を刺す方法……何故こんな回りくどく確実性に欠けた方法で殺したのか」
「ほいで、この空の画像の謎もな」
祥平は夏帆のスマホの画像を見せた。そして説明した。
「英文が添えられていますね。これは本当に日本で撮られたものなんでしょうか」
「え?」
浩の言葉に、諸人はきょとんとなった。
「とりあえずこの後、警視庁に向かいます」
「夜一〇時までには必ず家に帰るように」
「「はい」」
小野教員が言うと、二人そろって返事をした。




