第九十七話 風変わりな友情2/愛弟子
先は長い。ポルテットに無理をさせないよう、交代で背負っていくことにした。
「しかしケーワイド。ユーフラのことですっかり忘れていましたが、あの『ワールディア』が偽物だと彼らはいつ気づくでしょう?」
揺らさないようにゆっくりポルテットを持ち上げながらトールクがたずねた。ケーワイドはあの咄嗟の時、フィレックに偽の『ワールディア』をつかませた上で「去ね」と凄んだのだ。
「あれはこっちもびっくりしましたよ。まさか渡しちゃったのかって。ケーワイドもたいがい演技派ですね」
「ユーフラの塚を作ってる間に忘れちゃってたけど」
「…そうさな」
ケーワイドはずっと言葉少なだ。涙こそ見せていないが、誰かが声をかけないと口を開かない。一番弟子を失ったのだ。無理もない。
「セプルゴ、行くってさ」
ユーフラの塚のすぐ側で眠った昨夜、セプルゴは夜通し起きていた。「わたしがこの世の不思議をすべて見せてあげるから」。不思議なことはいくつも起こった。ユーフラの魔法には圧倒されっぱなしだった。紫色の光と、風にそよぐ長い黒髪が、それこそ魔法のように目の奥に焼きついている。エッセル町で魔法の仕組みを教わったのも勉強になった。それから妖精に、白い人、森の民。未知の世界を旅し、ウェール村に帰って妻子に何を話して聞かせようか今から楽しみだ。しかし一番の不思議は、ユーフラとの関係性であった。
(友情…? 当然それはあるが、私は確かに…)
治癒魔法で胸の傷を治してもらった時に、感謝をこめてユーフラを強く抱きしめた。その時の温かさと、昨日物言わぬユーフラを抱きしめた時の空虚さ。どちらもセプルゴの身体中に残っている。
(私はユーフラを……)
妻ドリーのことが頭から離れる時は一瞬たりともない。つらい任務が終わり、安らかに朗らかに家族で暮らせることを思うと心が躍る。自分にはドリーしかいないと思う。しかし今、胸にポッカリと穴が開いたようなこの感覚はなんだろう。男女の色恋ではない。しかし、それでも確かに、
(私はユーフラを愛していた……)
急にドリーが恋しくなった。早く任務を終わらせ、豊かな村に帰り、ドリーの温かい胸に抱かれて眠りたかった。
荒野を進むとところどころで水が湧いているらしく、小ぢんまりと木が群生しているところが目についた。しかし集落や生い茂る木々はついぞ見えず、乾燥した風が外套をむしりとろうとする。ケーワイドは先頭を歩み、後ろのアイレスたちに顔を見せないようにしていた。フォアルですらケーワイドから距離をとり、ドゥナダンやポルテットの側をついてきている。
「…………」
ケーワイドは意識して自分の感情を制御していた。泣いたが最後、どこまでも悲しみの底に沈んでいくことは分かりきっていた。ぼんやり歩いていると、時おり荒れた窪みに足をとられそうになる。そんな時、必ずユーフラはケーワイドの左手をとって「お気をつけて」と微笑んだものだ。今は左側が寒い。
「…………」
風の使い手としては自分をとうに超えていた。自分の起こした炎をあおり、刃のように鋭いつむじ風を起こし、竜巻に乗って空すら飛んだ。
「…………」
フーレンの暴走に憤怒し、文句を言いつつ仲間を支え、花のように笑い、風のように歩いた。
「…………」
治癒魔法を体得し、移動魔法も上達した。自分よりよほど勉強家で、これからが楽しみであった。亡妻の故郷であるウェール村に腰を落ち着けて後進を育てることにしたのはユーフラがいたからだ。
もう戻らない。ケーワイドは小声で呪文をとなえた。荒れた大地に栄養を与える魔法で、微生物の繁殖が活発になる。ユーフラが土に還る助けとなる。それは呪文であり、弔詞であった。
「【クスレク、ボーロクミ】……」
もう、戻らない……。




