血の惨劇。
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…妙な緊張感…
「……折原さん…………」
「…はい…」
「……この仮面……使いましたか……?」
…仮面を被るじゃなくて…
…使う…なんて…
…RPGのアイテムを使う時みたいな表現。
…彼女がゲームをしそうな人間には見えないので、答えは1つ。
…彼女は仮面を使ったんだ。
…きっと、俺と同じ様に…
「……使った……。」
「……そう…ですか……。」
…使った…と答えて…
…やっぱり気になるのは…
「…社さんは…どうやって使ったの…?」
…俺の質問に、彼女はベッドから出た。
…そして、足元に転がる仮面を拾って…
…顔に付けた。
…すると…
「…………あっ…………」
…仮面の表面が、誰かの顔に変わっていった…。
…俺と同じ使い方…
…この人…確か…
「…彼女は…社 蛍子。…私の姉です。」
…その顔は、どことなく似ていた。
…姉妹と思える位に…。
…そうだ、あの時…
…保健室で彼女に触れた時、頭に流れ込んで来た血まみれの女性…。
…そして…
…名前を聞いて確信したのは、あの事件の被害者だという事。
…あの事件…
…3年前、車が歩道に乗り上げ、通行人を次々と跳ねた。
…歩行者を数人跳ねて、建物に激突した車……。
…そこから包丁を持った男が頭から血を流して出て来た。
…男はそのまま一直線に、倒れた少女の方へ向かった。
…その…倒れた少女…に覆い被さる様な状態で、社 蛍子は男に刺し殺された。
…首や背中に何十ヶ所にも及ぶ刺し傷…
…これが、当時報道された内容。
…俺の母もこの時、車に跳ねられて亡くなった。
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「…あなたが更衣室で倒れた時、私はこれを拾いました。」
…仮面を外した彼女は、話し始めた。
「…これに触れた時、あの歩道が脳裏に過ぎりました。……あなたと…あなたのお母さん…………。」
…言葉を詰まらせながら、彼女は続けた。
「……ごめんなさい……あなた達家族を巻き込んでしまって…………ごめんなさい…………」
…震えた声でうずくまる彼女…
…何で彼女が謝る?
…悪いのは犯人の男なのに…。
…俺は…
「…社さんのせいじゃない…」
…そっと肩に手を添えた。
……あっ……
…また感情が流れ込んでくる…
「蛍子ォーッ!!見つけたぞー!!」
…頭から血を流した男がナイフを持って向かってくる…。
「殺してやるーッ!!まずは妹からだーッ!!」
…男がナイフを振り上げた。
…そして、そこに倒れてる少女に突き刺さる……
「やめてェーー…………ヴッ…………」
…妹に被さった女性は背中を刺された。
…それから…
…彼女は何度も…
…何度も…
「…………ん…………おねえ…ちゃん?」
…しばらくして妹が意識を取り戻す。
「…ダメだ!…見ちゃダメだ!!」
…助けに入った男性が妹に駆け寄る。
「…………えっ…………?!」
…妹は目を覚ました瞬間、その光景が理解出来なかった。
…男性は自分の胸に彼女の顔を埋めた。
…しかし、少し遅かった。
…彼女の脳裏には、しっかりと…焼き付いた。
「…………っ?!」
「…折原…さん?」
「……何だよ…これ…………」
「…何か…見えたんですか…?」
…心配そうに顔を覗かせる。
「…………アンタの方がよっぽど辛いじゃないか……………」
「…折原さ…………」
「…今更……こんな物見せられたって…………アンタの姉さんも…俺の母さんも…………うっ…………」
…言葉にしたら止まらなくなった…。
…あの日から人前で泣いた事なんてなかったのに…
「…ごめん…なさい…」
「…アンタは悪くないって……」
…何度も言った。
…お互いの身体に触れると、相手の思い出や感情が流れ込んでくる…
…こちらの意思は関係なく…
…たった数日で…
…俺たちはお互い、とんでもない物を共有する関係になってしまった。
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「…………ん…………?」
…少し眠ってしまったみたいだった。
…あれから少し時間が経ったようだ。
「…すぅー…………」
…彼女も泣き疲れて眠っていた。
…すぐそばのベッドに運んだ。
…思えば、こんなに彼女と話したのは今日が初めてだった。
…いつも一方的に怒られたり、触るな変態…って感じだったもんな…。
…真面目過ぎて、ちょっと怖くて苦手な人だった。
…でも、今思えば…
…あれを見た後だから、余計にそう思うんだけど…
…彼女なりに必死だったんだろうな。
…あの分厚い眼鏡も…
…ストイック過ぎる程、勉強と部活に打ち込む姿も…
…強くなって前に進む為…だったのかな?
…俺はまだ進めてないや…。
…毎日ダラダラしてる。
…そうか。
…それで俺…嫌われてたのかも。
…何の努力もしないで優遇されるなんて、都合良過ぎだもんな…。
…俺の方こそ…
「ごめん…。」
…知らなかったとはいえ、俺のしていた事は彼女の神経を逆撫でする事ばかり。
「……どうして…謝るんですか…?」
…突然声がする。
「…あ、起こしちゃった?」
…それとも途中で起きていたのか…。
「…今までの…学校での事……社さんの気持ちも知らずに怠けてばっかりで……」
「…そんな…突然変な気を使われても気持ち悪いです。」
…ハッキリ言うねぇ~。
…まあそうだよね。
「…私の方こそ…何でも出来るあなたに嫉妬してたんです。あと…変態は言い過ぎでした…ごめんなさい…。」
…えっ…そこ、ごめんなさいなの?
…とツッコむのは止めよう。
「…うん、気にしてない…。」
「……私、変な事言いました?」
…ちょっと笑うのを我慢したのがバレた。
「…言ってないよ。」
…と、返したものの、ちょっと可愛いなって思ってしまったんだ。
「…仏頂面の折原さんでも、そんな顔するんですね。」
…社 蝶子は、そう言ってクスッと笑っていた。
「アンタがソレ言うかねぇ?」
…と言いつつ、学校で見ていた顔はお互い様のようだ。
「…まぁ俺は、今の社さんの方が話しやすくてイイと思うよ。」
「えっ…………?」
…彼女はしばらくフリーズして、今ようやく眼鏡が無い事に気付いた。
「机の上に置いたよ。」
「…あ、あの…これは…?」
机の上を見て、彼女は尋ねた。
「…良かったら使ってよ。」
「…ありがとうございます…嬉しい…です。」
…少し微笑んだ横顔にドキッとした。
…眼鏡ケース…
…此処に寄る前に買ったんだ。
…本当は、もう少しそのまま…見ていたかった。
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