第九十五話 もうたくさんだ
地面にコツンと落ちた『ワールディア』に向かって、かまいたちは刃のように襲いかかろうとしていた。まともに食らったら小石など木端微塵であろう。
(魔法で消す、いや、再構成できん…)
その一瞬のケーワイドの思考を横切り、小さな身体が風の中心へ飛びこんで、確実に『ワールディア』をつかんだ。ポルテットだった。
「…アイレス!!」
ポルテットは腰のばねをひねって『ワールディア』を思いきりアイレスの方へ投げた。流れ星のようにキラキラと光の尾を従え、『ワールディア』はアイレスの両手にすっぽり落ちてきた。ウェール村を出発した夜ケーワイドに見せられた時のままだ。かすかに内側から発光している。初めて触れたが、なぜだかじんわり温かい。防壁魔法を生じさせるための偽物とはまるで違った。
『ワールディア』を放り投げたポルテットは身軽に受け身をとったが、かまいたちからは逃れられなかった。
「グ…ッ、アアアアアッッ!!」
賢いポルテットは風に背を向けたが、鋭い刃のような風に無慈悲にその身は切り裂かれた。
「ポルテット……」
アイレスの眼前には、まだ『ワールディア』の光の余韻が残っている。無数の星が瞬くような光景の向こうで、血まみれになったポルテットが倒れこんだ。
「ポルテット! 大丈夫か!?」
「よし、傷は深くないぞ。頑張れ!」
アイレスの元に来ようとしていたドゥナダンもポルテットの側へ走った。ケーワイドはアイレスの目の前にフワリと降りてきた。
「アイレス、『ワールディア』は?」
「はい……」
震える手のひらにとても小さな石がある。ケーワイドはそれを丁寧に受け取りながらチラリとユーフラを見て、
「もうたくさんだな、こんなこと……」
とつぶやいた。そのまま累々と横たわる白い人たちのところへ跳び、
「もっていけ。もうたくさんだ。好きにするがいい」
と小石をフィレックの胸元に押しつけた。フィレックは目を豆のように丸くして絶句した。
「………はあ?」
ケーワイドは言葉が出ない白い人たちを冷たくにらみ、
「去ね」
と言い放った。白い人で無傷なのはフーレンだけだが、ケーワイドに圧倒されてしまった。
「【クントンヴェ、ジーフンニ】!」
サアッと風が吹き、白い人たちはどこかへ消えた。嵐の後のように静かだ。
「よく頑張ったな、ポルテット」
「へへ…、僕、役に立てた…?」
「当たり前だ。お前はすごいよ」
「セプルゴ、私も手当てはできるからさ、ユーフラのとこに行ってやりなよ」
ポルテットは重傷ではあるが意識ははっきりしている。
「ああ、悪い…」
セプルゴはうつろな目で、ユーフラを抱えたアイレスを振り返った。ケーワイドがユーフラの頭の横にひざまずき、さらに短くなってしまった髪を指に通しながら、無心でユーフラを見つめていた。




