第九十九話 詰問
柔らかく日に反射する細毛をかき上げ、ファレスルはつぶやいた。
「あー、髪伸びてきたなあ。料理するのに邪魔だ」
「切ってやろうか?」
「駄目よ、ドゥナダンじゃ。この間ポルテットの髪を剃り上げちゃったでしょ? あたしが切ってあげる」
何日も歩き続けた荒野。徐々に草が増えてきて、遠くに大樹も見えてきた。ここから徒歩3日ほどでケーワイドの故郷タウロン村だ。ユーフラを失って10日足らず。ユーフラの魔法の師匠であったケーワイドと、ユーフラに友情以上の親愛を感じていたセプルゴのふたりは、特に元気が戻らない。それでも比較的若いアイレス、ドゥナダン、ファレスルは、ゆっくり語らいながら歩く中で、心の穴がふさがらなくとも進み続ける他ないと切り替えつつあった。
「待て待て、アイレス。その剣で髪を切るのか?」
「大丈夫だって。あたしの腕ならこれくらい…」
「ファレスルの寿命まで削るなよ。ほら、俺の小刀貸してやるから」
テイノ町のユビノ・キーラムから譲り受けた小刀を後生大事にしまっているアイレスは、反対に何にでも愛用しているドゥナダンから小刀を受け取った。器用にファレスルの髪を整えていく。
「はい、これくらいの長さでいい?」
「お、いいね。軽くなった。ありがとな」
「ドゥナダンも切る? ファレスルより伸びてきたね」
「んー、俺は伸ばそうかな。ウェール村に早く帰れるように願掛けするよ」
ドゥナダンの髪はもうすぐ肩に届く。
「じゃあ髪をくくるのにこれあげる。あたしとお揃いよ」
アイレスは髪紐を取り出してニッコリ笑った。ドゥナダンの髪をひとつにまとめて、ポンポンと肩をたたいた。
「さて、そろそろ行くぞ。ポルテットの熱はどうだ?」
フーレンの魔法を食らって重傷を負ったポルテットは、3日ほど前から熱を出していた。男たちが順番に背負って進んでおり負担が増している。次はドゥナダンが背負う番だ。
「ごめん、足引っ張って…。もう嫌だな本当に……」
「馬鹿言うな。ポルテットが走ってくれなかったら『ワールディア』は砕け散ってたんだぞ」
「その通り。とにかくじっくり熱を下げることだ」
「セプルゴ、行けるか?」
薬草を整理していたセプルゴにファレスルが声をかける。その時、セプルゴを中心にして竜巻が起こった。
「あっ!! 薬草が!」
「セプルゴ!」
ケーワイドが振り返って杖を構えたが手遅れであった。突如現れた白い人たちにセプルゴは取り押さえられ、さらにフーレンがセプルゴを捕らえた自分たちごと防壁魔法で周囲を守った。
「…しまった…!」
フィレックとゾーイ、それからフーレンが防壁魔法からスルリと抜け出しこちらに向かってきた。
「ケーワイド、よくも偽物をつかませてくれたな。弟子を殺されたあの一瞬に、大した機転だ」
「……。…そちらこそ我が弟子を殺めておきながら、そうも他人事のごとき言い方をようできるの」
「そんなことを言っていていいのか? あの弓使い、やつの命が惜しくば本物の『ワールディア』を渡してもらおう」
セプルゴは白い人に背後から馬乗りに押さえられ、まったく身動きがとれなくなっていた。
「ケーワイド、移動魔法でセプルゴをこちらに移せないのですか?」
そうトールクがたずねたが、
「フーレンの防壁魔法さえなければな。あの中は別の魔法使いは不可侵なのだ」
と静かに言いながらケーワイドはフーレンをにらみつけた。
「お前たち、いよいよ卑怯な手段に訴えてきおったな。のう、フィレック。お互いこのままでは消耗戦だということは分かっておろう? なぜそうまでして『ワールディア』を追い求めるか話してみんか?」
乾いた風が荒野を吹き抜け、フーレンの真っ白い髪がバサバサとなびいていた。フィレックの瞳は揺れていた。ケーワイドはさらに問いつめる。
「『ワールディア』が何なのか、お前は知っておるのだろう? これは一個人が持つ代物ではないということも分からないはずはあるまい? これを手にして何をするつもりなのだ?」
ケーワイドが何の話をしているのかアイレスには理解できなかった。
(『ワールディア』がただの石ころじゃないことは分かってたけど、そんなに…、……物騒な言い方をするほどの物だというの……?)
「……我々に揺さぶりをかけるつもりならそうはいかない。こちらはお前たちを殺すことも辞さないのだ。この男と『ワールディア』を交換しろ」
「………」
ケーワイドとフィレックは無言で向き合い、どれぐらい時が経ったのかすら分からなくなっていった。




