第九十八話 わき上がる疑念
手の震えが止まらない。
フーレンの左翼を奪おうとした黒髪の女魔法使いを咄嗟に射抜き一瞬にして亡き者としたが、直前にその女がフーレンの魔法から守ってくれた後ろ姿が脳裏から離れないのだ。
「……おい、大丈夫か? 顔が青いぞ」
ふいにフィレックに肩をたたかれ、ビクリとしてそちらを見た。
「見事な弓の腕前だった。お陰でフーレンは無事だ」
「……いえ、お役に立てて何よりです…」
フーレンの暴走の後、移動魔法でケーワイドたちから遠ざかったが、ユーフラを殺され憤った彼らから猛攻撃を受けたせいで、白い人たちの大半は伏せっていた。ケーワイドたちはこちらの命を奪うことはないが、妙な魔法が施された武器でやられると、大した怪我でなくても気を失うほど痛い。しばらく休むしかないだろう。
そんなことより、ケーワイドは自分たちに輝く小さな石を寄越してきた。どう見ても『ワールディア』だ。フィレックは丁寧に小石をつまんで皆に見せた。
「どういう風の吹きまわしか、ケーワイドが我らに『ワールディア』を譲ってきた」
30人ばかりの白い人は、喜んでいいのか分からずいささか戸惑っていた。
「ともかく、この石の力を検証してみましょう」
とフィレックの側に仕えるネルロ・ゾーイが柔らかい布を取り出して提案した。
「そうだな」
フィレックはそれを受けとり慎重に小石を磨いてみた。まんべんなく磨き、少しついていた指紋や曇りはきれいになった。輝きを増して内側から青緑色に発光している。
「……何か起こっているか?」
「何かとは?」
「木が生えるとか、花が咲くとか、泉が現れるとか」
白い人は辺りを見渡したが何の変化もなく、どこまでも荒れた大地が続いているだけだ。
「水拭きもしてみましょうか」
なけなしの水で布をぬらして拭き、もう一度乾拭きした。さらに丁寧にもう一度。
「何も起きないな…」
「この際、少し傷つけてみるしかないのでは?」
「いや、危険すぎる。どうなるか分からないんだぞ。ここから離れたところで天変地異でも起こったらどうする?」
白い人たちが議論するのを話半分に聞きながらフィレックは様々な考えをめぐらせていた。持ち帰ってじっくり裏づけをとってもいいのだ。しかしいくら弟子が目の前で殺されたとはいえ、ケーワイドがああも急に自棄になるのも解せなかった。自分たちが彼らから遠ざかった後、どう行動しているのかも分からない。何か策を弄されたのではないか。思いきった行動が必要なのではないか。
「よし、降りるから手を貸してくれ」
地面に腰をおろし、木製の車椅子をガタガタいじって釘を1本抜いた。小石をしっかり握り、ひと思いに釘を突き立て引っかいた。
「フンッ…!」
唐突のことに周囲は騒然となる。小石に筋のように傷がついた。
「フィレック様!?」
「何をなさっているのですか!」
「天変地異といっても、地震だったり、火山の噴火だったりするわけだろう。それなら自然に起こることだし、これが原因だと知る者はここにいる30人だけだ。この際こうするのが一番手っ取り早い」
事も無げに言うフィレックの様子に白い人たちは戦慄した。
「………」
「フィレック様、あまり無茶はなさらない方がよろしいかと…」
「……。ところで何か起こっているか?」
相変わらず荒野を吹き抜ける風の音だけが耳に届いてくる。
「この辺りは何ともないですが…」
「ここから離れた場所で何か起こっても分からないですな」
ずっとぼんやりしていたフーレンがユラリと立ち上がりこちらへ向かってきた。フーレンが目をカッと見開くと小石はフィレックの手から宙に浮き、空中で粉微塵に砕けた。
「………」
「………」
「…もどかしい」
とフーレンは一言つぶやいた。白い人たちは雪のように風に散る小石の破片を見つめ、
「何も起こらない、だと?」
「『ワールディア』が砕けたというのに…」
と口々に囁きあった。フィレックは西の方をにらみギリッと歯ぎしりした。
「これは偽物だ。ケーワイドめ、あの土壇場で姑息なまねを。……あくまで逃げ続ける気だな。体力の回復を待って、再度しかけるぞ」
淡々と抑揚のない声で話すフィレックに白い人たちは空恐ろしさを感じた。フーレンが涙を見せたあの日から、フィレックはなりふり構わなくなっている。




